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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第28話

「村木の母上、志保様は花好きで、庭に沢山花を植えておられ、母の無い私は、花見にかこづけ、志保さまを良く訪ね、志保様も私を、我が娘の様に可愛がって、下さりました。そのころ本多家の若君は剣術狂いで、みずから藩の道場の師範も引き受け、近習には、手馴れを揃えていました」


そんはある日、若君が近習たち五人に命じた。、


「町道場に行って、藩の道場との格の違いを、存分に知らせて来い。


よいか、町道場に遅れを取れば、本多家の面汚しだ。許さぬぞ、肝に免じて行け」

一方、年老いた道場主は、前ぶれも無く訪れた、若君の近習達に驚き、慌てて村木を呼びに行かせたが間に合わない。近習たちは情け容赦なく門弟を打ち据え、ケガ人が続出した。

堪りかねた老いた道場主は、思わず立ち上がった。老たりとは故、これだけの道場を構えた男だ。初めの一人の木刀を叩き落とし、勝負が有ったと思われた時、他の一人が背後から打ちかかった。老いた道場主は、まさか近習たる者が、これほど卑怯な振る舞いをするとは思わなかった。それが不覚といえば不覚だった。

知らせを受け、村木三十郎の駆け付けたのは、この時だった。


「三十朗、来てくれたか。斬るなよ、面倒な事になる」


そのとき近習の一人が、先生を抱きかかえる村木の背後から、

卑怯にも討ちかかったが、村木はそれを予期していた。

師範の背に回した手には、鯉口を切った太刀が握られ、相手の木太刀が振り下ろされる一瞬早く、村木の峰を返した刀は、相手の膝を、打ち砕いていた。驚いて刀を抜いた残りの四人に村木が言った、


「慌てるな、貴様等の様な者でも、斬れば面倒だ」


そお言って、ゆっくり壁の木太刀を取り構えた。


「貴様ら、真剣で来るからには、腕を折られる位は覚悟して来い」


村木三十朗の噂は、四人も聞いていた。目の前で仲間の一人が、一瞬にして膝を砕かれたのを見た四人は、気力が失せ、勝負にならず、這う様に不様に城に逃げ帰った。


老いた道場主の怪我は、命には別状は無かったが、急に衰え、村木の呼ばれる日は多くなった。乱暴な若君の報復も無く、二ヶ月ほど過ぎた日。村木の母の志保が、冬野に付き添われ、大好きな山菜取りに、近くの山に出かけた。

運悪くその日は、若君が近習たちを連れ、狩に来ていた。近習の一人が、志保と冬野に気付き、冬野を志保の娘と間違いして、村木の母と娘と告げると、若君は嫌な笑いを浮かべた。


「よし、脅してやれ、無礼を働けば構わぬ、懲らしめてやれ」


若君と近習達は、脅しのつもりで二人に馬を向けた。驚いた志保が冬野を庇い、馬前に立ち塞がった。驚いた馬が棒立ちになって暴れ、乗っていた若君が不様に顔から落ち、顔中血だらけになった。


「よくも若君を、射殺してやる!」


近習頭が狂った様に叫び、冬野を庇って立つ村木の母、志保に向かって矢を放った。それに習って他の近習達も、まるで獲物でも射る様に矢を放った。この時だった、狩りの警護に来ていた冬野の兄、信太郎が駆けつけたのは。

見ると友の母、志保様が、無残にも数本の矢を受け、それでも冬

野を庇って、冬野の前に立ちはだかっていたが、力尽き、冬野に被さる様に倒れた。

たとえ若君とはゆえ、この理不尽を信太郎は許せなかった。早く母に死に別れた自分達を、母親代わりに愛してくれ、今も妹を庇って立ちはだかった志保様を、まるで獲物でも射る様に、矢を射掛けた奴等が許せなかった。

信太郎は弓を構えた近習達に襲い掛り、矢を受けても構わず斬り続けた。怒り狂った信太郎を見た若君は、馬で逃げようとしたが、信太郎の剣は馬上の若君にも及び、若君は深手を負ったが、そのまま馬で逃げ去って行った。

我に返った信太朗は、村木の母の無残な姿に、若君に斬りつけた事にも悔いは無かった。殿には腹を切って詫びようと思い、妹の冬野を見ると、余りの惨事に放心した様に、矢を受け倒れている志保の髪を撫でていた。

兄の自分が、若君にまで手をかけたのだ、冬野はもう、この地では生きてはいけないだろう。志保様が命に代えて守って下さったのに、・・不憫だが連れて逝かねばならぬと思った。


そのころ村木は、我が家の屋根の修理をしていた。そこに友の、信太郎の、郎党の喜助が顔色を変え飛び込んできた。


「大変だ!志保様がやられた、ご主人も危ない。早く来て下さい」


そう叫ぶと喜助は、気が急くのか、今来た方に向かって走り出した。

村木は何かが起きたと直感し、喜助の後を追った。

広い草原に出た時、目の前の余りにも悲惨な光景に、思わず立ちすくんだ。血に染まった草の上に、胸に矢が数本突き刺さった母が寝かされ、一目で息の無いのがわかった。

その横に友の信太郎と、その妹の冬野が呆然と座っていて、信太郎の脇腹にも、矢が、深々と突き刺さっている。辺りを見回すと見覚えの有る、若君の近習など、藩士の死体が、七つほど転がっていた。村木に気付いた信太郎が、無念そうに呟やいた。


「俺は狩りの警護に来ていた。騒ぎに駆けつけ、初めて射られているのが、お主の母と知った。俺の妹を庇って立ち塞がる志保様を、まるで獲物でも射る様に殺した奴等を、俺は許せなかった」


村木は、母の亡骸を抱きしめながら辺りを見た。主を失った馬が、五、六頭、何も無かった様に草を食べている。


「村木、母を殺され辛いだろうが、お主はここに居なかった事にした方が良い。ここに居れば、お咎めは俺だけでは済まぬ。冬野は俺が、これだけの事をしたのだ。もうこの地では生きていけないだろう。不憫だが俺が連れて逝く」


村木は友の脇腹に、深く刺さった矢を見て、もう一時ほどの命だと思った。村木は乱れる心を必死で整理した。母の仇を、友の信太郎が討ってくれた。だがそのため、何もかも失ったこの友に、俺は何もしてやる事は出来ないのか。

(冬野を連れて逝くのは不憫だ)と悔しそうに言った、信太郎の言葉を思いだし、今この友を、少しでも楽に、送ってやるには、冬野様を連れて逃げる他、無いと思った。


「信太郎殿、冬野様を私の嫁に、下さらぬか、命の続く限り冬野様をお守り申す」


気を失いかけていた信太朗は、目を大きく見開いた。


「そうして下さるか、冬野がお主を想っているのは、知っていた。若君にまで手を掛けた俺の妹を連れ、逃げれば、藩から多くの討っ手が放たれるだろう。手形も無い女連れの旅は、辛い苦しい旅になるだろう。それに、母上の遺体をこのままにして、旅立つお主は、辛いだろう。喜助、喜助は居るか」

「はい旦那様、喜助はここにおります。死なないで下さい」

「喜助、世話になった。父母が、疫病にかかり、他の者が逃げ出しても、お前たち夫婦は、最後まで看病してくれた。村木殿の母上も、俺と供に弔ってくれ頼む。お前もこれから大変だ、お前に預けてある金子や、金目の物は、お前が使ってくれ」


この期に及んでもまだ、下男を思いやる信太郎だった。


「冬野、聞いたか、良かったのう。村木早く行ってくれ、冬野を頼んだぞ」

「これが兄上の、最後の言葉でした」


話し終わった冬野は、優しい義母を思い出したのか、また新たな涙が流れ落ちた。又三郎は花好きで優しい冬野と、温厚な人と思っていた村木が、自分や半蔵と代わらぬ、辛い過去を背負っている事を、始めて知った。


井戸徳の徳三は、貧しい農家の三男に生まれ、口減らしのため十二で奉公に出された。徳三は、給金の無い丁稚奉公に嫌気が差し、危険だが給金の貰える、井戸掘り職人になった。貧しくて、子供の頃から欲しい物も、何一つ買えなかった徳三には、給金が貰えることは何よりも嬉しく、夢中で働いた。

七年後、徳三は親も驚くほど給金を溜めこんだが、それで満足する様な徳三ではなかった。井戸掘りを請け負うには、余り資金が、かからないのに目を付け、長屋に「井戸徳」の看板をかかげた。

それから二十年が過ぎた時だった。浪人の半蔵が、雇ってくれと現れたのは。半蔵は次々と新しい工法を編み出し、難しい工事も請負、瞬く間に江戸で一、二を争う井戸掘り業となった。

そんなある日、親方が、何か思い詰めた様に半蔵に言った。

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