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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第36話(七)初めての門弟

「父がよく言っていました。今の若い侍達は、見栄や楽しみを求めて道場に来る。厳し過ぎないよう心掛け、本気で修行したい者には、誠心誠意、己の持つ技を厳しく伝授する。道場が栄える為には、この使い分けが大切だと訓えられました」


 聞いていた三十朗は、もっともだと思った。


「手伝って下さるか」

「どこに行く宛ても無い私達です。喜んで引き受けますが、又三郎殿が言われた様に、雪路に惹かれて門弟が増えるのは、当てにしないで下さい。雪路は又三郎殿より年上ですが、まだ殿方から想われたことは有りませぬ。気が強いからだと思っています」 


皆が一目置く雪路が、真顔で話す意外な弱音に、皆が静まり返った時、三十朗が(クスッ)と噴き出してしまった。

 正月も中頃には雪路の傷も良くなり、三十朗を相手に稽古を始めた。雪路は、立て札の文面を気楽に立ち寄れる様な、優しい文面に変えた。その効果か、美しい雪路に惹かれてか、腕試しに訪れる若者が増えてきた。                 

雨の日以外は道場を使わず、通りから良く見える前の広場で稽古や立ち合いをすることにした。この狙いは、街道を通る人たちに、誠実な村木や、美しい雪路の、楽しそうな指導ぶりを見せ、この道場が、怖い所でないことを知らせる為だった。


今朝も、あさ靄の立つ道場の前の広場で、剣の工夫をする雪路の姿があった。架空の敵を相手に白刃を操る、その燐とした雪路の姿は、まるで剣舞を見ている様だった。                        

その時、五人ずれの若者が入って来た。五人はいずれも刀を差さず、一目で町人と分ったが、いずれも屈強な男たちだった。


「お越し下さい。お相手をさせて頂く雪路と申します」


 先ほどまで見惚れていた、美しい武家娘の丁重な挨拶に、乱暴者の五人も恐縮して、賭け試合、お願い致すと声を揃えた。    。


「賭け金は幾らでも結構です、当方が負ければ、五倍にしてお返しします」


 若者達は雪路の、細い身体を見て勝てると思ったのか、裕福でもなさそうな若者が、一人一朱ずつお盆に乗せた。一人目の若者は、俺が本気で打てば、このきしゃな娘の体が壊れてしまうと心配し、手加減して打ちかかった。        

それが悪かった。素人が手加減して打ち下ろす木太刀など、雪路には切っ先が、はっきり見えるほど遅く感じられた。相手の木太刀が、自分に触れる寸前に交わし、軽く若者の尻を打った。


「惜しかったですね。少し稽古に来られたら、もう少しは強く成られると思います」

「いや、女だと手加減したのがまずかった」


 若者は悔しそうに、こんど来た時は勝つ、必ず勝つと言った。  二人目からは用心して挑んで来た。雪路は少しの間、遊んでから、  

ケガをさせぬ様、又お尻を軽く打った。後の三人も同じだった。


「皆さん立派なお身体をしておられる、でも剣は、力では勝てませぬ。稽古に来られたら、もう少しは強く成れるでしょう」

「今日は、あんたが女だと油断した。今度来た時は勝つ」

「稽古をしなければ、私に勝つことは一生、無理です」


 女に一生勝てぬと言われても五人は、今日は五人揃って尻を叩かれ負けたのだ、何も言うことは出来なかった。だが内心、今度来たときは勝つ、必ず勝てると思った。


「小遣いが出来たら、また遊びに来て下さいね」


 丁重な礼を言われ五人は、複雑な顔で打たれた尻をさすりながら帰って行った。

 見ていた又三郎と村木は感心した。稽古に厳しい雪路の口からあの

様に若者を、その気にさせる上手な言葉が出て来るとは、

思っていなかった。あの若者たちは必ず又、小遣いが出来たら置き

に来てくれるだろう。


(七)初めての門弟



その時、「お頼み申します」と又声がした。見ると、まだ少年の面影の残る、十七、八の若者が立っていた。


「薮本一馬と申します。一手だけのご指南も、して下さると聞き、参りました。指南代はお幾らですか」


 貧しい身なりの、浪人の子と思われる少年を見た雪路は、この一馬と名乗った少年は、苦しい生活の間をぬって来た事がわかった。


「そなた本気で学びたいのですか、遊びの相手は出来ませぬぞ」


 見ていた村木は、先ほど五人の若者の相手をしていた雪路とは思えぬ、まるで別人の厳しい雪路を見た。


「私は浪人の子です。父はもう居ませんが、出来れば武士らしく、剣で身を立てたいと思い、毎日素振りは続けてまいりましたが、腕試しがしたく、先日私と同年ぐらいの道場帰りの武士の子息を待ち伏せして、挑みましたが、とても歯が立ちませぬ。事情が有って道場に通うことは叶いません」

「わかりました。素振りをして見せなさい」


 鋭い素振りだった。おそらく日に、何百回も続けて来たことは、雪路にはわかった。雪路が小太刀を構えた。


「真剣勝負の積もりで、用心して来なさい」


一馬は、か細い女に打込むことに、一瞬躊躇した。その僅かな隙を雪路が突いた。一馬は不思議なものを見る様に雪路を見た。


「まだまだ浅手だ続けて来い。女と侮ると許さぬぞ」


 思い直して打ちかかる一馬の太刀を、素手で奪うと、泳いだ一馬の尻を激しく打ち据えた」

一馬は目が飛び出るほど痛かった。見ていた又三郎は雪路が、少年の根性を試しているのが解った。


「有難う御座いました。これだけしか有りませぬが」

「子供からは銭は受け取れない。その分、仕事を手伝いなさい」

「はい手伝わせて下さい。今日は何を致します」

「ご家族は元気で居られるのですか、どこから来たのです」

「本郷から参りました。家には母上と妹が二人居ます」

「今日は遅いから帰りなさい。母上が心配なされます。本気で剣の修行をする気が有れば、暇のある日はここに来なさい」

「暇はいつでも有ります。私を仕事に使ってくれる所は、ほとんど有りません」

「ならば毎日来なさい」


 二人の話を聞いていた又三郎と村木は、顔を見合わせた。やっと門弟が一人出来そうだ。正に金の玉子か希望の星か、帰ろうとする一馬を、又三郎が呼び止めた。


「遠いから腹が空くだろう。少し待て、弁当を作ってやる」


又三郎嬉しくて、初めての門弟一馬の、ご機嫌を取った。遠虜する一馬に、俺はうなぎ取りの名人だ、旨いぞ鰻弁当だ。遠慮はいらぬ、             

只で川で捕ってきたのだ」

そのころ一馬の母の吉野は心配していた。一手だけでも訓えてくれる道場が板橋にあると聞いた一馬が、小銭を持って勇んで出て行った。我が子が恥ずかしい思いをしているのでは、怪我をするのではと心配だった。そんな時、一馬の元気な声がした。


「母上、只今帰りました」                              


一馬は、毎日仕事を探しに行くが、仕事が有った日はこの様に元気な声で帰ってきた。


「母上、きょう伺った草薙道場の先生が、本気で剣の修行をする気が有れば、毎日くる様に言われました」

「それは入門することです。その様な金子は、私たちには払うことは出来ませぬ」

「お金の心配は無用です。その分、仕事を手伝う様に言われました」

「そんな調子の良い話が有るでしょうか、どんな恐ろしい手伝いを、させられるのか?」

「心配される母上の気持ちは解ります。道場主の又三郎様は、言葉ずかいは丁寧だが、只者でないことは私にも解りました。ですが母上、思えば私は、奪われる物など何も有りません。それに今のままでは、剣の修行は元より、妹達に普段着一枚、買って上げることも出来ない。多少危ない事でも、心に恥じない事なら引き受けるつもりです」


 吉野は一馬が、これほど逞しく成長していたとは知らなかった。獅子は我が子を、谷に突き落とすと聞くが、吉野はそれほど強くはない。だが、一馬の手足纏いに成ってはならぬと思った。

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