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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第23話


その頃、鎌吉の母のお葉にも死期は迫っていた。それでも倅の

鎌吉や、番所に押しかけた、半蔵と千鶴の兄妹が心配で死に切れず、生長らえていた。そのとき近所の者が駆け込んできた。


「大変だ!お葉さん、役人が押しかけて来た。鎌吉が役人を皆殺しにしたと言っている」


 そのとき捕り物姿の男たちが、狭い長屋になだれ込んで来た。


「お前の倅が番所に居た役人を、皆殺しにしたと言って、死にくさった。死にかけていた鎌吉にできる事では無い。女ずれの男が、仕置き部屋に入るのを見た者もいる。ば婆あー、お前え誰が殺ったか知っているだろう。隠すと、しょ引いて嬲り殺しだぞ。」


 お葉には捕り方たちの態度で、大体の成り行きは想像出来た。

 鎌吉に何人もの役人を、斬る事など出来るはずはなかった。

千鶴の兄の半蔵は、藩随一の使い手と聞いていた。見かねた半蔵が、鎌吉の無念を晴らして下さったのであろう。鎌吉の死んだ今、お葉に、もう思い残す事は無かった。


「ぶ様よなあーお前たち。目の不柔な按摩や、年老いた婆に惨い事をして、怒った魚屋の倅に、魚の担ぎ棒で不様に殴り倒され、捕えた倅に、また侮様に皆殺しにされるとは。恥を知る武士なら腹でも斬るだろうが、お前たち屑侍には、それも出来ないだろう。」


死期の迫ったお葉は、ある限りの力を振り絞り、言い放つと、力尽きたのか息を引き取った。


その頃、旅なれぬ半蔵と千鶴は苦しい旅を続けていた。だが目の

不柔な千鶴を連れ、路銀も持たず、着換え一つ無い役人殺しの兇状旅は想像以上に厳しかった。執拗に追って来る、斬られた同心の仲間達を、又何人も斬った。

今の半蔵には刀は身を守るため、何よりも大切だが、路銀に代えるしかなかった。刀屋は、見た目は刀と変わらない木刀をくれたので腰に差し、どこをどう歩んだか、気がついた時には、越後の高田に来ていた。高田の城下を過ぎた街道沿いの谷川の岩に、たくさんの流木が流れ着いているのが目に付いた。

半蔵はこの流木を使えば、雨露をしのげる丸太小屋ぐらいは、作れると思った。刀を売った金子も少ししか残っていない。このまま旅を続ければ、野垂れ死には目に見えていた。                   


数日後、板橋宿を目指す又三郎も又、半蔵と千鶴の辿った同じ北国街道を、江戸に向かっていた。又三郎の懐は暖かかった。有馬家の姫君、燐に貰った二十七両や、悪家老から奪った金子など合わせると、五十両近い大金が懐に有り、ずしりと重く足が疲れた。

永い旅を続けて来た又三郎だが、懐の金子が重くて疲れたのは、生まれて初めの経験だった。

川沿いに歩いていると、川原に粗末な丸太小屋が有り、煙が漂っていた。ここなら火ダネを貰える、それに鰻も捕れそうだ。懐は暖かかったが又三郎は、ここで野宿することにした

 又三郎は寝場所を決めると、火種を貰いに先ほど見た、小屋の戸口に立ったが、声を掛けるのを躊躇した。声を掛けるのを気遣うほど、粗末な住まいだった。


「旅の者です。火種を分けて下さい」


(はい)と思いがけない清んだ女の声がしたが、女はなかなか出てこない。悪いとは思ったが、隙間から覗くと、十七、八の娘が手探りで何か探している。娘は目が見えぬ様だった。                  

娘に気を取られていた又三郎は、不覚にも背後に忍び寄った人影に気づかなかった。ぴゅ!う、と空を切る音を本能で交し、身構えた。


「女一人の家を覗き見するとは、武士の癖に恥知らずめ」


ぼろを纏い、木刀を構えた男が立っていた。恥ずかしい所を見られてしまった又三郎は、すぐには言い訳も出来なかった。小屋の戸が開き、先ほどの盲目の娘が出てきた。


「兄上、このお方は、火ダネを貰いに来られたのです。目の不柔な千鶴が、容器を探すのに手間どっていたので、心配になって覗かれたのでしょう」


全くその通りだった。何も言えない又三郎に代わって、この千鶴と言った、見るからに利発そうな娘が代弁してくれた。   


「解った、お主、若いが使えるな、斬られたと思った。俺は半蔵だ、訳あって三月前、脱藩して旅に出たが、甘いものではなかった」


 又三郎はこの兄妹が、魚屋の鎌吉と、その母の仇、町方役人を斬り、逃れて来た。白川半蔵と妹の千鶴である事を知る由もなかった。

 翌朝又三郎は、竹を切って来て、鰻取りの仕掛けを作っていた。兄の半蔵が仕事を探しに出た後、眼の不柔な千鶴が、足元の悪い川原を、意外と上手に近づいてきた。


「何を、されているのですか」

「うなぎ取りの仕掛けだ、この川には鰻の隠れる石が多いので、捕れそうです。明日の朝は久しぶりに、鰻が食べられる、千鶴殿にもご馳走する」


 千鶴には、鰻が簡単に取れるとは思わなかったが、それでも又三郎の調子の良い話を聞いていると、明日の朝が楽しみだった。


「兄上が、馴れぬ日雇い仕事など、して下さっているのに、退屈などと口には出せませぬが。掃除をしても狭い小屋、すぐ終ります。私など兄上の、足手纏いになるだけです」

「半蔵殿が頑張っているのは、千鶴殿が居られるからだ。私には守る人も、守ってくれる人も、もうこの世に居ない」


「ごめんなさい又三郎様、私も何か、お手伝いしたい。私などには手伝うことは出来ませぬか」


「この仕掛けを作るのに、一番面倒で嫌な部分が有る。女御の手でできるのは、その部分だけですが」

「はい、教えて下さい。がんばって見ます」


又三郎は千鶴の手を取り教えた。千鶴は器用に手探りで、竹ひごを編み合わせた。そのしぐさが可愛く、妹を知らぬ又三郎は、千鶴の兄になった様な気分だった。

翌朝早く、千鶴と昨夜仕掛けた筒を見に行った。竹筒に三本の鰻が入っていた。伝八朗から教わったこの漁法が、無宿者の自分が生き抜くためには、どれほど役立ったかを、半蔵に話すと、


「俺に教えてくれ。仕事の無い日が多いので、この仕掛けを沢山作り、捕った鰻を露天で売ってみたい」


 又三郎は板橋に行かなければと気は急いていたが、この漁法を川辺で暮らす半蔵に、伝えてから去りたかった。

三日ほどで鰻が二十本ほど堪り、三人で試しに売りに行くことにした。露天商の並ぶ町角で鰻を焼くと、良い臭いにつられ、良く売れた。売れ終わった頃、(松善)と書いた、ハッピを着た、五人ずれの若い衆が声をかけてきた。

「見なれない方ですが、売れましたか」

咎められると思ったが意外にも、ねぎらいの言葉を掛けて行った隣で焼きイカを売って居た小母さんが話しかけて来た。


「今のは(松善)の若い衆だが、向こうから来たあの四人は、松善の縄張を荒らす、政五郎の手下と用心棒だ、喧嘩が始まるよ」


おばさんが言った通り、松善の五人と、政五郎の手下が、何か話し合っていたが、急に松善の五人が怒り出し喧嘩となった。政五郎の用心棒は木刀で、松善の五人を打ちまくり、勝負ならなかった。


「ああ!殺されてしまいそう、誰も助けて上げられないのか!」


おばさんの悲痛な声に、二人は止めに入った。                           


「邪魔だ!退いてな怪我するぜ」


と凄む、政五郎の手下の鼻っ柱を、いきなり半蔵が殴りつけた。用心棒が驚き、慌てて二人の前に出た。


「貴様等、流れ者か、今すぐこの町から消えろ」


詰め寄る用心棒との間合が詰まった瞬間、半蔵の腰に差した木刀が、用心棒の肩を激しく打ち据えた。当分この男は、利き腕は使えないだろう。政五郎の手下が、用心棒を抱える様に消えると、


「ご助成戴き、有難当うございました。松善の竜五郎と申します。後ほどお礼に、伺いたいと思います。お住まいを教えて下さい。」

「恥ずかしいが、この先の川原に小屋を立て住んでいる。礼には及ばぬが、代わりに当分この場所で、鰻を売らせてくれぬか」


松善の若い衆は、快く承知してくれた。

小屋に帰った三人は、生まれて初めての商いに話が弾んだ。鰻の売上金を並べた千鶴は、手探りで小銭を数え、儲かったと無邪気に言って、嬉そうに笑った。その時、小屋の外で声がした。

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