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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第24話

「失礼します、昼間お助けて頂いた若い衆を預かる、松善のお銀と申します。」


戸を開けると、一目で姐御を思わせる、背の高い着流しの粋な女が、辰五郎を従え立っていた。


「私は真田の城下で代々続く、露天商の元締め「松善」の、お銀と申します。露天商の方に、商品を卸すのを成り合いとしています」


立ち話のお銀に、千鶴が気を使い、小屋に入るよう勧めた。


「どうぞ、お入りなさい。この様な狭い所で申し訳ありません」

「こちらこそ夜ぶん、申し訳ありません。」


 早速お銀は、一両が入っていると思われる包みを差し出した。


「まことに失礼とは思いますが、銀は此の様な、無礼なお礼しか知りません。お受け取り下さい。」

「いいえ、お恥ずかしい話しですが助かります。この場合、ご遠量するのが礼儀と心得ていますが、今の私共には、その様な贅沢など言っておれません。兄上は仕事が無く難儀しています。他に何か、困っておられる事が有れば、遠量なく言って下さい。お手伝いさせて戴きます」


お銀は僅かな鰻を、三人で売っていたと聞き、路銀に困った旅の者と察し、金子を包んで来たのだった。


「お嬢様の御言葉に甘え申し上げます。最近色町を支配している政五郎と言う親分が、うちの露天商の売上に目を付け、二割の所場代を要求し、腕ずくで従わせ様としています。昼間、家のの若い者を痛めつけたのが、政五郎の子分です。露天商の方を守るのも私共の仕事だと心得ています。政五郎は心得の有る用心棒を三人雇いました。その内の一人は、昼間貴方がたに肩を砕かれました。残った二人の内、矢吹龍之介と言う剣客は、凄い使い手で、江戸でも歯の立つ者は居なかった様です。その様な剣客と私共の若い者とでは、大人と子供の喧嘩で、とても歯が立たない。命がけの仕事を見ず知らずのご浪人さんにお願いするのは、銀は辛うございますが、辰五郎から話を聞き、政五郎に太刀打ちするには、ご浪人さん方のお力を借りる他、無いと思い、勇気を出して参りました。命がけの仕事です。失礼とは存じますが、お礼は、私にできる限りさせて戴きます。お嬢様も、責任をもって私共でお預かりします。守って頂けませぬか」

「又三郎それがし、喰うにも事欠く有様だ。礼金目当てで、恥ずかしいが、人助けにもなる引き受たい。お主どうする」

「もちろん引き受けますが、私も叩けば埃の無宿者、余り目立たず事を納めたいが、良い策は有りますか。」                      

「表向きはお主と某が、露天商を装い、奴等が所場代を取りに来たとき皆と共に戦う。親玉の政五郎は、お銀殿にお咎めが及ばぬ様、後腐れの無い様、俺達だけで片付けよう。」


凄腕の用心棒、矢吹龍之介には、何の備えも考えなかったが、噂通りの剣客なら、下手な小細工など無用に思えた。

翌日から又三郎と半蔵が、露天商に混じり商いをしていると、いつもの様に政五郎の子分が所場代を取り立てにきた。今日も一人、用心棒が付いている。凄腕の矢吹龍之介は姿を見せなかった。           


「幾ら売れたか見せろ。これに二割の所場代を入れろ」

「見逃して下され。二割も盗られたら食っていけない」


 又三郎が気弱そうに断わると、又三郎の胸ぐらわ掴んだ。又三郎が相手の腕を逆に取ると悲鳴を上げた。その様子を見た用心棒が、


「貴様ら武士か、どうしても俺の仕事の邪魔をするのか、うぬらも浪人なら、食い扶持のない俺が、どんな思いで此の仕事を引き受けたか、分るだろう」


相手の用心棒の悔しそうな言葉に、又三郎は返す言葉に詰まった。

浪人は綺麗事だけで、生きていけない事を、半蔵も又三郎も誰よりも良くわかっていた。この浪人にも妻子も居るかも知れない。僅かな雇われ賃で、命は元より怪我も出来ない。

その時だった。陰で見ていたのか、お銀が声をかけた。


「お待ち下さい。私は山善の銀と申します。ご浪人様の言われる事も解りますが、ここで商いをしている方たちの中にも、浪人さんも多く居ます。高い場所代を払っていては、商いに成りませぬ。私は立場上、たとえどの様な手を使ってでも、露天商の方を守ります。引き下がる事は出来ないのです。お互い怪我をなされたら大変です。僅かですがこれで、家族の方にお土産でも買って、家に帰ってくれませぬか」


お銀は用心棒に金包みを渡した。お銀の心くばりに相手の用心棒も、又三郎までも、思わず頭が下った。

その夜、政五郎の動きを見張っていた辰五郎が、手馴れの用心棒、矢吹龍之介が、一人でこちらに向かっていると知らせて来た。立ち上がる又三郎に半蔵が、俺も行くと言った。             


「いや、矢吹龍之介が、噂どおりの使い手なら、一人でも二人でも同じだろう。私は旅の仲間から道場を引き受けた。私が江戸で道場の主が勤まるか、どうか不安でした。その様な時、江戸で名のある剣客と、立ち合う機会に恵まれたのです。今私が矢吹龍之介を恐れ、避けて通れば、江戸で道場の主など勤まらないと思う」                          


それでも心配そうな千鶴に又三郎は言った。        


「心配なさるな千鶴殿、私は旅の仲間から、生き抜く為の剣と兵法を授けられた。だから私は、たとえ不様に逃げる事が有っても、めったに斬られて死ぬ事はない」


お銀も不安なのか口を挟んだ。


「出来るだけ話し合って解決して下さい。矢吹が江戸に帰ることを承知してくれれば、これを渡して下さい」


そう言ってお銀は、二両を又三郎に預けた。     


「矢吹殿と話が付けば、私はその足で政五郎に会い話をつけ、江戸に向かいます。そう言って別れを告げ、お銀の家を出た又三郎は、人通りの少ない場所を選び、矢吹を待った。どれほど過ぎたか暗闇の中に、矢吹竜之助の姿が影の様に表れた。


着流しに長刀の落し差し、ゆっくりと近づいてくる。何度か修羅場を越えた又三郎だが、背筋に寒いものを感じた。               

今、動かず見送れば、この凄腕の剣客と刃を合わさずに済む、心に迷いがよぎった。だが決断の時は目前に迫って来た。                        

又三郎は静かに、道の中央に出て立ちはだかった。       

又三郎の剣は、生き抜くための道具だが、初めて何の打算も無く一人の剣客として、手慣れで名高い矢吹龍之介に挑もうとしていた。                      

矢吹は又三郎と向い合う形で足を止めたが、何も言わなかった。

又三郎は挨拶代わりに刀を抜いて、切っ先が地面に付くほど低く構え矢吹に迫る。

剣の師であった清次の訓えが、はっきりと蘇み返った。                           


「叶わぬと思う相手には、相打ちを恐れるな、恐れた方が負ける」


間合いは、じりじりと詰まる、だがまだ龍之介は動かない。間合いが臨界に達したその瞬間、思いもよらぬ事がおきた。 

(負けた!)と叫び、龍之介が一間ほど飛び退いた。


「若いが、出来るなー、斬られたと思ったぞ」


だが又三郎は、負けたのは自分だと思った。暗くて見えないが、言葉の様子から龍之介は、顔色ひとつ変えていないだろう。それに比べ言葉も出ず、顔から倒れるほど血の引いている自分に気がついた又三郎は、やっと名乗って無礼を詫びた。


「私は江戸の板橋で、古い道場を継ぐ事になりましたが自信が持てず不安で、貴方の御高名を聞き、どうしても一度、立ち合って見たくお騒がせしました。貴方が剣を引いて下さらなければ、私は生きては居なかった」

「こんな俺でも、江戸で待っている妻がいる、お前と相対死では困るのだ。俺の雇い主の政五郎は、欲が深すぎた。盛り場の縄張りの揉め事でどこかに消された。お前が一番怪しまれる早く消えろ」


 そう言って龍之介は背を向けた。放心した様に見送っていた又三郎は、お銀から預かった二両を思い出し、慌てて呼び止めた。


「これは助かる。掛け合いに行く手間がはぶけた。お銀に礼を言ってくれ」


龍之介はそう言って、二両を受け取り、来た道を遠ざかって行った。その時、心配して追って来ていた、半蔵と辰五郎が出てきた。

又三郎が、このまま板橋に旅立つことを告げると辰五郎が慌てた。


「お銀様が、お礼がしたいと言っておられます」

「礼は千鶴殿に、普段着でも買ってやってくれ」


と言い残し、宵闇に消えていった。


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