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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第27話

「又三郎、賭け金の五倍返し大丈夫か、江戸は強いのが居るぞ。これを見た腕自慢が、押し寄せて来るかも」

「それが狙いです。負けることも有るかも知れない。勝ってばかりでは、客は来なくなります。この道場を世間に知らすには、なによりの近道だと思いますが」


半蔵は心配だったが、早速翌日、入り口の立て札を見ていた浪人が近づいて来た。


「頼もう、賭け試合をお頼み申す」


千鶴が賭け金を入れる盆を持って出てきた。


「当方が負ければ、五倍にしてお返しします」

「これだけしか、持ち合わせがござらんが」


浪人は一文銭を、二十ばかり盆に載せた。食い詰め者らしいこの男には、この僅か二十文が、どれだけ大切な銭か、又三郎には良くわかった。入り口の所で妻子らしい母と子供が心配そうに見ている。無理も無い。僅か二十文しか残っていない路銀の使い道を、迷った末、賭け試合に賭けるのだ。

木太刀を構え向いあった又三郎は、相手が相当な使い手と解っても闘志が湧いてこなった。それにひきかえ相手は、必死で勝ちを狙っている。又三郎の心情を察した千鶴が、それまでと分けた。


「疲れたでしょう。お茶でも飲んで少し休んで下され」


又三郎がそう言って、入り口の所で心配している妻子に、


「寒いからこちらに来て、炉の火に当たって下さい」


と声をかけ、君枝が届けてくれたあん餅を思いだし、二人の子供に勧めた。母がうなずくと子供は、嬉しそうに食べはじめた。


「かたじけない、それがし村木三十朗と申す。ご恩になっても、今夜の寝ぐらさえ無い、食い詰め者、何のお礼も出来申さん」

「どうぞ、村木殿も食べて下され。お主は相当使えるな、井戸堀の手間取りでよければ、お世話します」

「お頼み申す。もう、悪事にでも手を染めなければ、一家揃って行き倒れになる所だった、助かった」


又三郎はこの手馴れの男を、仲間に欲しかった。このところ半蔵は、井戸徳の親方が離さず、宛てに出来ない。出会ったばかりだが、この村木と名乗った男は、剣の腕も人柄も良さそうだ。又三郎はこの一家を道場に住まわせ、様子を見る事にした。


その頃、三郎一家は、やっとの思いで板橋宿に辿りついた。今夜の板橋は、凍りつく様に寒かった。このままでは幼い子供は、凍えて死んでしまう。三郎は見知らぬ家々の戸を叩き、一夜の宿を乞うたが、開けてくれる家は無かった。

途方にくれ、町外れに来た時だった。開けっ放しの土間に、赤々と燃える炉の火が見えた。吸い寄せられるように近づくと、一目で只者でない若い男が、煮物をしていた。三郎は恐る恐る声をかけた。


「旅の者です、路銀も無く難儀しています。土間の隅にでも泊めて戴けませぬか」

「あーどうぞ、今夜は冷えるぞ」


若者は冷たい顔に似ず、快く三郎の願いを聞いてくれ、煮上ったご飯を勧めてくれた。地獄で仏とは、正に此のことか。

その時、泥にまみれた男が帰ってきた。


「又三郎殿、やっと水が出ました」


三郎は、ここは井戸屋かと思ったが、又三郎と呼ばれたこの男が、井戸掘りの頭ににも、職人にも見えなかった。


「旅の人、仕事を捜しているのなら有るぞ。井戸掘りの手間取りだが、熟練すれば職人に成れる、手間賃もいいぞ」


三郎は、貧しい北国の暮らしに耐え切れず、故郷の村を捨ててきた。旅に出て、世間の冷たさを、思い知らされた三郎は、又三郎と呼ばれた此の若者の親切も、何か企みがと疑い。


「なぜ俺らの様な食い詰め百姓に、これほど親切にして下さる」


三郎のこの問いに、又三郎は柄にも無くはにかみ。


「お百姓には、返しても返しきれない借りが有る。私は幼い頃から流浪の旅を続けて来た。いく度か飢えて死にそうになり、その都度、田や畑から、稲穂や芋を盗み生き延びてきた」


と話した。

中山道が江戸に入った所が板橋だ。苦しい北国の暮らしに耐え切れず、江戸に逃れて来た人たちが、やっとの思いで辿り付いた所に、この道場は有る。そのため、土間に焚かれた炉の火を見て頼って

来る人が、後を絶たなかった。永い流浪の旅を続けて来た又三郎には、この人たちの痛みは、誰よりもわかった。

そのため道場の板間には、頼ってきた多くの人が寝起きする様になり、これまで道場で寝起きして居た半蔵や、村木の一家の寝場所が無くなり、又三郎は敷地内に彼等の家を建てることにした。

浪人の家に育った村木が、前に父と二人で、古くなった我が家を、立て替えたと、話しているのを聞いていた又三郎は、


「材料と、手伝いの手間賃は私が払う。村木殿が棟梁の代役をして、手の空いている人に手伝って貰い、自分達で建てれば、半値で建つ、私も手伝う」


三カ月余りで新居ができた。千鶴が嬉しそうに又三郎に言った。


「家も建てて戴いたし、兄上は井戸徳の親方に見込まれ、暮らしも楽になりました」、

「親方が言っていた。半蔵殿の知恵を借りれば、他の井戸屋が引き受けない、深くて危険な井戸でも、楽に掘れる様に成り、仕事が増え、人手はいくらでも要ると、これでこの道場を、頼ってきた人達の仕事には、不柔しなくなりました」


井戸掘りに夢中の半蔵は、九分通り掘った井戸が砂層に当たり、砂と供に水が噴出し、危険で穴底での作業が出来なくなった。完工できなければ丸損で、信用も失う。これは井戸掘り業には、よく有る事で、頭の痛い問題だった。半蔵は自分を評価してくれる親方のためにも、この難題を何とか解決したかった。寝床に入ってからも、何か良い方法は無いか考えていた。

その結果、穴のぐるりに矢板を打ち込み、水と供に噴出す砂を止め、崩れを防ぐ方法を思いついた。解り易く言えば、穴底の部分に、底の無い桶を作り、その中に入り、桶と供に掘り下る方法だ。翌日親方に相談すると。


「俺には良く解らんが、お前の考えた事だ、間違いは無いだろう。


だが万一に備え、穴底には俺が入る」

結果は上々で、これまでの方法より、五尺深く掘ることが出来た。 

素人には、たかが五尺だが、この五尺が他の業者に大きく差をつけた。半蔵は親方の信任を得て、井戸徳の番頭格に昇進し、井戸徳は瞬く間に江戸でも一、二を競う、井戸掘り業に急成長した。

その為、多くの作業者が必要になった。又三郎は半蔵に頼まれ、この道場の炉の火を見て、頼ってきた人達を、井戸徳に紹介した。

このため半蔵は、親方に見込まれ、井戸徳を離れられなくなった。

こんな時だった、村木三十朗が家族と供に転がり込んで来たのわ。

村木の妻の冬野は花好で、野菜作りの傍ら、道場の周辺に花の種

を撒き楽しんでいた。又三郎は今まで、花など考えた事も無かったが、楽しそうに種をまく冬野をみて、少しだが、余裕の様なものを感じ初めていた。


「役にも立たぬ花など、切れ者の又三郎殿には可笑しいでしょう」

「切れ者と呼ばれると恥ずかしい。永い苦しい旅が某を、けちで計算高くしてしまった。咲かせて下さい花園の様に」


又三郎は自分の無粋を隠すかの様に言った。冬野は花には、哀しい思い出が有ると話してくれた。


「あれは遠い日の事の様に思えるが、僅か一年余り前の出来事でした。私は越前丸岡で生まれ、兄の信太朗は武勇で名高い本多家の家来で、藩では誰もが認める剣の使い手でした。兄上は城下の町道場に、時々代稽古に来ている、村木三十朗、後の私に夫が、稀にみる使い手と聞き、立ち合ったのです。それがきっかけで、家族ぐるみの付き合いが始まりました」


浪人の村木は、町道場に時々呼ばれ、少しばかりの手当を貰い、母と細々と暮らしていたので、何かと信太郎に助けられていた。

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