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アフター・ダーク〜境界に立つ者達〜  作者: 楽


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8 冷たい承認

望月朔夜は、放課後の校舎にいる時が一番“静か”だった。


それは優しい静けさではない。

余計な音を許さない静けさだ。


廊下の端、立ち入り禁止の札のかかった階段の前。

そこに朔夜が立っていると、空気が一段冷える。


湊は、その冷え方を覚えてしまっていた。

近づくほど、自分の中の余白が削られる。


「相良」


朔夜の声は、いつも通り抑揚がない。


「……はい」


「白羽を呼べ」


湊は一瞬、目を瞬いた。


「白羽を?」


「今」


理由は言わない。

言わないまま、命令は確定する。


湊は頷いて教室に戻り、白羽の席へ向かった。

白羽は、ノートを閉じる動作をまだ終えていないところだった。

その“遅さ”に、昨日の会話が重なる。


「白羽。朔夜が呼んでる」


白羽は一拍遅れて顔を上げた。


「……望月、朔夜」


フルネームを口にするのが、妙に正確だった。

白羽は人の名前を、ゆっくり、間違えずに呼ぶ。


「行く」


立ち上がる動作も遅い。

でも、迷いはない。


遅いのに、迷わない。


湊は思う。

白羽の遅さは、弱さではなく“型”だ。



朔夜は、階段の前で待っていた。


白羽が近づくと、朔夜は一度だけ視線を落とした。

白羽の足元を見たのか、影を見たのか、判別できない。


「白羽」


朔夜が名前を呼ぶ。

その呼び方には、感情がない。


白羽は一拍遅れて返す。


「……はい」


「《遅延》を使ったな」


「……使った」


「回数」


白羽は少し考えた。


「……二回」


「持続」


「……短い。昨日は長い」


朔夜は頷いた。


「支払いは」


白羽は視線を落とす。


「……来てる」


「どこに」


「……身体の内側」


朔夜は、その答えを肯定も否定もしない。

ただ、次の質問へ進む。


「回復するか」


白羽は一拍置く。


「……しない」


「なら、どうする」


「……耐える」


湊は横で聞きながら、喉が乾くのを感じた。


耐える。

それが白羽の答えだ。


救えないのに、支払う。

支払いを引き受けたまま、日常を続ける。


朔夜は、初めて少しだけ声の温度を落とした。


「それでいい」


“いい”という言葉が、

承認のはずなのに、

氷みたいに冷たい。


白羽は一拍遅れて頷く。


「……はい」


朔夜は続ける。


「次から、使用の許可はいらない」


湊は反射的に顔を上げた。


由良ですら「使うな」と言った能力だ。

それを、朔夜は許可する。


「条件」


朔夜は淡々と言う。


「一、結界が薄いとき。

 二、撤退が間に合わないとき。

 三、前衛が折れるとき」


折れる。

その言い方が、現実的だった。


「四」


朔夜は一拍置く。


「相良が遅れたとき」


湊の胸が、ひくりと鳴る。


白羽が、ゆっくりと湊を見る。

その視線は責めていない。

ただ、確認している。


湊は言葉を失う。


朔夜は言い直さない。

その言葉は、撤回されない。


「……分かった」


白羽が言う。


「条件を覚える」


朔夜は頷く。


「覚えなくていい。

 身体が覚える」


白羽は少しだけ目を細めた。


「……もう、覚えてる」


その返しは、初めて白羽らしくない速さだった。

速いというより、

遅れない返事だった。


朔夜は、その一言に反応しない。

反応しないことが、評価だった。



そのまま、任務が入った。


頭の奥に、指示が落ちる。


「処理区域へ。対象、複数。位置、駅前」


駅前。

最悪の場所だ。


結界の薄さが予感できる。

人の多さが確定している。


「行く」


ルナが短く言う。


迅はノートを閉じる。


白羽は、一拍遅れて立つ。


湊は、まだ朔夜の言葉が胸の中で響いていた。


――相良が遅れたとき。


自分の遅れが、

白羽の支払いになる。


その構図が、

湊の喉を締めつける。



処理区域は、駅前の裏通りだった。


表通りには人が溢れている。

こちらは人が少ない。

それでも、ゼロではない。


結界は、薄い。

内側と外側が、近すぎる。


「対象、四体」


迅が言う。


「《残相》二体、模倣型一体、……不明が一体」


不明。


それが一番嫌だ。


ルナが前に出る。

迅が右を取る。

湊は後ろで観測。

白羽はさらに後ろ。


「動くな」


朔夜の声が落ちる。


「動けば破る」


破る。

結界を破れば、一般人が巻き込まれる。


湊は頷く。


動かない。

動けない。


対象は、路地の奥から出てきた。


一体目は老人。

二体目は子ども。

三体目はスーツの男。

そして、四体目が――空気そのものみたいに存在している。


「……帰れる?」


子どもが言う。


声は幼い。

言葉は明瞭。


湊の胸が、揺れた。


帰れる。

帰れるという言葉が、

人間にしか使えない言葉に聞こえる。


遅れる。


湊の足が、ほんの少しだけ止まる。


その一拍を、朔夜が見逃さない。


「相良」


声が落ちる。


「見るな」


湊は視線を逸らす。


逸らした瞬間、

不明の一体が動いた。


音がしない。

影が伸びる。

結界の縁に触れる。


結界が、きしんだ。


「来る!」


迅が叫ぶ。


ルナが踏み込む。

老人を切る。

子どもを切る。


一瞬で二体が落ちる。

ルナの強さは速度だ。


だが、不明の一体は違う。


結界の縁に触れたまま、

“外側”へと滲もうとしている。


外に出たら、終わる。

一般人が巻き込まれる。


湊の身体が動きかける。


止めたい。

押し戻したい。


でも、結界が薄い。

動けば破る。


一拍。


湊の判断が、遅れる。


その瞬間、

白羽が前に出た。


「……遅延」


声は小さい。

でも、迷いがない。


世界が、ずれる。


不明の一体の滲みが鈍くなる。

結界のきしみが止まる。


止まらない。

ただ、遅くなる。


その隙に、迅が動いた。


「今」


一撃。

不明が崩れる。


模倣型が叫ぶ。


「やめろ!俺は――」


言葉の途中で、消える。


「処理完了」


迅の声。


結界が戻る。

人の流れが再開する。

誰も気づかない。


白羽が、膝をつきかける。


湊が一歩踏み出しかけた。


でも、止まる。


自分が動けば、

白羽の“支払い”が増える気がしたから。


白羽は、立っている。


顔色がさらに薄い。

それでも、立っている。



帰還後、朔夜は何も言わなかった。


褒めない。

労わらない。

叱らない。


ただ、湊を呼ぶ。


「相良」


「……はい」


「遅れたな」


湊は喉が詰まる。


「……すみません」


朔夜は謝罪を受け取らない。


「次は遅れるな」


それだけ。


白羽を見もしない。


白羽がそこにいることを、

最初から当然として扱う。


それが、朔夜の承認だった。


冷たい承認。


白羽は、何も言わない。

でも、その背中は少しだけ軽く見えた。


湊は分かった。


朔夜は白羽を守らない。

白羽を救わない。

ただ、必要な部品として組み込んだ。


そして、その部品が削れる時、

朔夜は迷わず交換する。


それが、朔夜の強さだ。


湊は、胸の奥で小さく震えた。


自分も、いつかそうやって扱われる。


境界に立つ者は、

最初から部品で、

最後は切り取り線になる。


夜が深い。


アフター・ダークの中で、

湊は白羽の背中を見送る。


白羽は遅い。

でも、間に合う。


その代わり、

いつか確実に壊れる。


朔夜はそれを知っていて、

承認した。


その承認が、

救いじゃないことだけは、

湊にもはっきり分かっていた。

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