第5話 (三)初めての真剣勝負
「無礼にも身共に斬り付けたので成敗した。妻女がこれほどの罪を犯したのだ。うぬの家の取り潰しは免れない。身辺の整理をしておく様にとの、仰せです」
「秋代!、許せ、悔しかっただろう。」
小者が帰った後、取り返しの付かぬ成り行きに誠は、二人の子と共に、変わり果てた妻に縋って泣いた。
「父上!、母上の仇を、母上をこの様な惨い目にあわせた鬼頭が、許せませぬ。三人ですぐ敵を」、
まだ幼さの残る冴子に、敵討ちを迫られ誠の腹は決まった。残される子や、代々続いた松井家の存続を考え迷っていたが、秋代の無残な姿を目前にして、もう迷いはなかった。
「わかった、だが、お前たちはまだ幼すぎる。犬死は許さぬ。母の無念は父上が、母上だけを逝かせはせぬ」
その時、松井家の、ただ一人の家来の敬太が、
「殿、私もお供します。あの様な立派な奥方を、あらぬ噂で追い詰めた憎き鬼頭を許せませぬ」
「敬太、そなたには頼みがある。冴子と新之助、それにそなたの母上をつれ、岩手の叔父上の所に行ってくれ。叔父上には子がない。
私に何かあれば、きっと二人を養子に迎えてくれるだろう。書状を書く、お主と母上のことも頼んでおく。岩手は遠い、岩手までは鬼頭の魔の手も及ばぬだろう」
敬太は素直に従った。敬太にも解っていた。たとえ自分が供をしても、果たせぬ夢と。敬太は松山家の家来であると同時に冴子とは幼馴染で想い合い、その気持ちは今も変わら無かった。
「奥様の葬儀だけ済ませてから、参りします」
「いや、それでは逃げ切れぬ、秋代は俺一人で送る。葬儀が済むまでは、俺えの沙汰は無いだろう。早く行ってくれ」
誠はもう今生で、三人に逢うことは無いだろうと思った。
それから三年、岩手に住む冴子の元に、父が姿を見せることわ無かった。風の便りに、鬼頭の下城の時を狙い、勇敢に斬り込み、果てたと聞いた。
話しは戻るが鬼頭を乗せた籠を襲い、金子を奪うつもりの伝八郎は、冴子達の敵討ちを知り、段取りが狂ったと一時は思ったが、鬼頭を襲い、金子を奪うことが、仇討ちの手助けになる事に気ずき、鬼頭を襲う大儀は出来た。伝八朗は鬼頭の乗った籠を先回りして、人気の無い所で待ち伏せ、駕の前に正座して声をかけた。
「お願い致したき儀がござる。少し某の話をお聞き下さい」
「無礼者、誰様の駕籠と心得る、汚い下れ」
供侍が吐き捨てる様に言ったが、伝八朗は動じない。供侍が(乞食浪人め!)と叫んで蹴ろうと上げた足を、伝八朗が受け止め跳ね上げると、見事に仰向けに倒れた。飛び起きた供侍は、まだ正座したままの伝八朗に、不用意に斬りつけた。
伝八朗は倒れる様に交わし、抜き打ち様に峰を返し、相手の向こう脛を激しく打ち据えた。峰討ちとわゆえ、骨でも折れたのか、供侍は立ち上がれず、転げ回っている。
残った供侍は立ち上がろうとした伝八朗に、間髪いれず斬り付けたが、伝八朗はそれを予期していた。先の相手と同じ様に転げる様に相手の切っ先をかわすと、目の前の相手の足を峰でさらった。相手は向こう脛を砕かれ、起き上がることも出来ない。伝八朗は籠に近づいた。鬼頭は二人が、斬られたと勘違いしたのか、震え上った。
「聞く、話しは聞いてやる」
「そうか。子連れの旅で難儀している。武士は会い見たがいだ、金子をお貸し下され」
「何だ、金子が欲しいのか持ってゆけ」
鬼頭は紙入れを放り投げた。伝八郎は駕籠を蹴倒した。
「流浪の身でも某は武士だ。犬扱いされる覚えはない。拾え」
伝八郎は機嫌が悪かった。足を棒にして仕事を頼んで回ったが、どこに行っても断られ、乞食扱いだ。自分で財布を拾はないのは、野良犬の様でも伝八郎は、武士の誇りは残っていたのか。
籠の鬼頭が差し出した紙入れには、八両が入っていた。
話しは又、少し戻るが、仇の乗った籠の後を着けていた冴子たち三人は、突然籠の前に飛び出した浪人を見て驚いた。浪人が斬られると思って飛び出そうと思った時、一瞬早く浪人の剣が鞘走り、二人の供侍が転げ回っていて、もう三人の出る幕はなかった。
浪人は友侍の懐からも奪った金子も懐に入れると、供侍や鬼頭の刀を拾い集め、売るつもりか一束にして持ち、遠ざかって行った。
我に帰った三人は、籠に駆け寄り、名乗りを上げるのも忘れ、すだれ越しに刃を突き刺した。
鬼頭は驚ろいた。もの盗りの浪人が去り、ほっとして籠に隠れたとき、いきなり三振りの刃が突き刺されたのだ。傷だらけの鬼頭が、籠から転げ出て、三人に命乞いをした。
「鬼頭三衛門、よもや忘れはしないだろう。うぬに辱めをうけ、手討にされた母上の秋代と、返り討ちに合い、非業の最後を遂げた松山誠の娘、冴子と弟の新之助だ。今日こそは思い知らせてやる」
「待て、待ってくれ。お主の家の再興は必ず叶える、早まるな」
「不様な真似はお止めなさい。もうその手は食わぬぞ」
言い終わると三人は又、いきなり斬り付けた。したたかな鬼頭が相手だ、油断は出来ない。必死に逃げる鬼頭に止めを刺すには、ずいぶん手間がかかり、終ったとき鬼頭は、何十箇所も斬られた無残な姿だった。棚ぼたの様な形だが、姉弟の悲願が叶った瞬間だった。
(三)初めての真剣勝負
また五年の歳月が流れ、二人が盛岡の城下に来た時、軽業の一座が巡業に来ていた。又三郎が軽業小屋の前で、曲芸の看板に見入っている。思えば又三郎に、一度も軽業や芝居を見せたことがない。伝八郎は不憫になり、客の呼び込みの男に聞いた。
「この子に軽業を見せたいが、某は仕事で夕刻まで帰れない。それまで預かってくれぬか」
「はい、見料さえ頂だけば、責任を持って預かります」
「有り難い、又三郎、俺が帰るまで曲芸を見ているがよい」
そう言って伝八朗は、引き受けていた仕事に出向いた。
又三郎を席に案内した呼び込みの男が聞いた。
「お前様のお父上は強そうだな。この一座がこの町にいる間、用心棒を引き受けて頂けないだろうか」
「父では無いが伝八郎は、仕事が見つかれば喜ぶと思います」
又三郎は、生まれて初めてみる曲芸を、食い入るように見入った。きらびやかな舞台、衣装、綱渡り短剣投げなど、又三郎にはまるで、別世界に思えた。真剣に見詰める又三郎に気が付いた短剣投げの志津が、又三郎に笑顔で話し掛けてくれた。
「お兄さん、お一人?、どこから来られたの」
「流れ者です」
又三郎が困った様に答えると、なぜか志津が(ごめんなさいと)と言った。志津は自分が血の滲む思いで修行を重ね、磨き抜いた技を、真剣に見入ってくれる少年が愛おしかった。
昼時になり前場の客は帰ったが、又三郎は一人客席に残った。
昼からも見続けるつもりだが、急だったので伝八郎が、又三郎の昼飯を忘れていた。それに気ずいた志津と呼び込みの男が、お握りを持ってきてくれ、分け合って三人で食べた。
又三郎は、晴れやかな舞台から舞い降りた、この世の人とは思えぬほど艶やかな志津と並んでお握りを食べているのが、まるで夢の中の出来事の様に思えた。
昼過ぎ、派手な伊出達の、若侍の五人連れが現はれ、前列の客を退かせ陣取ると、酒を飲み始めた」
「うぬ等、その下手な芸で、金を盗っているのか!」
とやじり、舞台にまで上がり騒ぎ出した。座長が静かに見てく
れと頼むが、侍たちは容赦なく、老いた座長を蹴った。
「おやめ下さい、ご無体な、これがお侍のなさる事ですか」
武家の娘にも勝る志津の燐とした態度に、又三郎は見惚れた。
伝八郎から、負ける喧嘩は初めからするな、悔しかったら強くなれと言われていたが。そんな訓えは、どこかに吹っ飛んでしまった。




