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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第40話(九)時を越えた恋 

(九)時を越えた恋



所用から帰った又三郎を、名主の右衛門が待ち構えていた。


「名主様、呼び付けて下されば又三郎がお伺いしましたのに、日頃から何かと、御恩になっています」

「その様な僅かな事を恩に着せ、誠に頼み辛いのだが、実は不詳の倅を助けて欲しい。この様な私事を頼むことの出来るのは、私にはお前様しか居ない。ぜひ引き受けて貰いたい、この通りだ」

「私がお役に立てるなら、心に恥じる事でなければ、たとえご条法に叛いても、お役に立ちたいと思います」

「引き受けて下さるか。二十ニ歳になる倅、幸一郎の事だ。幸一郎は半年ほど前、ある娘を嫁に欲しいと言いだしたが、私が反対した。怒った倅は家に寄り付かなくなった。それが五日ほど前、突然三人の御家人が表れた。 


「お主の倅の幸一郎が、俺の仲間を殺した。倅は俺が預かっている。 黙っていて欲しければ、百両出せ」

「御家人はそう言ってきたが、私が親馬鹿かも知れないが、私にはあの幸一郎が訳もなく、人を殺めるとは、どうしても思えないのだ。 


未練と思うだろうが、倅を取り戻してほしい。幸一郎の口から真実が知りたい。人殺しが事実なら、私が町方に引き渡す約束する」


「解りました。人を殺したかどうかを、本人に確かめてから御家人の扱いは決めます。早速ですが相手の御家人に、息子の幸一郎様を屋敷に連れて来れば、息子と引き換えに百両を渡すと連絡して下さい。奴等の来る日が決まったら、すぐ私に知らせてほしい」

「?奴等が、息子を屋敷に連れて来た時、聞くのか?」

「いや、途中で幸一郎殿を奪い、道場に隠まいます。だから百両は、用意する必要は有りません」


 右衛門は、倅を簡単に奪い返すと言って退けた又三郎の、調子の良い言葉に、昨夜一眠も出来なかった不安が、急に薄らぐのが解った。手馴れ揃いの草薙道場だ、やってくれると思いたかった。


「襲うのは、夜の方が楽です。奴等を招くのは夜にして下さい」

「解った、お主に相談してよかった。すぐ相手に連絡する」    


そう言って右衛門は急いで帰った。

 又三郎は殴られ役を募った。少し痛いが良い稼ぎになると聞くと、度胸のある七人が引き受けた。この中には平助や一馬も居た。


「お主らが殴られている間に人助けをする。いつ知らせが来ても良い様に、仕事に行かず道場で待機していてくれ」


その翌日、早くも名主からの知らせが入った。三人の御家人の屋敷は牛込にある。幸一郎を奪うには、巣鴨の辺りで待ち伏せするのが得策と、早めに道場を出た。

殴られ役の七人と又三郎は、道端の林の中に身を隠し、しばらくすると、暗闇の中、三人の御家人の陰が近づいてくる。


「よし来たぞ!行ってくれ」


 平助を含めた七人の殴られ役が、酔った振りして大声で近づいて行く。道を譲らない御家人たちと、道の中央で突き合わせた。


「下郎め、退け!」と御家人が蹴りつけた。「やりやがったな!」、と抵抗する七人に、御家人達が殴りかかった。殴り返す七人に怒った御家人は刀を抜いた。平助と一馬は、隠し持ってきた木刀で応戦する。通行人を装い又三郎も加勢して、暗闇のなか乱闘となった。その隙に下男の仙太が、幸一郎を林の中に連れ込み、遠ざかって行った。腕に大差の有る又三郎達が追いまわすと、御家人達は這う様にして、もと来た道を逃げ帰った。 


道場に帰ると、名主の倅と思われる、律儀そうな好青年が近づいて来て、礼儀正しく助けられた礼をいった。


「幸一郎殿か、酷い目に合ったな、当分はここにいると良い。御家人たちは、お主が人殺しだと言っているが、それは本当の話か」


 幸一郎は何も答えない。だがその表情は、答えられない苦しさの様なものが漂っていた。


「言いたくなければ言わなくても良いが、ご両親が心配しておられる。ここに居れば安心されるだろう。少しでも俺に恩を感じるなら、黙って出て行かないでくれ」

「はい、お世話をお掛けします」


 少し話しただけだが、この育ちの良い素直な青年が、理不尽に人を殺すとは又三郎にも思えなかった。

一方、名主の右衛門は、下男の仙太からの知らせで、幸一郎が救われ、道場に隠まわれた事を知ると、自分の警護に付いて居た龍之介に、逢わせてくれと頼んだ。


「その前に、某と御家人の家に行って貰いたい」

「何のために?御家人達は私が、貴方達に頼んで取り返したと、察しているかも」

「だから行くのだ。百両用意して待っていたのに、なぜ倅を連れて来なかったかと、先手を取って貴方が奴等を責めるのだ」


 名主右衛門は驚いた、昨夜、息子を奪い返した上、今度は相手に因縁を付けに行くと言っている。 

二人は牛込の御家人屋敷の立ち並ぶ所で、三人の頭格と思われる御家人が名乗った、大庭と言う名の家を探し訪れ、下女と思われる女に、大庭に会いたいと告げた。


「ご主人は昨夜、大怪我をして帰って来られ、寝ておられます。お会いする事は出来ません」

「ならば伝えて貰いたい。昨夜、百両用意して待って居たのに、なぜ倅を連れてきて下さらなかったかと」


 下女が奥に消え、しばらくして戻ってきた。


「息子さんは、勝手に逃げたと言っておられます」


 今度は龍之介が、奥まで聞こえる様に叫んだ。


「隠し立てをすると為に成らんぞ。幸一郎が人殺しだと言ったな!、誰を殺したか言ってみろ。まさかお前等、幸一郎を殺したのではないだろうな、仮病を使っても騙されないぞ、出て来い、来なければ俺が行くぞ」


 龍之介の大声に怖気づいたのか、下女の肩を借り大庭が出てきた。大庭だけは、相当使えると又三郎が言っていたが、昨夜、袋叩きにされ、今は使い手の面影も無かった。名主に逆に押しかけられ、大庭は自尊心を傷付けられたのか、二人りを睨みつけた。


「お前が大庭か、昨夜、金子を用意して名主殿が待っていたのに、なぜ幸一郎を連れて来なかった、名主殿は倅が、お主らに殺されたのではと心配して、俺に頼ん出来た。貴様、幸一郎を殺して、死体をどこに隠した」

「殺していない。連れて行く途中で、与太者と喧嘩になり、その隙に逃げられた、本当だ」

「そうか、お主も武士だ信用しておこう。幸一郎が誰を殺したか言ってみろ。教えてくれたら名主殿は、礼をすると言っている」

「悪太郎と言う遊び人だ、女の事で揉めていた」

「その死体はどこにある。どこで殺した、証拠を見せろ」

「死体は知らない。幸一郎が隠したと思い痛め付けたが、吐かなかった。太郎は、悪太郎と呼ばれるほどの悪で、武士でも歯が立たぬほど腕が立つ、幸一郎では殺せないと思ったが、幸一郎が自分で殺したと言っている」    


 聞いていた右衛門は、悪太郎と言う、ならず者を殺したのは、この男達でないと思った。この男が言う様に幸一郎が、何かの弾みで殺したのでは?と思うと、余り事を荒立てない方が良いと思い。


「よく話して下された。幸一郎は生きていると思って良いのですね。後は私共で探します。心配の余り無礼をしてしまいました。これは少しですが、お詫びに」


 そう言って右衛門は、三十両の大金を御家人に渡した。これは龍之介も考えていなかったが、さすが名主だ、落しどころは知っている。これだけの大金を貰えば、正木は仲間えの面子も立ち、もう幸一郎には近づく事は無いだろう。

 その帰り道、右衛門は思った。この龍之介を馬市の警護に据えてから馬市は穏やかになり、宿場の人達の憩いの場になっていた。

又三郎には、これほどの男が付いている。名主の自分が死ぬほど悩んだ倅の件も、又三郎は一夜で片付けた。名主右衛門は、草薙道場の底力を見せ付けられた様な気がした。                                           

数日後、道場の前の広場で平助と、初めての門弟一馬が立ち合っていた。一馬は雪路でも音を上げるほど熱心に稽古をして、雪路が見込んだだけに上達も早かった。        

今では平助も、三本に一本は取られるほどの腕に成っていた。  又三郎の剣が、伝八朗から授けられた生き抜くための道具なら、一

馬の剣は、母や二人の妹に人並みの暮らしをさす為の、手段の様なものだった。

その時、名主の下男の仙太が、幸一郎の着がえを持って来た。又三郎は、何も話さぬ幸一郎の代わりに仙太から、何か聞き出せないかと思い、仙太に探りを入れた。               

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