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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第54話(十三) 旅路の果ての花園

(十三) 旅路の果ての花園



白藤が、藩の大目付けに返り咲き、龍之介は白藤家の家来として仕官が叶った。龍之介は白藤から仕官を勧められた時、一瞬迷った。 

食い詰めて、又三郎の道場に転がり込み救われた。自分だけが仕官に飛び付けば、罰が当たる様な気がした。


「これは又三郎の願いでもあるのだ。身供とお主を思って又三郎が、勧めてくれた」

「そうか又三郎が、・・妻がこの日を、どれほど心待ちしていたか、妻の腹には子が出来ています。こんな汚れきった某ですが、どうか宜しくお願い申し上げます」 


 あらたまって、礼を尽くす龍之介に白藤は戸惑った。


「こちらこそ、よろしくお頼み申す、龍之介殿」

「白藤さま、家来の私を殿付けで呼ばれると、私の使う言葉がございません」

「又三郎は誰にでも、言葉ずかいは丁寧だが、お主の様な剛の者にも、敬われている。城中ではともかく、私事では好きに呼ばせて下され、又三郎がお主を人生の師と敬っていた。私も学ばせてもらう」


 龍之介は言葉に詰まった。そうしてやっと、誠の主に巡り会えたと思った。

先に帰った又三郎は、龍之介の長屋を訪ね、奥様に無事、事が済んだと知らせ、龍之介に後始末を頼み帰って来たことを告げた。


「よかったね、喜んでおられたでしょう、大目付様」

「はい、白藤様が御主人を気に入られ、返してくれなく成りそうです。住まいが出来れば、奥様を迎えに行くと言っておられた」

「仕官が叶うと言う事ですか?、高崎に立つとき貴方が、恥ずかしくない身なりでと言われた時、私は主人の髪を整えながら、無事、白藤様をお助け出来れば、仕官の声が掛かるのも夢でない様な気がしました。又三郎殿が、そう言っておられる様な気がしました。でも又三郎殿はお困りでしょう」

「そんな気遣いは無用です。この様な機会は二度と無い」

「夢の様です。譲って下さったのですね」


嬉しそうな千秋の様子に又三郎も、我が事の様に嬉しかった。                            

又、共に苦労して来た仲間が、食い詰め者の吹き溜まりの様な道場から巣立って行く。めでたい事だが誰一人、身内の無い又三郎は淋しかった。

一月が過ぎた頃、龍之介が三次を伴い、道場に姿を見せた。二人は白藤から借り受けた武家用の駕籠を担いでいた。身重の妻、千秋を高崎まで乗せて帰るためだった。


「又三郎、お主の好意に甘える事にした。お主に代わり白藤様を守るのが、俺の責務だと思っている。まだ安心は出来ない。明日の朝、帰ろうと思う」

「そうして下さい。みんなに知らせておきます」


 次の朝早く、龍之介を知る皆が見送りに来た。又三郎は、あれほど夫の仕官を夢見てこられた奥様が、元気の無いのに気がついた。


「千秋様、お体の具合が悪いのですか」

「ごめんなさい、皆様がこんなに祝って下さっているのに、・・・・私は間違っていたのでは、主人にとって草薙道場は、何にも代えがたいお城だったのでは」

「いや、龍之介殿の願いは奥様の願いです。龍之介殿はどこにも行く所の無い雪路殿や村木殿に、後を譲って下さったのです」

「有難う又三郎殿、故郷を追われ苦しい旅でしたが、貴方がたに出会えて良かった。故郷を捨てた事に今は、少しの悔いもございませぬ」


 長屋の人達も二人の旅立ちを、心から祝福して見送っていた。 

道場に帰った又三郎は、久しぶりに集まった半蔵達と炉を囲み、龍之介との思い出にそれぞれ耽っていた。

村木の妻の冬野は、道場の周辺に咲き乱れる花々を万感の思いで見詰めていた。食い詰めて、僅か二十文を賭け試合に賭け、それが縁でこの道場に拾われ、ここに住み着いた頃から冬野は、花を植え続け、貧しさを、花を見て癒して耐えた。

いつの間にか皆んなが冬野の側に来て、一面に咲き誇る花々を見詰めていた。冬野が呟いた。


「花園、私達がやっとの思いで辿り着いた、旅路の果ての花園」


永い又三郎の旅は終った。父に代り、鍛えてくれた伝八郎、変わり者の清次、この道場を託して逝った草薙源十朗。あの男達と辿った永いさすらいの旅が、まるで夢の中の、出来事の様に思えた。

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