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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第32話

一方龍之介は、又三郎との落ち合い場所で気を揉んでいた。又三郎が駆けつけた時は、夕暮れになってた。又三郎が手筈を聞いた。


「俺に任せてくれ、お前は外を見張っていて、御家人の加勢が来たら頼む。さんざん親元から金子を巻き上げ、妻の腕を切り落とした奴だ、脅して三下り半を書かせても、訴えることも出来ないだろう。二度とお袖に近づかぬ様、震え上がらせてやる」


龍之介は、恩ある大家の夫婦を地獄に落とした恨みは、己一人で晴らすと心に決めていた。

沖山家の前に来た二人は、又三郎が見張りに、龍之介が玄関から入った。玄関に出た下女に、お袖に会いたいと告げると、沖山が出てきた。上り口に腰を下ろし、背を向けている龍之介に、    


「貴様だれだ、俺の家内に何の様だ」              


と怒鳴ったが、振り向いた龍之介を見た沖山は、思わず言葉を呑んだ。一目で自分との格の違いがわかった。


「お袖を連れて来い。・・聞こえないのか、連れて来い」                


玄関の騒ぎに、舅夫婦が驚いて出てきた。          


「人の家に、いきなり来て無礼な、出て失せろ」            


龍之介は土足のまま上りこみ、お袖を苛め続けた鬼のような舅を蹴った。両親を目の前で蹴られ、思わず刀に手を掛けた沖山に、抜く間も与えず龍之介は、峰を返して沖山の腕の付け根を、憎く憎くしげに何度も打ち据えた。


「お袖を連れて来い。早くしろ」


 鬼の様な舅夫婦も、目の前で息子の片腕を砕かれ、震え上った。舅は、慌ててお袖を連れに消え、連れて戻った。お袖は髪は乱れ血の気が無く、斬られてから着替えもさせず、下の世話もして貰えず、血だらけの、汚れた着物のままの、哀れな姿だった。                   


「なんじゃあ!これは、うぬら、お袖に何をした」                      


龍之介はお袖が、腕が斬られた事を今知った様に装い。貴様等もみな腕を、叩き切ってやると言って追い回した。                                                


「た、助けてくれ、何でもする、斬らないでくれ、何でも聞く」           鬼の様な舅夫婦も、龍之介の凄い迫力に震いあがり哀願した。

「お袖をここに置ては、うぬ等に殺されてしまう。俺が連れて帰る。


治療代に百両払え」  

舅が六両を差し出し、


「これだけしか無い本当だ、これで許して下され」                    

「うぬら、お袖の親から何百両も巻き上げておいて、たったの六両で済ますつもりか、それならば詫び状と、離縁状を書け」


思った様に事が運び、龍之介は引き時だと思った。                            

近所の者が異変を感じ集まっていた。又三郎も通行人を装い、同

じ様に家の中の様子を伺った。玄関が開き、龍之介がお袖を支える様に出てきた。片腕を切り落とされたお袖は、目を背けたくなるほど無残な姿だった。又三郎が他人を装い、龍之介に話しかけた。


「可哀想に、何が有ったのだ。その女、助かりますか」

「危ない所だった。すぐ医者に見せれば命だけは助かるだろう。この家の奴等は、お袖の実家から三百両を出させ、もう金子が無いと断ると、お袖を殺すと脅していた。武家の事だ、町役人も役に立たず俺が助けにきた。沖山が斬りかかって来たので、仕方なく峰打ちにした」 


 一方、お袖の両親は気を揉んでいた。龍之介が今夜連れて帰ると、言ったと聞いたが、あの蛇のような沖山が、簡単にお袖を渡すとは思えない。だがその心配も、市助に背われたお袖を見て、一瞬にして喜びに変わった。待うけていた医者の手当てが終わり、医者が帰った後、お袖は、意外に落ちついた声で言った。


「市助を、呼んで下さい」


 母はお袖が、市助を咎めるのではと思ったが、市助の顔を見たお袖は、ほっとした様に言った。


「市助、貴方は大丈夫でしたか。お陰で私は生きて帰ることが出来ました。有難う」


 お袖の意外な言葉に両親は驚いた。市助はもっと驚いた。


「私を庇って腕を無くされたのに、私は自分の母や妹たちの事を考え、助けに行かなかった。お役にたてず、申し訳ありません」

「いいえ、貴方が私を庇い、恐ろしい夫の剣の前に立ち塞がってくれた時、私は初めて市助が、私を想っていてくれたのに気が付きました。私を物置に放り込み、私の死ぬのを待っている鬼の様な夫や舅たち、私は意地でも死なぬ、こんな所で死んでたまるか、生きて私に、想いを寄せてくれた市助さんに、もう一度会うのだと、それだけを希望に傷を気遣い生き抜きました。こんな片輪になってしまったのに、誠に厚つかましく言い辛いのですが、市助さえ良ければ、私を貰って戴けませぬか」


突然のお袖の告白に、みんな驚いたが市助はもっと驚いた。   母や三人の妹を養っている自分の所などに来てくれる嫁など無

いと諦めていた。そんな時、密かに想いを寄せ、憧れていた人から、思いがけず言い寄られた市助は、この現実が信じられないほど嬉しかった。二人の様子を見ていた又三郎は、何か身を清められる様な気がした。

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