第6話 (四)新しい仲間
「おやめ下さい、ご無体な、これがお侍のなさる事ですか」
武家の娘にも勝る志津の、燐とした態度に又三郎は見惚れた。伝八
郎から、負ける喧嘩は初めからするな、悔しかったら強くなれと言われていたが。そんな訓えはどこかに吹っ飛んでしまった。
「静かにしろバカ侍め!、邪魔だ出てゆけ」
又三郎は堪らず叫んで侍達を睨みつけた、わずか十七歳の少年の顔に、驚くほど鋭い凄みを感じた五人は、一瞬たじろぐが、年端もいかぬ少年と知ると、一人が又三郎を殴った。又三郎も負けじと殴り返すと、男の前歯が折れた。
「こ!この餓鬼め、叩き斬ってやる」
今度も子供と侮り、不用意に斬り付けたが横にかわされ、泳ぐ男の手首を又三郎は、刀代わりに差した木刀で激しく打ち据えた。
子供と言っても又三郎は、背丈は大人と変わらず、剣は毎日、伝八朗に仕込まれ、不良侍の比ではなかった。
驚いた残りの四人が一斉に刀を抜いた。それを見た志津が、又三郎を庇うように立ちはだかった。
「私が、お誘いを断ったのが、お気に障られたのならお許し下さい。どこにでも、お付き合いします。刀をお引きください」
「志津様、それはいけない。もうすぐこの子のお父上が帰ってくる。この子の父上は、化け物の様に強いぞ、」
呼び込みの男が睨みつけ、志津と又三郎を庇って立ちはだかった。
「何だと下郎、許さぬ無礼討ちだ!」
言うより早かった。その侍の抜き打を交わそうとした呼び込みの男の片腕が、無残に斬り落とされた。一瞬の惨事だった。
その頃、見世物小屋の入り口の所で人だかりがしていて、帰って来た伝八朗が尋ねると。
「喧嘩です、五人の屈強な侍と、子供が喧嘩をしています」
伝八郎は子供と聞いて、すぐ又三郎を思った。慌てて小屋に駆けこみ見ると、けさ又三郎を頼んだ呼び込みの男が、腕を斬リ落とされ、無残に床に倒れていて、その前で、又三郎を庇う様に美しい娘が立ちはだかる姿が見えた。伝八郎は慌てて娘の前に立った。
五人の若侍は伝八朗を手強いと見たのか、皆で取り囲んだ。
「貴様等、俺を本気で斬る気だな。それなら腕の一本ぐらい斬り落とされる覚悟で、掛かって来い」
おちついて、そう言い放つ伝八郎に恐れを抱いた五人だが、今更、引っ込みがつかず、後ろに回った一人が斬り付けた。だが伝八郎には、この者の動きは見通しだった。
相手に目も向けず、腰の一刀が鞘走ると、後ろから斬りかかった男の腕がドサ!と音を立て床に落ちた。それを目にした残りの四人は、(ウエ!と)悲鳴を上げ震え上がった。
平気で人の腕を切り落とす輩だが、立場が変わると弱かった。もう斬りかかる者は居なかった。
伝八郎は、今度は峰を返し、残った四人に襲い掛かった。最後の一人に迫った時、又三郎が叫んだ。
「待って伝八郎、こ奴は叔父さんの腕を切った男だ、私が斬る」
又三郎は、伸びている相手から刀を奪うと、真剣を構えた相手に迫って行く。だが伝八郎は手を貸さなかった。流れ者が生き抜く為には、又三郎が一人で越さなければならぬ、通り門に思えた。
親しい友の無い又三郎には、優しく接してくれた呼び込みの叔父さんの腕を、無情に斬り捨てたこの男を、許せなかった。
憎しみに燃える又三郎を見て、相手は恐れを抱いた。その心の弱みを、又三郎は渾身の力で突いた。若侍は悲鳴を上げ、転びながら逃げたが、入り口を出た所で息絶えた。初めての真剣勝負に又三郎は、震えが止まらなかった。
伝八郎は、もうこの城下に、止どまることは出来ないと思った。呼び込みの男の手当てをしている座長に、
「申し訳ない、貴方がたに、災いが及ぶのでは」
「大丈夫です。多くの証人もあります、元はご子息が私を庇って下さった事からです。お礼はこちらが言うことです。だがこの者達の身内は藩の有力者です。必ず貴方に仕返しします。すぐ旅立って下さい」
座長は路銀の足しにと金子をくれた。別れの時、志津が又三郎に近づいた。
「有難う助けて下さって。私たちも、さすらいの旅芸人、又いつの日か、どこかでお会い出来るといいですねえ」
そう言って見送る志津との別れは、又三郎が生まれて初めて味わう、辛く切ないものだった。呼び込みの男が、志津様と呼んでいた。
華やかに舞う志津も、何か辛い運命を背負っている様に思えた。
まだ幼さの残る又三郎の胸に、志津の面影が焼きつき離れなかった。
{四} 新しい仲間
出羽新庄の城下外れで、大掛かりな道作りの工事が行われていると聞いた伝八朗は、そこで働く事にした。
仕事は山裾に道を作る作業だった。山裾を削られた山肌は崩れやすく危険だ。そのため二人一組で、一人が山裾を削り、一人が山崩れを見張り、代わり合って作業をしていた。
伝八朗の組んだ相手は浪人で、草薙源十朗と名乗り、源十朗は何十年も旅を続けていると話した。十日ほど過ぎた日だった。源十朗が見張りをしていた時、頭ほどの石が数個、転げ落ちてくるのが見え、伝八朗に声をかける間もない。源十朗はとっさに伝八朗を突き飛ばした。
石は伝八朗と重なる様に倒れた、源十朗の足を直撃、足は折れた。
伝八郎は源十朗を、宿にして居た飯屋に連れて帰り寝かせた。
伝八朗は当分二人を養って行かなければならない。だが伝八朗は苦にならなかった。
源十朗と名乗るこの男は、年は自分と余り変わらないが、自分より物知りで、頼りになりそうに思えた。
伝八郎は、恩有る又三郎の父に(私の命に代えても又三郎様は守る)と約束した。。今も気持ちに変わりは無いが、自信の方は失いかけている。故郷を逃れて十二年の間に、幾度、修羅場を潜り抜けて来たか。自分一人で又三郎を守るには限界がある。
そんな時だった、源十朗と出会ったのは、この男と供に旅が出来れば、どれほど心強いだろうと伝八郎は思った。
又三郎は伝八郎が仕事に出た後、足を折った源十朗と二人になり、初めは気難しそうな源十朗に気を使っていたが、少しずつ興味が湧いてきた。二階でうめき声が聞こえ、又三郎が上がって行くと、源十朗が立ち上がろうとしていた。
「坊ず、厠に行きたい。肩を貸してくれ」
「坊ずでは無い、私は又三郎だ」
「又三郎か、頼む肩を貸してくれ」
二人が階段を下り掛かった時、下から叔母さんの声がした。
「無理をしてはいけません、用足しなら桶を持って参ります」
「かまわないでくれ、大丈夫だ」
そう言って源十朗は、又三郎の耳元でささやいた。
「そんな形の悪い事が出来るか、これでも武士の端くれだ」
聞いた又三郎は噴出した。二十日ほどで源十朗が歩ける様になり工事も終わり、三人は次の仕事を求めて旅立って行った。
その頃、丹後の松平家の足軽長屋に、清次が母と二人で暮らしていた。清次はほとんど口を利かない変わり者だった。
藩には身分に関係なく入門出来る道場が有り、清次はここで稽古をしている時が一番楽しかった。道場では藩の重臣の子息、小次郎を頭に、それを取り巻く三人が四天王と呼ばれている。この四人より優れた者もいたが、四人の機嫌をとり、皆んな勝ちを譲っていた。
師範の吉岡でさえ重臣の子息には、ご機嫌取りをしている。
そんな小次郎の耳に(足軽の清次が一番強い)と、門弟達が噂しているのを聞き激怒して、己の実力を皆に見せ付けようと清次に稽古試合を申し入れた。清次を蔑視していた小次郎は、これまで清次を稽古相手に選んだことが無かった。
受けて立つ清次は、師範の吉岡の訓えを思い出していた。
「稽古では負ける事を惜しむな。俺の訓えた技を何度も試みて、習
得するのだ」
清次は師範から授けられた技を、何度も試した後、軽く一本取らせてやった。立会いの終ったあと小次朗は、立って居れないほど疲れていて居たが、清次は涼しい顔で他の者と稽古を始めた。誰の目にも勝敗は歴然としていた。
そんな事があり、小次郎の清次えの憎しみは益々度を増した。
休みの日だった。清次は同じ長屋に住む鈴江を連れ、芝居を見に行く事となった。鈴絵は病がちな清次の母の面倒を良く見てくれ、そのお礼の芝居見物だった。
鈴絵は、生まれて初めての芝居を夢中で見ていた。だが、そんなひと時も永くは続かなかった。
二階の特別席で見物していた小次郎たち四天王が、真下の二人を見つけ、鈴絵を連れ二階に来るように伝えてきた。
清次はこれに応じなかった。鈴絵はまだ十六だが、この様な大勢の中に居ても、目立ち過ぎるほど綺麗で、好色な四天王に近づけるのは怖かった。
小次郎は若いが、父の威光で清次などの軽輩が逆らえば、すぐ職を解れるほどの職席にある。それでも清次は鈴絵を守りたかった。
怒りの収まらぬ小次郎は、(これでも食らえ!)と、言って柿や蜜柑を、真下の席の二人に投げつけた。
清次は鈴絵の手を取り、後ろの立見席に移ると、四天王の一人の藤原が来て、鈴絵を強引に連れて行こうとした。清次は堪忍袋が切れたのか、立ちはだかり睨みつけた。




