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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第35話 (六)道場に咲いた華

(六)道場に咲いた華



そのとき道場に来ていた君枝は、馬を引き表れた二人に気が付いた、君枝は二人の訪れた事情は知らなかった。


「又三郎様の道場ですか。お助け頂いた雪路殿です」

「又三郎はまだ帰っていないが、この娘は患っているのでは?」


 その時、二人に気が付いた、村木三十朗が近付いてきた。


「お主が平助か、雪路殿の傷はどんな様子だ」

「はい、途中で矢は抜いて貰いましたが、熱が出てきました」

「三十朗、この娘は弱っている。すぐ休ませてやろう」 


君枝の指示で、道場の裏の部屋に雪路を寝かせた。雪路は無理が続いていたので、気の緩んだ今、急に疲れが出てきた。君枝はそのまま雪路の看病に当たってくれた。


「身も知らぬお方にお世話になり、申し訳ございません。私は雪路と申します。弟の文四朗がご子息に、無理なお願いを致しました」            


雪路はよほど疲れていたのか、すぐ深い眠りに入っていった。君枝は雪路の額に濡れ手拭を当てながら、これほど美しい娘を、今まで見たことが無いと思った。         

君枝が表に出ると平助が、雪路を案じて近づいてきた。


「平助?、だったな、雪路は相当弱っている。傷も医者に見せなければ化膿する。この先に鉄斎と言う医者がいる。君枝に聞いて来たと言えば来てくれる。医者は馬に乗せて来なさい」

「はい、又三郎様も無事だと良いのですが心配です」


医者の家は、声をかけるのを躊躇するほど、立派な家屋敷だった。

取次ぎの女が奥に消え、すぐ医者が出てきた。


「誰が怪我をした、怪我の状態はどんな具合だ」


平助は、知るはずは無いとは思ったが、雪路さまと答えた。


「又、転がり込んで来たか。くすりを用意するから、少し待て」


 先生を乗せた馬を引きながら平助は、この初老の先生が、意外に気楽な人だとわかり、聞いてみた。


「君枝さんは、又三郎様のお母さんですか」

「君枝はそのつもりだろう。又三郎だけではなく、道場を頼って来た者、皆んなの親のつもりだ。君枝にとってあの道場は、自分の親元の様なものだからなあ」


 平助は、何となく解った様な気がした。

治療が終り平助は、来た時と同じ様に先生を馬に乗せた。                                  


「娘御は気丈な方だ。矢傷の奥深くを治療する時は、どんな強者でも悲鳴を上げる。あの娘は、うめき声一つ立てなかった。ニ、三日で歩ける様になるだろう」


雪路様は見知らぬ人たちに気を使い、必死に耐えているのだと又三郎は思った。その時、二日遅れて又三郎と文四朗が帰ってきた。                      


「平助、姉上に会いたい、姉上は大丈夫か」

「文四郎様が遅いので心配しておられたが、元気になられた」


 平助が又三郎に礼を言って、文四朗を雪路に会わせると、文四朗は感激で言葉が出なかった。                                     

私は夢を見ている様です。わずか一月余りの間に、余りにも哀しい事が続きました。それが今、見知らぬ人たちに、身内も叶わぬお世話になっています」


「私も早く帰りたかったのですが、又三郎殿が、奥州には八目鰻が居るといって八目鰻を捕っていたので二日送れてしまった。この様な時に又三郎殿は、馬鹿か変人か良く判らないが、二日も八目鰻を探していた」

「八目は、目の薬と聞いている。誰か目の悪い方が居られるのでしょう」

「私は姉上を助けたいと藁にも縋る思いで、此の怪しげな道場を頼ってしまいました。初めは私も心配でしたが、又三郎殿は見かけによらず、悪い人ではなさそうです」

「文四郎、その口の利き方は直らないのですか。この道場の人達は、見も知らぬ私達を命がけで助け、こうしてお世話をして下さっています。たとえ、どの様な償いを求められても従いましょう。私達が誰一人、知人の居ないこの江戸で生き抜く為には、この道場に頼るほか無いのです」


 姉に叱られ、文四郎が外にに出ると、土間に焚かれた炉の火を囲んで、五、六人の人夫風の男と又三郎が、仕事の打ち合わせをしている様だった。


「姉上が、お礼を申したいと言っています」

「気を使わなくて良いと言ってくれ、仕事で助けただけだ」


 又三郎は内心、雪路を見たかった。あの時、馬の背に晒された雪路は、哀れで儚げな、妖しいまでの美しさを放っていた。

この時、平助が近づいて来た。平助は金が欲しかった。平助にと

って雪路と文四朗は、大恩である方の姫と若君だった。二人に肩身の狭い思いをさせたくなかった。その為には稼ぎが欲しい。又三郎に仕事の世話を頼んだ。


「井戸掘りが忙しい、この人たちに連れて行って貰うと良い」


文四朗も「私も行きます」と言ったが、又三郎はにべもなく。


「お前では役に立たん。そうだ文四郎、お前は明日から雑貨屋の手伝いに行け、君枝さんには雪路殿が、まだ当分世話になるだろう」


次の朝、嘘の様に熱のさがった雪路は、前の広場に出た。

 そこで長身の若い男が、剣の工夫をしているのが目に付いた。雪路は、その顔に見覚えが有った。整った顔立ちに、どこか暗い陰の様なものが感じられるのは、あの時も同じだった。

又三郎は人の気配に振り向くと、雪路が近づいて来るのが見えた。     

丁寧にお辞儀をする雪路に又三郎は、かろうじて声をかけた。


「お!もう、大丈夫ですか」

「はい、お陰さまで、弟共々お世話になっています」


言葉を交わすのも、笠をとった素顔を見るのも、これが初めてで、美しい人とは思っていたが、まるで掃き溜めに舞い降りた鶴の様に清楚で、綺麗な人だった。思えば不思議な再会である。


「医者が雪路どのは、凄く強い方だと感心しておられたそうだ」

「又三郎殿には、初めてお会いした時から、恥ずかしい所ばかりを、お見せして、雪路は生涯、頭が上がりませぬ」


 文四朗から聞いた、あの忌まわしい修羅場を超えて来た娘とは思えぬ、凛として落ついた口調だった。この人が子供の頃、文四朗と、オシッコの飛ばし合いをしたとは、とても思えなかった。

 雪路は自分と眼を合わさず、恥う様に話す又三郎が、あの時、奥州の旅籠の前で、単身多勢の敵前に斬り込んだ、あの荒武者と重ねる事が出来なかった。


年が明け元禄元年の正月、又三郎をはじめ一同が、暖炉の火を囲み正月を祝っていた。二十五歳を迎えた又三郎は、言葉使いこそ丁寧だが、只者にない静かな威風の様なものが漂っていた。

 土間に焚かれた炉の火を見て、頼って来た人たちで、墓場の近くに借りた長屋も、今ではほとんど埋まり、大所帯となっていた。                      

師範代の村木三十朗が口を開いた。


「この道場も、少しは地元の人達から頼られる様になって来たが、肝心の門弟が来ない。何か良い策は無いだろうか」

「雪路殿の父上は、仙台で大きな道場を構えておられ、雪路殿はその片腕として働いておられた。美しい雪路殿に手伝って貰えれば、近隣の若者が押し寄せて来るのでは」


それを聞いた弟の文四朗が、口を尖らせて怒り出した。


「又三郎殿、姉上に無礼ではありませぬか。姉上は男を誘う様な、はしたない人ではない」

「文四郎、お黙りなさい。ここに居られる方たちは、綺麗事だけでは生きられぬ方達です。私たちもこれからは同じです。いつまでも甘えていては、生きては行けませぬ」


 雪路の凛とした言葉に、皆が静まりかえった。

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