第26話(二)掃き溜めの明かり
板橋に来て四日が過ぎ、半蔵と千鶴は草刈と畑作りに没頭して居た。千鶴が器用に種を撒くのを見て又三郎が言った。
「千鶴殿、これから君枝さんの店での食料などの買い物は、千鶴殿にして貰えたらと思いますが、大丈夫ですか」
「はい近いので、すぐ一人で行ける様になります」
路銀の持たず故郷を出て、兄が刀を売ったお金を大事に使い、生き延びてきた。千鶴は兄には内緒で、物乞いまでして、屑米を貰ったことも有った。
早速、千鶴を連れ、君枝の店に出かけ、今後の買物は、千鶴が来ることを告げ、又三郎は布団や風呂桶など、必要な物が多いので君枝に相談した。
「安く取り寄せて上げる、又三郎、金子はどれ位ある」
「四十五両ほどですが、屋根の葺き替えも、しなくては成らない」
「驚いた。金持ちだね。だが油断するな、使うだけではすぐ無くなるのが金子だ。屋根替えは、職人を一人だけ雇い、手間取りを自分達で行えば、半値でできる」
「はい、肝に免じ、明日から半蔵殿と仕事を捜します」
翌日又三郎と半蔵は、仕事を求めて神田の口入れ屋を訪ねた。道場で食べて行ける様になるのはいつの事か、永い流浪の旅が又三郎を逞しく鍛えていた。その日の仕事は無かったが、五日後の井戸掘りの、手間取りを探していたので、引き受けて帰った。
「半蔵殿、五日先まで仕事は無い。近い内に道場の屋根を葺き替えます。茅ぶき屋根に使う茅を刈って、準備しておきたいのですが、手伝って下さい」
翌日から半蔵と二人で、茅刈から初めた。この辺りは、茅原が多く、四日ほど刈り続けると、道場の前に茅の大きな山が出来た。
この地に来て二十日ほど過ぎた日、新しく葺き替えられ見違える様になった道場の屋根を見上げる又三郎と君枝の姿があった。
「これで源十朗様も草葉の陰で、喜んでおられるでしょう」
「一度、聞きたいと思っていたのですが、君枝さんはこの道場とは、どんな関わりが有ったのです」
「聞いてくれるか。あれは私が十歳の時だった。剣客だった父が食い詰めて、私と母を連れこの道場に転がり込んだのわ。だが板橋は武家屋敷の少ない所で、門弟がほとんど無く、二つの家族が暮らすには、余りにも厳しかった。今思えば源十朗さま親子にとって、私たち家族は、厄介者だったのでしょう。それでも源十朗様の父上は、私たち家族に嫌味一つ言わなかった。ご子息の源十朗様も、まるで私を妹の様に、いやそれ以上に愛してくれたと、私は今も思っている」
又三郎もこの地での道場は、難しいと思っていた。
「父上達は賭け試合や用心棒、他にも危ない仕事も引き受けていた。ある雨の日だった。私は十三歳、源十朗様が十九歳の時でした。退屈な私は、寝ていた源十朗様を起こそうと、ふざけていた。そんな私を源十朗様が、いきなり抱きしめ、胸に手を入れたのです。子供だった私の驚きは、半端じゃなかった。私は驚き大声で泣いた。驚いて駆けつけたおじ様(源十朗の父)が状況を察し、おじ様は驚くほど厳しく源十朗様を、お叱りになった。その頃から源十朗様は、道場に寄りつか無くなり、悪い仲間と暴れていると聞いた。ある夜、久しぶりに夜中に帰った源十朗様と、おじ様が激しく言い争っているのを心配して聞いていた私に、源十朗様が近づいて、「すまん」と一言いって、源十朗様は、その夜から、何日過ぎても姿を見せず、不安になった私が、おじ様に聞くと」
「源十朗は人を斬って旅に出た。もう帰らない、忘れなさい」
「それ以上、誰も私に話してくれなかった。私は源十朗さまの居ないこの町が、これほど虚しい所だとは思っていなかった。貧しさにも、源十朗さまが居たから堪えて来られたことが、初めてわかった。
私は毎日、中山道を行き交う人を見て、源十朗さまの帰りを待っていた。私の父母も亡くなり、私はおじ様と、二人になってしまった。その頃にはおじ様も、無理が祟ったのか病の床に着かれた」
そこまで話した君枝は、過ぎし日を忍ぶ様に一息ついた。
「道場の台所は火の車で、見かねた名主の右衛門様が、十八に成ったばかりの私に、行商を勧めてくださり、元手も出して下さったのです」
君枝には、何度か縁談はあったが、君枝には、そんな気はなく、自分達の一家を救ってくれた、おじ様と道場を、源十朗の帰るまで守り抜くと、心に決めていた。
「贅沢を知らない私は、早く自分の店を持つ事が出来た。道場を離れたら、源十朗様との縁が、切れてしまう様な気がして、余り商売には向かないが私は、あの地に店を開いた。それからまた二十年、とつぜん源十朗様からの便りに、私は夢だと思った」
便りには(三年前、江戸を通ったとき板橋に寄って、君枝が今も独り身で、父上はお前に看取られ死んだと聞いた。お前の店にも行ったが、立派な雑貨屋の主人に成っている君枝の姿を影から見て、物乞い同然の自分に気が付き、声をかけることが出来なかった。
その時から俺は、急にお前の住む板橋に帰りたくなった。せめて身なりだけでもと思っている間に、二年が過ぎ、四人だった仲間の二人が死に、残ったのは一番年の若い又三郎と、俺だけになった。
寄る年波のせいか、この頃、急に父の残した道場が気になり出した。あんな貧乏な道場でも、父上にとっては夢の城だ。俺は父上と道場を捨てた。そんな俺が若い又三郎に、道場と(草薙)の姓を継がせ様としている。身勝手な話だが、老後をお前や、俺の唯一の友であった、今は名主の右衛門の、近くで送れたらと思う様になった。だが越後の長岡まで来た頃から、足が痛く歩けなくなり、又三郎には話してないが、もうこの地を離れることは出来ないと思う。お前には、一度会って礼が言いたかった。それが心残りだ)
源十朗の便りは、又三郎を頼むと結ばれていた。
「私はこの便りを読んで、これは、今生の別れの便りだとわかった。
黙って出て行った男を嫁ぎもせず待つ、馬鹿な女と思うだろうね又三郎は」
「私の知っている源爺は、気の荒い人でしたが、理不尽に人を殺める人ではなかった。私には三十年前、貴女にも話せない何かが、この地で起こった様に思います」
「又三郎もそう思うか、名主様が何か、知っておられる様だが」
(二)掃き溜めの明かり
この地に来て三月が過ぎ、もうすぐ野菜の収穫が出来ると千鶴は張り切っているが、道場には一人の門弟もなく、一文の収益も無かった。そのため半蔵は、毎日井戸掘り職人になり働いていた。
人の才能とは不思議なもので、僅か一年前、藩の剣術指南をして居た半蔵が、井戸掘り職人としての頭角を現し、親方の徳三に見込まれ、今では人夫を集める役目まで任される様になった。井戸掘り人夫は危険だが稼ぎは多い。又三郎も毎日連れていって貰ったが、又三郎は井戸徳の親方が苦手だった。間の悪いことが重なり、親方に良く叱られた。
数奇な生い立ちを背負った又三郎を、理解できるほど井戸徳の親方は、精細でなかった。見かねた半蔵が、
「草薙又三郎はこの道場の大将だ。井戸堀など出来なくて良い。お主は早く道場を再開してくれ。それまでの食い代は俺が稼ぐ」
「その事だが、この辺りは武家屋敷が少ない。こんな場末の名も無い道場に、門弟は宛てに出来ない。そこで思いついたのだが、入り口の所に、この様な立て札を立てようと思います」
一、当道場は、門弟歓迎はもちろん、揉め事の仲裁など、困った
事が有れば、何でも相談に乗ります。
一、当道場は、賭け試合も受け賜ります。当方が負ければ、掛け
金は五倍にしてお返し致します。




