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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第51話(十二)落ちぶれたか武士道

(十二)落ちぶれたか武士道



龍之介と一馬が、捕り物の助っ人に行くことになり、四、五日家に帰れなくなった。又三郎は龍之介の奥様にも、一馬の母にも、まだ会った事が無いので挨拶を兼ね、訪ねることにした。             

初めて会った龍之介の奥方は、優しい感じの方だった。


「又三郎です。ご主人が仕事先で、四、五日泊る事になり、挨拶方々お知らせに上がりました」

「貴方が又三郎殿ですか。千秋と申します。主人は貴方の仲間に入れて頂き、生き返った様に明るくなりました。主人は元々優しい人ですが、余りにも悲惨な出来事が続き、主人の表情を、あの様に厳しく変えてしまったのです」                   


奥様は夫の冷たい表情を、庇う様に言い訳した。


「代官所に勤めていた私の父が、手代の高木の仕掛けた卑劣な罠に落し入れられ、今は夫の龍之介は、裏切り者の汚名を着せられ、切腹を迫られました。理不尽な命に従わず、手代に刃向かう龍之介の、足手纏いになるのを恐れ、龍之介の父母は自害して果てられ、私の父母も、高木の罠に落ちた責任に耐えられず、自害して果てられた。龍之介は、手代の高木と、その取り巻き四人を斬って脱藩しました」


 そこまで話した千秋は、一息ついて又続けた。


「しょせん武士道などと言った美しい言葉は、殿や上に立つ者が立派でこそ成り立つもので、そうでなければ下々は、どんな理不尽にも耐え、どの様に理不尽な命にも従う他に、出世はもちろん、我が身や妻子をも、守れないのですね」


非業の最後を遂げた両親を思ってか、奥様の目から悔し涙が流れた。聞き終わった又三郎は、剣鬼の様に厳しい龍之介の表情に、そのままご夫婦の不幸な過去が、表われていたのだと思えた。又三郎は自分を連れ脱藩して、苦労の末、果てた、伝八朗が思い出された。


「今日は、龍之介殿は一馬を連れ、捕り物の助っ人に行って頂いた。一馬の家族が本郷の長屋に居ます。母上が心配しておられると思うので、お知らせに行って来ます」


龍之介の妻に別れを告げ、本郷の一馬の長屋を訪れた又三郎を、一馬の母と、二人の妹が迎えてくれた。


「又三郎です。ご子息に急な仕事をお願いしたので、また四、五日帰れなくなり、お知らせに上がりました」


いきなり訪れた又三郎に、一馬母の吉野は驚いた。一馬から大先生は若いと聞いていたが、これほど若いとは思っていなかった。


「ご挨拶に伺はなければいけないのに、ご無礼致しています」


 又三郎は先日、この母からお礼の手紙を貰っていた。母が二人の娘を紹介すると、二人の妹が大人びた挨拶をした。又三郎はこの二人に、品定めをされている様で、こそばゆかった。


「一馬はお役に立っているのでしょうか。一馬が憧れていた剣の修行もさせて戴き、給金まで頂き怖いぐらいです。一馬が心配するなと言いますが、やはり女親と笑って下さい」

「心配はごもっともです。今日も一馬は、町方からの依頼で、捕り物の助っ人に行ってくれました。凶悪犯が相手の危ない仕事ですが、剣を志すからには、避けて通れぬ通り門と信じ、私はあえて一馬に行かせました。、野良犬の様に生き抜いてきた私には、剣は生き抜く為の道具で、町方の助っ人ぐらいは、当たり前の様に思っていましたが、大切な他様のご子息を初めて預かり、もし間違がと考えてしまい、これで良いのかと迷い、ここに足が向いてしまいました」


 聞き終わった母の吉野は、入門を勧めてくれた雪路の言葉を思い出していた。     


「又三郎殿は、蛙や泥水をすすって生き抜いて来た人です。人の痛みを誰よりも、知っておられる方だと思います」


 吉野は、亡き夫が脱藩した時の事が思い出された。

何の落度も無い小夜の兄を斬れと、夫に主命が下ったが、理不尽な主命に従わない夫に、逆に討ってが向けられた。そのとき兄が


「俺は老いた父母を連れて逝かねばならぬ。お前達だけでも負けずに、生き抜いてくれ。そう願って兄上は、老いた父母と供に、追手の前に立ちはだかって、父母と供に果てた」


そんな汚い武士の世界を知る一馬には、どんな大身の殿様よりもこの男が、大きく立派に映ったのだろう。                                  


「一馬が武士として生きて生きたい以上、覚悟は出来ていると思います。一馬はやっと、誠の主に巡り会えたと喜んでいます」   


    (十三)絶望の闇にさいた花



旅姿の中年の男が、道場の入り口を入って来るのが見えた。


「又三郎様、三次です。覚えていて下さいますか」              

「お!三次さんか懐かしい。あの時はお世話になりました」                                              


あれは二年程前だった。又三郎が上野の松平家の城下はずれで、マムシに噛まれ、死にそうになっていた所を、この三次や、松平家の大目付、白藤隼人と妹の貴子に助けられた。


「白藤様や貴子様は、お元気ですか」

「実は・・ご主人が刺客に襲われ、大怪我をされました。配下の方が一人殺され、三人が手傷を追い、今度襲われればご主人を守れる者はいません」

「いつの話だ、傷の容態はどうだ」

「二十日ほど前です。貴方はあの時、板橋の道場を継ぐと言っておられた。板橋から来た人に、草薙道場の噂を聞いていたので、私が知らせ様と言ったのですが、

「又三郎は長い旅が終わり、やっと平穏な暮らしが出来る様になった。助けた事を恩に着せ、又三郎まで巻き込みたくない」

「ご主人がそう言われましたが、私の知っている頼れる人は、又三郎様の他に知りません。黙って来てしまいました」

「よく知らせて下さった、すぐ発とう。話は歩きながら聞く」


 又三郎は、側で聞いていた雪路に留守を頼み、


「雪路殿、私は白藤様にはご恩が御座る。龍之介殿と供に、すぐ助太刀に参ります。大変だが後を頼みます」

「龍之介様には私が知らせます、先に旅立って下さい」


 又三郎はすぐ高崎に向かった。急げば二日もすれば着くはずだ。

 一方龍之介の長屋に知らせに行った雪路は、事の次第を奥様に告げ、危ない仕事ばかり押し付けて申し訳ないと詫びた。


「いいえ、又三郎殿が命の恩人と敬うお方です。主人は喜んでお手伝いさせて頂く事と思います」

「龍之介様には、白藤様の供侍に化けて警護をして頂くので、恥じない身なりで来て欲しいと、又三郎殿が言っておられました」


妻の千秋は急いで夫の月代を擦り、髪を整え、もし仕官が叶った時にと、大切にしまって有った着物と袴を着せた。これが仕官の晴れ姿だったら、どんなに嬉しいだろうと千秋は思った。 


二日後、又三郎と三次は、寝る間も惜しみ歩き続け高崎に着いた。

役宅を追われた白藤は、前に又三郎が(まむし)に噛まれ、お世話になった私邸の寮にいた。又三郎は懐かしかった。あれから二年余りが過ぎ去ったのに、まるで十日ほど前の出来事の様に思い出され、玄関が開き、懐かしい貴子の顔が見えた時、又三郎は、その無事な姿が嬉しかった。

二年前、この深窓のお嬢さまに汚れた下帯を取り替えてもらい、恥ずかしかった事も、今は懐かしかった。


「又三郎、来てくれたのですか」

「貴子様、無事でしたか、お礼に伺わず失礼しています」


貴子の方も恥ずかしかった。 川原で一人剣の素振りをして居て、急に用を模様し、はしたなくも茂みで済ませ様と、辺りにばかり気を配っていて、目の前で蝮に噛まれて寝ていた又三郎に気ずかず、まともに見られてしまい、あの時は死ぬほど恥ずかしかった。

 迎える白藤に、お礼の便りもしなかった無礼を又三郎は詫びた。

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