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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第8話 (五)山里の家族

(五)山里の家族



そうして又一年、四人は信濃路に居た。又三郎も背丈は伝八朗達より高かった。手形を持たぬ四人は関所を避け、迂回して元の甲州街道に出るつもりが、いつまでも街道は見えてこない。不安になり、キノコ採りの父と娘に出会い聞くと、街道はまだ遠いと言った。

食べ物を持っていない四人はキノコを採り、キノコ汁を作って食べたが急に腹が痛くなり、下痢と嘔吐が同時にきて、這う様に人里まで来た頃には日も暮れていた。

山里の人達は用心深く、嫌われるのが嫌で助けを求めず、休める所を探したが空小屋ひとつ無く、堪らず道端に横になった時、近くの貧しい家から少女が出てきた。先ほど父親とキノコ採りをしていた少女だ。

「気分が悪いのですか。汚い所ですが家に来てください」

有難かった。地獄で仏とはこの事か。少女は加代と名乗り、品のある顔立ちや癖の無い言葉から、土地の人とは思えなかった。側で草鞋を編んでいた父親が教えてくれた。


「キノコの毒は腹が空になると消える、もう大丈夫だ」


この時母親と思われる人が粥を勧めてくれた。


「この様な粗末な物で、恥ずかしいのですが」


母も武家の妻女を思わせる、風情を持った人だった。伝八郎が不思議に思い。


「御一家は、いつからここに住んでおられる、土地の方とは思えぬが」


と聞くと加代の母、雪野がここに至った、辛い思い出を語ってくれた。


「私達は十四年前まで、江戸に住んでいました。私の父は武士とはゆえ、微禄な御家人で、内職で暮らしを支えていました。今は夫の、この勘助は、豪商の次男で、私は父の仕上げた内職の品を納めに、勘助の実家のお店をよく訪れました。私の父は庭で弓を引くのが道楽で、勘助が弓の手ほどきを受けに来る様になり、父と弓を競い合い、楽しそうでした」


雪野は勘助の来る日が楽しみだった。雪野の父も勘助を雪野の婿養子にと考える様になっていた。


「そんな時、私に縁談があり、相手は旗本の三男で、御家人の私の家とは釣り合いの取れない大身です。ですが三男となると格下の家に、養子に入るのは普通です。私はこの縁談が嫌だったが、そんなとき、相手の沼田武四郎が前触れも無く訪れ、まるでこの縁談が決まったかの様に振る舞い、父が庭に作った弓の稽古場まで、けなしました。」

「某がこの家に来たら、弓の道場を取り壊し、剣術の道場を作り、父上の顔で門弟を募る、安心するがよい」


雪野は身勝手な沼田が、身震いするほど嫌になった。旗本からの縁談を断のは大変だが、父は断ってくれた。だが沼田は諦めず。


「某のどこが気に入らぬ、旗本の面子はどうしてくれる」


そう言って沼田は雪野に付き纏っていた。


「私は勘助が、婿に来てくれると約束して欲しかった。勘助が約束してくれれば、もうこんな嫌な思いもせずに済むと思い、勘助の気持ちが聞きたく、お店を訪れました。勘助と連れ立って店を出ると、父の茂蔵様が追って来られ」

「勘助、これで雪野様に(かんざし)でも買って上げなさい」


そう言って小使いを渡された。勘助は密かに想いを寄せていた雪野と二人きりになると、なぜか言葉が出ず困り、カンザシを先に買いに行く事にした。


「勘助に連れて行かれた装飾店は立派で沢山品が有り、私は迷い決められず、勘助に選んでもらう事にしました」


勘助は初めて雪野に出会った日を思い出していた。あれは雪野が十四歳の時だった。雪野が父の仕上げた内職の品を、お店に納めに来た時だ。勘助はこの日の雪野をよく覚えている。身に付けている物は粗末だが、清楚で美しい雪野に良く似合っていた。

そして、豊かな黒髪に差した花のかんざしが、まるで闇に咲いた朝顔の様に輝いていた。勘助は今も脳裏に輝く、あの時の花のカンザシと、良く似た物を先に見つけて居たので早かった。

雪野は勘助が選んでくれたカンザシを、懐かしそうに見めていたが、遠い過ぎし日を忍ぶ様に話した。


「母が亡くなる少し前、私が十歳の時でした。父と三人で夜店に行った時、これに良く似たカンザシを買って頂きました。今は色が剥げ、付けることは出来ませぬが、母がよく似合うと言って下されたのを、今もはっきりと覚えています。これに決めます」


二人が、静かな寺の境内に来た時、勘助が問うた。


「話を聞かせて下さい。私などがお役にたてる事ですか」


雪野は言い出しにくそうだったが、決心した様に話しだした。


「旗本の沼田様から縁談が有りましたが、父は断ってくれました。それでも沼田は諦めてくれず困っています。女の口から恥ずかしいのですが、・・勘助殿は雪野を・・・どう思っていて下さいますか」


勘助は我が耳を疑った。武家娘の雪野様は勘助にとって憧れで、手の届かぬ人と思っていた。(勘助殿は雪野を、どう思っていて下さいますか)と、雪野に聞かれ、好きか嫌いかと受取って良いのか、どうか?、勘助の頭は混乱して、何も言えない自分がもどかしかった。

何も言はない勘助を、雪野はどう解釈したのか、雪野は何とも言えぬ、哀しい目をして話した。


「ごめんなさい、困ったでしょう。でも一度、確かめておきたかったの、そうしないと雪野は、生涯後悔する様に思いました」


雪野は髪にさした(かんざし)を指さして、


「大切にします。初めてお店に、お伺いした日を覚えていて下さったのですね」


そう言って雪野は背を向け歩き出した。雪野は無理も無いと思った。勘助が自分を想ってくれているのは知っていた。だが、性質の悪い旗本の倅にとり憑かれている事を知った今、尻込みしても無理からぬと思った。その時、我に返った勘助は、遠ざかる雪野の背に向い叫んだ!。

「本当にいいのですか、俺で!」

振り向いた雪野の目に涙が、今度は雪野が言葉が出ないのか、うなずいた、だけだった。


「待ちます、その旗本が諦めるまで、五年でも十年でも」


そう叫ぶと勘助は、雪野を送るのも忘れ叫びたい様な喜びを必死に堪え、家路に向い夢中で走った。


その夜、勘助は雪野から聞いた沼田の話や、いつまでも待つと約束した事など、詳しく父と母に話した。

「今日の雪野様は、何か思い詰めておられた様だった。お前が雪野様を想っていることは知っていたが、相手は無役とわゆえ、将軍様家臣の、御家人のお姫様だ。お父上が、お許し下さら無いだろうと、思っていた」

そうわ言ったが父の茂蔵は、急に興奮した様子で叫んだ。


「勘助、でかしたぞ!、武家の娘に惚れたからには、いや、雪野様ほどの女御に惚れられたからには、たとえ旗本のバカ息子に、どんな嫌がらせをされても堪えるのだ負けるな。たとえ命を落としても、男冥利と思うのだ。よし、明日は松原家に伺って、お父上のお許しがあれば婚約を交わしてもらおう」


さすが茂蔵は豪商の主、旗本の倅の事など問題にしなかった。


翌日茂蔵と勘助は、松原家を訪れた。門をくぐり、玄関に向かっている時だった。裏庭の方で人の争う声が聞こえた。


「無礼者、お主らそれでも武士か」


と怒る雪野の父、正之助の声が聞こえ、見ると三人の若侍が居て、その内の一人が沼田で、雪野を押さえ、口を塞いでいた。

残りの二人が刀を、父の正之助に突きつけている。慌てて駆け寄る二人に気付いた正之助が叫んだ。


「来るな、お主らには関係ない」


巻き込みたくない正之助の気持ちを察した勘助は、父の手を引き、弓の練習場に走った。勘助は弓と矢を五、六本掴むと、父をその場に残し、駆け戻り弓を構えた。


「刀を捨てて、出て行け」


勘助が叫んだ!。そんな勘助を、あざ笑うかの様に若侍の一人が、弓を構えた勘助に迫った。勘助がタメらわず放った一の矢を、若侍は苦も無く払い落としたが、その時には二の矢が放たれていて、若侍の喉笛を見事射抜いていた。喉笛を射抜かれ、ヒューヒユーと奇声を上げ、のた打ち回る仲間を見て残った沼田たち二人は、手馴れの放つ矢の恐ろしさを初めて知った。

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