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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第7話

「覚てろ、小次郎様に逆らうと後悔するぞ」


要領の良い藤原は、不利と見て怖くなり、侮様でも刀を引き、捨て台詞を残して消えた。


師範の吉岡は、この宮津で生まれた。父が町道場の主で、幼い頃から剣の修行の明け暮れだった。父に勧められ二十歳の時、剣術修行の旅に出た。吉岡には夢が有った。故郷の宮津で藩の剣術指南になることだ。その夢は実現した。しかし、重臣のバカ息子の機嫌取りに明け暮れる毎日は、自分が描いていた夢とは余りにも違い、虚しい毎日を送っていた。

そんな時だった、清次が表れたのは。清次は、ほとんど口を利かない変わり者だが清次には、並みの者が失ってしまった、動物の様な感が今も供わっている様に思えた。そんな清次に、苦しい修行で積み重ねた自分の技を授け、過って自分の父が自分に夢を託した様に吉岡は、清次の成長に新たな生き甲斐を感じていた。そんな清次が稽古を休む日が多くなり厳しく叱ると、母の容態が悪いと告げた。


「母上が病気か、それは心配だ。明日は俺も見舞いに行く」


翌日吉岡は清次の母、小夜の見舞った。


「一度、先生に御礼に伺はなければと思っていたのですが、この様な身体でつい、気後れして失礼しています」


母の小夜が、病の身を起こし迎えた姿が痛々しかった。


「武骨者の某など何の役にも立ちませぬが、困った事が有れば言って下され。拙者、家内にも逃げられ、子も無い困り者、今はご子息を鍛え、その成長だけが楽しみでござる」

「清次は変わり者ゆえ、小さい頃から良く苛められていました。でも近所に住む源太と言う子が、いつも清次を守ってくれました。源太さんは今も同じこの長屋で、清次は兄の様に慕っています。源太さんの妹の鈴も、幼くして母に死に別れたせいか、私を慕い、今でも清次が留守の間、私の面倒を良く見てくれていますので、さほど困る事はありませぬが、清次の行く末だけが心配でした」


小夜の疲れた様子に、横になるよう勧めると。


「もう少し話させて下さい。清次は心の病のせいか、嬉しい顔を見せる事が有りません。それが貴方様の話をするときは本当に楽しそうです。そんな時、私も同じ様に、吉岡様にお会いしている様で、とても楽しかったのです。貴男様にお会いするのは初めてですが、私は清次の話しの中で毎日、貴方様にお会いして居ました。そうして気がついた時には、いつの間にか吉岡様を・・、初めてお会いした方にさぞ無礼で、はしたない女と思われましょうが、お許し下さい。私は体が弱く、そのため嫁いですぐ婚家を追われて参りました。皮肉にもそのとき清次を身ご持っていたのです。病弱で家にばかり居る私は、あの子から吉岡様の話を聞いている時が一番楽しく、私は生まれて初めて殿方を想う女の喜びを知りました。生まれながら父と呼ぶ人を知らぬ清次も、貴方様に父の面影を感じているのだと思います。この様なお話をする私を、さぞ不純な女とお笑い下さい。私はもう吉岡様には、お会い出来ない様な気がします。今日は勇気を出して、甘えさせて戴きました。小夜の生涯に一度の冒険です」


話し終わった小夜の痛々しいまでも細い首、儚なげで美しい横顔、あの時の小夜の面影が、今も吉岡の脳裏に焼き付いて離れない。

だがその吉岡の想いも、小夜の死の知らせと供に儚く消えた。それは小夜を見舞った、わずか三日後の事だった。

思えばあの時、小夜は吉岡えの想いを必死で語り、清次の行く末を頼んだ。吉岡は辛かった。妻に逃げられた時にも感じ無かった悲しさを、わずか一時、話しただけの小夜との別れに、耐えられないほどの淋しさを味わった。翌日、小夜の葬儀が終わり、寺からの帰り道だった。


「先に帰って、お茶漬の用意をします」


そう言って清次が兄の様に慕う源太と、その妹の鈴が先に帰って行った。清次と吉岡が、寺の長い石段を降りかけた時だった。下の方で鈴の、必死の悲鳴が聞こえた。慌てて石段を駆け降りる清次に吉岡が、「待て!」と叫ぶと、腰の大刀を投げた。

石段を駆け下りた清次の前方に、鈴を庇って立つ源太が見え、源太に狂った様に斬りつける小次郎の姿が清次の目に飛び込んできた。母が死んだ今、清次にはこの二人は、誰にも代え難い大切な人だった。清次は我を忘れ駆け寄り様、小次郎の尻を蹴った。


「下郎め!無礼な」


小次郎は見下だしていた清次に尻を蹴られ、烈火の様に怒り、他の四天王の三人も刀を抜いて迫ってくる。お互い初めての真剣勝負だが清次は動じず、師の吉岡の訓えを思い浮かべていた。


「多勢の相手に同時に斬り掛かられれば、どんな手慣れでも危ない」


清次は同時に斬りかかろうとする四人の、左端の一人に襲い掛かり、一瞬にして斬って捨てた。瞬時の事だが清次の位置は、残った三人の左横に着いた。慌てて体制を立て直そうとする相手を、また一人斬った。二人の仲間が断末魔の痙攣を残し、動かなくなるのを見た小次郎は、不様に刀を振り回し叫んだ。


「下郎、俺を誰だと思っている。寄るな!」


かまわず清次が血刀をぶら下げ迫ると、小次郎は悲鳴を上げ逃げようと背を向けた。そのとき小次郎は尻に、激痛が走った。

清次の剣は小次郎の尻を真横に斬り裂き、返す刀は戦意を失い震えている残った一人を斬り捨てていた。

吉岡が駆けつけた時には三人が血の海に倒れ、尻を切られた小次郎だけが、十間ほど這ってこと切れていた。心の病を持つ清次は母に死なれ、少し狂っていたのだろう。


「源ちゃん!、源ちゃん!」


清次は先に斬られ、瀕死の源太に縋って泣いた。


「清ちゃん、・・逃げろ!早く逃げてくれ」


吉岡が二人に言い聞かせる様に諭した。


「源太、後の事は心配するな。鈴は俺が養子に貰い、後を継がせる。清次、お前は逃げろ。こんなバカ共と命を替えることはない。そうだ、これも持って行け、必ず必要になる」


そう言って倒れている、四天王の懐から紙入れを抜き取り、清次に差し出した。清次は受け取るのを渋っている。


「今までのお主は飼い犬だ。自分で餌を捕れる様になるまでは餌代はいる。明日は俺も、追手の一人としてお主を追うことになるだろう。清次、慌てて死ぬな。刀はお主が持って行け、相州の綱広だ。売っても高く売れるぞ」


ほとんど口を利かぬ清次が、「有難う」と吉岡に一言いって、幼い頃から、自分のお嫁になると言っていた鈴に近づいた。


「お嫁に出来ない、ごめん」


呆然と立ち尽くしていた鈴は、不思議な者を見る様に清次を見た。あの優しい清次が、鬼の様な四人の侍を斬り捨てた。鈴は清次が、遠くえ行ってしまった事を本能で感じていた。遠ざかる清次の背に吉岡は叫んだ。


「小夜殿の墓は、俺が守るぞ!」


それからニ年が過ぎた頃,又三郎たちは越後長岡の城下にいた。

又三郎も十九歳に成り、年の離れた仲間の中で育ったせいか言葉使いは丁寧だが、その表情は冷たく陰が感じられた。この頃には、草薙源十朗の他に、もう一人仲間が増えていた。

その男は黙って又三郎たちの後から付いて来て、少し離れた所で又三郎たちの話を聞いていた。年は又三郎より四、五歳上か、又三郎たちが何か食べていると、男も懐から何か出し食べている。


「変な奴だ、ぶつかっても、何も言わない」


又三郎がそう言うと、伝八朗が諭した。


「奴は手慣れだ、今のお前が五人がかりでも歯が立たぬ。又三郎、相手の力量を見極める目も、大事だぞ」


男はぼろを纏い、髪を後で束ね、幾日も風呂には入っていない様子だった。この男が故郷の宮津で四天王を斬り、追われ旅に出た変わり者の清次の、二年後の姿だった。


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