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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第49話

「これはまた、別嬪だのう、お前達が落とし前を付けるなら、それでもかまわんぞ」                        

「街中での無礼、許しませぬぞ」                          

「無礼だと、お高く止りやがって、おとなしく金でも掴ませば、許してやろうと思っていたが、尻でもまくって貰おうか」                     


いきなり雪路の着物の裾を掴もうとした瞬間、雪路の平手が男の頬を打っていた。雪路は懐剣をすばやく抜くと、母の裾をまくり上げている一人を斬った。喧嘩なれした三人だが、まさか十五、六の小娘に、懐剣ぐらいで斬られるとは思いもしなかった                                     


「斬りやがったな、叩き斬ってやる」              


懐剣の一太刀ぐらい、大した傷ではない。男は長脇差を抜くと、本気で斬りかかってきた。十六歳とはゆえ雪路は、小太刀の使い手だった。だが、短い懐剣では除けるのが精一ぱいで、これまでと思った時だった。                      

長い竹を構えた少年が、雪路を襲っていた男の背中を突いた。男は強く背骨を突かれ、脇差を落とした。すかさず脇差を拾った雪路は残った男に構えた。なんと槍代わりに竹を持った少年は、あの平助だった。


「俺にかかって来い。貴様は俺が相手をしてやる」                                      


平助は、もう一人の相手を雪路から引き離す様に挑発すると、長い竹で突きながら、相手を誘うように逃げ出すと、その男は平助の後を追って行った。残った男は雪路から一太刀浴び、敵ぬと思ったのか、捨てぜりふを残し、背を突かれた男を支え逃げていった。                  

雪路は放心した様に立っていた。まだ手が震えている。無理もない、生まれて初めての真剣の勝負だった。                                     


「平助は大丈夫かしら、逃げ切れたでしょうか」                   


母が言った時、先ほど助けた商人夫婦が近づいて、お咎めが有れば証人になると言って礼を言って帰って行った。                                     


「平助は町外れの小屋に住んでいます。たとえ逃げ切れても、あの与太者たちに顔を見られています。家に連れて帰りましょう」                    


平助から聞いていた小屋に向かう二人は、平助を追って行った男と出会わないか用心しながら歩いた。今の雪路は、相手から奪った脇差を抱いていたので怖くは無かった。                                  


「あれが平助の小屋だと思います。無事帰っていれば良いのですが」                       


小屋の中に気配を感じた雪路が、声をかけた。                   


「平助、無事でしたか雪路です。母上も来ている」      


顔を出した平助は、雪路には目もくれず、母に深々とお辞儀をし

た。雪路は平助が、母に特別な感情を持っていたのを思い出だした。                           


「狭い所だが、休んでいって下され」                           


平助は大人の様な口ぶりで、二人を悪びれる様子も無く、狭く汚い小屋の中に招いて、散らかった物を、隅に掻き寄せた。                    


「平助、ありがとう。平助が来てくれなかったら、どうなっていたか。でも、あの男達は平助の顔を覚えている。ここに居れば必ず仕返しされる、道場に帰りましょう」                      


平助は、意外と素直に雪路の母にしたがった。                   

こうして下男として雇われた平助は、初めは何も出来なかったが、母や雪路を真似、食事の支度や掃除なども覚え良く働いた。言葉使いも母に注意されると素直に聞き入れた。雪路には、あの野良犬の様な平助が、なぜ僅かな間に豹変出来たのか理解できなかった。それを母に聞くと、                                                                  


「これが平助の本当の姿です。平助は誰も信じられなくなっていたのです。それだけに平助の気持ちを、裏切っては成りませぬぞ」                           


平助は朝早く起き、道場が始まる頃には朝の仕事を済ませ、雪路の稽古を窓から何時も見ていた。道場の休みの日、雪路が一人で剣の工夫をしていた時だった。その日も平助は、雪路の稽古を真剣に窓から見ていた。                         


「平助、こちらに来て雪路の相手をしなさい」                    


いきなり相手を命じられ平助は驚いた。剣の稽古など、武士のする事で、町人なら裕福な家の倅の、道楽と思っていた。                              


「雪路を、化け物と思って、本気で打ち込んで来なさい。女と思い、手を抜いたら許さぬぞ」   


平助は雪路の稽古を毎日見ている。そうして雪路の凄さは知り尽くしていた。平助と相対した雪路は、平助の、まるで真剣勝負の様な身構えを見て、稀にみる逸材に思えた。その日から道場の空いている時を見て、剣だけではなく礼儀も仕込んだ。                          


「平助、同じ相手とばかり修行しても上達は限られる。父上にお願いして、そなたを内弟子にして貰おうと思うが、今の仕事もしながら大変だが、出来るか」          

「はい、他の台所で食い物を漁っていた平助には極楽です」                            


雪路の眼に狂いはなかった。父は平助に、己の持つ全ての技を授け、我が子の様に愛し鍛えた。           

剣客の鏡の様に厳格な雪路の父を剣の師に、優しい母を我が母と内心で想い、平助は成長していった。そして雪路二十三歳、平助二十一歳になった頃には、平助の剣は師をも越す、冴えを見せていた。

そんなある日、父が門弟を集めた。                            「師範代の長坂が年には勝てず、退くことになった。次の師範代は剣妓にすぐれ、人格を備えた者から考えた末、若いが平助を師範代に決めた。皆で若輩の平助を支えてやってくれ」、      

と言って道場主、自ら門弟達に頭をさげた。                             

それを聞いた藩の重臣の子息、九十朗が異を唱えた。               


「先生、それは余りにも理不尽では、下郎の平助に師範代を任せるなら、藩から来ている某たちの面子は、どうして下さる」                  

「九十朗、町道場の師範代は、藩士の面子などで決めていては、道場は守れぬ、剣はもとより、人としての、ものの腑を供えた者でなければ成らぬ」                      

「先生は某の人格が、下郎の平助に劣ると言われるか。そんなバカをされるなら、藩から来ている者達は皆、辞めてしまうぞ、残るのは、貧乏垂ればかりになる」                     

「九十朗、お主は今まで何を学んでいたのだ。嫌なら辞めなさい」         


このとき平助の胸に何かが起る、不吉な予感がよぎった。                     

事実上の破門になった九十朗に従い、仲間の五人も道場を去ったが、師を尊敬していた他の藩士の倅は残った。辞めたのはいずれも藩の重臣の子息だった。             

三月ほど過ぎたある夜、所用に出た父の帰りが遅いのを心配した雪路は、下部屋で寝ていた平助に知らせた。嫌な予感が当ったのでは?平助は夢中で迎えに走った。

前方に幾つかの人影が見え、平助は恩師が襲われている事を直感して駆け寄った。野良犬の様に育った平助の目は、暗闇でも相手の人数や動きが見えた。平助は身をかがめ、低い姿勢で敵の真っ只中に斬りこむと、切っ先に何度か手答えを感じた。

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