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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第30話(三)蘇るかな道場

(三)蘇るかな道場



板橋に来て一年が過ぎたある日、又三郎は君枝と供に名主の右衛門に呼び出された。名主様が源十朗の友であった事は、君枝から聞き知っていたが、人別帳にも無い人達が道場で寝起きしている。咎められる様な気がして心配だった。

名主の屋敷に着いた又三郎と君枝は、客間に通され驚いた。待つ間もなく名主の右衛門が現れた。


「又三郎殿、呼び立ててすまぬ。私は名主の右衛門で御座る」

「又三郎と呼び捨てにして下さい。貴方はこの地域での酋長です」

「それほどでもないが、その方が気楽なら、そう呼ばせて貰う。


お前さんは困っている人達の、力になってくれると聞いたが、私にも力を貸してくれぬか」


「恐れ入ります。故あってあの道場を引き継ぎましたが、今だ門弟が無く、しかたなく何でも屋の様な事を始めました。お役に立てる事なら、悪事以外は何でも引き受けます」

「引き受けて貰いたいのは、編照寺の境内で開かれる馬市の警護だ。馬市の立つ日は、多くの馬喰たちが押しかけ揉め事が多い。町の人たちは恐れ、近づかなくなった。お主は揉めごとを取り締まり、馬市を宿場の人たちの、憩いの場にして欲しい。引き受けてくれぬか」                          

「よそ者の私に、重要な行事の取締りを任せて下さるのですか、喜んでお受けします」

「引き受けてくれるか。お主は他そ者ではない。れっきとした草薙道場の倅だ。草薙の名に恥じぬ様、頑張ってくだされ」


名主右衛門の、自分に対する扱いが丁重なのに驚いた。名主邸からの帰り道、又三郎は君枝にいった。         


「なぜ名主殿は、宿場の重要な行事の取締を、私などに任されるのか、番所も有るが?」                   

「前にも話した様に、なぜか右衛門様は前から、草薙道場を気遣かって下さった。それにこの道場で育った私にも、宿場で使う用品など世話をして下さり助かっている。私は三年ぐらい前まで、道場の草を取り、掃除をしていたのだが、名主様も時々道場を見に来ていた。他にも不思議な事は有る。何十年も放置されている道場の敷地が、今も草薙家の持ち物として残されていたのも、名主様の力添えと思われる」


 又三郎は、名主の真意は解らないが、好意に答えなければと思った。


「又三郎、いま道場で何人が寝起きしている。あれでは道場として使えないだろう。大きな古い長屋が、墓場の近くで借り手が無く、家主が困っている。相場の半値で借りられるが安いぞ」

「借りて下さい。今道場で寝起きしているのは、私と、仕事を求めて頼って来た者、十家族です。剣の稽古は表の広場です」 


 こうして丸ごと借りた長屋は大きかった。道場で寝起きする十世

帯が皆んな移ってもまだ空いていた。

 馬市の警護には、人夫仕事をしている者の中の、心得の有る浪人を二人選び、その者達を連れ、又三郎が立つことにしたが、半蔵の居なくなった今、村木三十朗一人に、道場を任すのは少し心配だった。

立て札を道場の前に立ててから、賭け試合に来る者が増え、その者たちの中には食い詰めた、凶暴な剣客も居る。村木の剣技の優れているのは解っているが、禄を離れて間のない村木の剣には、どこか甘さが残っている。

村木も、江戸に逃れて又三郎と立ち会い、しょせん自分は田舎の大将ではなかったかと、思い初めていた。 


「又三郎殿、手合わせを頼みたい。賭け試合のつもりで真剣に頼む」         


望む所だった。村木と向かい合った又三郎は、村木がまだ構え終わらぬ内に一太刀決めた。不服そうな村木に、


「賭け試合は真剣勝負と同じです。食い詰めた剣客は必死です。たとえ相手が卑怯でも、不覚をとって怪我でもしては仕事にならない」

「解り申した、その通りだ。もう一度頼みます」                    


今度は村木に隙は無かった。激しい打ち合いが続き、疲れが出てきた時、又三郎が小判を落とした。村木が小判に目を向けた僅かな隙を、又三郎は突いた。                       

村木は辛うじて除けたが、二の太刀が喉元に突きつけられていた。「参った、参り申した」

村木は二度も又三郎の、姑息な謀り事にはまった己を恥じ、真剣勝負なら二度死んだと悟った。。


その頃、凄腕の剣客、矢吹龍之介は巣鴨の長屋で妻の早苗と暮らしていた。長屋の店賃も払えず、食うにも事欠くしまつだった。故あって三年前、妻と共に故郷の佐屋宿を逃れてきた。

江戸に行けば、己の優れた剣が役立ち、何とか暮らして行けると思っていたが甘かった。龍之介には、近寄り難いまでの剣鬼が漂い、そのため恐れられ、堅気な仕事に雇ってくれる所は無かった。

仕方なく賭場の用心棒などで食いつないでいたが、妻の早苗は肩身の狭い思いで暮らしていた。

一年前、仕事が無く困っていた時、真田の城下で地回りの用心棒を探していると聞き、真田まで出向いた。              

又三郎と出会ったのはその時だった。相手方のヤシの元締め、お銀の用心棒の又三郎と立ち会う事となった矢吹は、相打ちを覚悟で迫る又三郎に対し、江戸で自分の稼ぎを待つ妻を思うと、若造と相対死、するわけにもいかず、刀を引いた。              

あの夜又三郎は無礼をわび、板橋の道場を継ぐ事を話した。仕事探

しに疲れた龍之介は、あの時の又三郎の言葉を思い出し、藁にも縋る思いで板橋に足が向ていた。     

板橋に道場が有るとは、聞いたことが無かったが、地元の人に尋ねると、町外れに古い道場が一つだけ有ると教えてくれた。           


その日は又三郎と、手伝いに来ていた千鶴が、道場の留守番で、村

木が馬市の警護に行っていた。その時、誰の目にも只者でないと解る、着流しの浪人風の男が、立て札を見ているのが目に付いた。                          

又三郎は久しぶりに緊張感に襲われた。この剣鬼漂う着流しの男に、己の剣が太刀打ちできるか?。不安が胸をよぎった。その男が、二人が昼食を食べようとしている土間に入ってきた。     ・                                        


「賭け試合も、受けているのか」                            


男の問いに、目の見えぬ千鶴が無邪気に答えた。               「はい、当方が負けますと掛け金を、五倍にしてお払いします」  

そう言って千鶴は、お掛け下さいと、炉の前の席をすすめた。     


「昼時です、ご飯、召し上がりますか」。

「某にも、ご馳走して下さるか」


 顔に似合わず、意外と穏やかな言葉が男の口から出た。黙って聞き耳を立てていた又三郎は、この男の声に覚えが有った。


「立て札に、なんでも相談に乗ると有るが、仕事が無く困っている、世話になれるか」

「ごらんの様な貧乏道場、食い詰め者の掃き溜めの様になっています。そのため、心に恥じること意外なら、何でも引き受けています。そんな仕事でよければ、仲間になって下さい」         

「有り難い、俺も悪事以外は何でも引き受ける。名乗り遅れたが俺は、矢吹龍之介と申す」

「失礼しました。やはり矢吹殿でしたか。私は真田の城下で無礼を働いた又三郎です。あの夜は暗く、お顔は解らなかったが、声に聞き覚えが有り、もしかと聞き耳を立てていました」                 

「覚えていてくれたか、あの時、お前が板橋で道場を継ぐと言っていたのを思い出し頼ってきた。                    「先日、名主様から馬市の警護を頼まれました。 名主様の理想は、馬市を町の人々の、憩いの場にすることです。揉め事を取締まり、露天商の場所割りにも立ち会います。私や師範代の村木が、代わり合って行っていますが、揉め事が多く若輩には大変な仕事です。良ければ貴方が主になって、差配して下さらぬか」                  

「馬市といえば名主差配の行事、俺などで良いのなら、喜んで引き受ける」            

「千鶴と申します。なんのお役にも立ちませぬが、今日は手伝いに来ています。今後とも、よろしくお願い致します」


千鶴は、井戸徳の養子に貰われた今も、道場の金庫番は引き受けてくれていた。                            


「某こそ宜しく頼む、何でも言ってくれ。妻が長屋の店賃が溜まり、気を病んでいる、仕事が決まれば安心するだろう」                     


支度の出来た千鶴が食事を勧めると、二人は以前からの仲間の様に食べ始めた。気強い仲間が、又出来た又三郎は、これでどんな仕事も引き受けられる、やっと自信の様なものが湧いてきた。  

矢吹龍之介は、年も三十五歳と年長で、何事にも大人で、物知りで、又三郎の方が頼る事が多かった。千鶴が支度金だと、一両を龍之介の前に差し出すと、龍之介は縁量したが千鶴は、


「この仕事は、名主殿の依頼を受けた、市場の役人の様な形になります、それに応じた身だしなみを、して戴かなければなりませぬ。髪は私が整えましょうか」                           「そうか有り難い。髪は家内に結ってもらう」                   

「矢吹さん、私は若輩でこの道場の主には、少し早いと思います。貴方が指揮を取って下さらぬか」

「又三郎、俺は主の器ではない。俺はお前を頼ってきた。頼む俺を、特別に扱わないでくれ」

「そうですか、馬市の無い日は、村木殿と師範代をお願いします。」  

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