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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第21話

番所に居た、同心らしき者に、鎌吉に会わせてくれと頼むと、にべなく断られたが、藩の剣術師範と告げると、渋々合わせてくれた。

案内された仕置き部屋に入って驚いた。おそらく死ぬより辛い、拷問を、受けたのだろう。瀕死の鎌吉が、転がされていた。


「罪状の解っている鎌吉に、なぜ此の様な惨いことをするのだ!」

「藩の師範と言うから顔を立て、会わせてやったのだ。文句が有るなら出て行って貰おう。こ奴は俺達ちの仲間を、魚の担ぎ棒で殴り、大怪我をさせた。なぶり殺しにしても、足りぬは」


千鶴は二人の会話から事情を察し、鎌吉ににじり寄った。


「鎌吉さん千鶴です。千鶴と帰りましょう。母上の所に」


帰れるはずが無いのに、鎌吉に縋る千鶴が哀れだった。


「触るな離れてろ、目くらめ!」


そう言って役人が、千鶴の襟首を持ち、引きずり倒した。


「貴様なにをする、妹に手を出すと許さぬぞ」


半蔵は思わず、刀の柄に手をかけた。


「なんだと、俺を斬る気か、舐めるなよ、俺は凶悪犯と何度も立ち合っている。道場の遊びとは違うぞ!」


半蔵は刀に手を掛けたまま、動けぬ己が情けなかった。怖いのではない。ここで役人を斬れば、逃げても自分は兇状持だ。眼の見えぬ妹は、この先どう生きる。


「鎌吉さん、千鶴が楽にしてあげます。すぐ千鶴も参ります」


 千鶴の悲しい呟きを聞き半蔵は、千鶴が何をしようとしているかわかった。今の鎌吉を地獄から救うには、もうそれしか無い。

 それに引き替えこの役人達は、鎌吉の母を死に目に合わせ、母を庇った魚屋の鎌吉に、侮様に担ぎ棒で殴られ、その腹いせいに鎌吉を責め殺そうとしている。こんな卑劣な屑共が役人とは。半蔵の只ならぬ様子を見た同心は、仲間を呼びに走った。


「鎌吉、分るか半蔵だ。お前を連れて逃げることは出来ないが、千鶴はお前にかわって必ず守る」

「来て下さったのですか兄上、兄上と呼んでいいですか」

「呼んでくれ、お前は武士にも勝る、立派な男だ。もう少しだけ待ってくれ、兄上が仇を討ってやる」

「私はすぐ死にますが、兄上や千鶴様に出会えて良かった。だからもう、私に構わず、ここから離れて下さい、早く」


 その時、先ほどの同心が仲間を連れ、半蔵に迫ってきた。静かに振り向いた半蔵には、もう迷いは無かった。


「鎌吉、見ていてくれ、お前と母さんを苦しめた、この屑共を、兄上が一人残らず叩き斬って、お前より先に、あの世に送ってやる」


 言い終わるより早かった。相手の真っ只中に飛び込んだ半蔵の、怒りの剣は、一瞬にして二人を倒し、逃げる二人を追いかけ様、斬って捨てた。瀕死の鎌吉が、千鶴に抱きおこされ、一部始終を見ていた。止める間もない一瞬の事だった。


「兄上、私もお役に立ちたい。兄上達が逃げる時を稼ぎます。役人の刀を私に持たせて下さい。この者たちは私が斬ったと惑わし、少しでも追手を遅らせます。」


 半蔵は斬り捨てた同心の刀を、鎌吉の手に握らせ言った。


「鎌吉、お前は武士より立派だぞ。必ず逃げ切ってみせる」

「私も兄上に恥じない様、死ぬ事が出来たら本望です。」


それが鎌吉と交わした、最後の言葉だった。半蔵は千鶴を背負うと人目のない裏庭から出て、夕暮れの城下を一気に走り抜け、山中に逃げ込み、獣道を辿ってその場を逃れて行った。


その頃、鎌吉の母のお葉にも死期は迫っていた。それでも倅の

鎌吉や、番所に押しかけた半蔵と、千鶴の兄妹が心配で、死に切れず、生長らえていた。そのときだった。町方役人が長屋に、なだれ込んで来た。


「お前の倅が、番所に居た同心を、皆殺しにしたと言って、死にくさった。死にかけていた鎌吉一人に、出来る事では無い。女ずれの男が、仕置き部屋に入るのを見た者もいる。婆ばあー、お前え誰が殺ったか知っているだろう。隠すと、嬲り殺しだぞ。」


 お葉には捕り方たちの態度で、大体の事は想像出来た。

 鎌吉に何人もの役人を、斬る事など出来るはずはなかった。

千鶴の兄の半蔵は、藩随一の使い手と聞いていた。見かねた半蔵が、鎌吉の無念を、晴らして下さったのであろう。鎌吉の死んだ今、お葉に、もう思い残す事は無かった。


「侮様よなあーお前たち。目の不柔な按摩や、年老いた婆に惨い事をして、怒った魚屋に担ぎ棒で、不様に殴り倒され、捕えた倅に、また侮様に、皆殺しにされるとは。恥を知る武士なら腹でも斬るだろうが、お前たち屑侍には、それも出来ないだろう。」


死期の迫ったお葉は、ある限りの力を振り絞り、言い放つと、力尽き、息を引き取った。

一方半蔵は、千鶴を連れての兇状旅は、想像以上に厳しかった。

執拗に追って来る追手を又斬った。今の半蔵には刀は、何よりも大切だが、路銀に代えるしかなかった。刀屋は、見た目は刀と変わらぬ木刀をくれたので腰に差し、気がついた時には、越後の高田に来ていた。高田の城下を過ぎた頃、街道沿いの谷川の岩に、たくさんの流木が流れ着いていた。半蔵はこの流木を使えば雨露を、しのげる丸太小屋ぐらいは、作れると思った。

その頃、板橋宿を目指す又三郎も又、半蔵と千鶴の辿った、同じ北国街道を、江戸に向かっていた。又三郎の懐は暖かかった。有馬家の姫君、燐に貰った二十二両や、悪家老から奪った金子など、合わせると、五十両の大金が懐に有り、ずしりと重く足が疲れた。

永い旅を続けて来た又三郎だが、懐の金子が重く、疲れたのは、生まれて初めの経験だった。

川沿いに歩いていると、川原に粗末な丸太小屋が有り、煙が漂っていた。ここなら火ダネを貰える、それに鰻も捕れそうだ。

 又三郎は寝場所を決めると、先ほど見た小屋の戸口に立った。


「旅の者です。火種を分けて下さい」


はい、と思いがけない、清んだ女の声がしたが、女はなかなか出てこない。悪いとは思ったが、隙間から覗くと、十七、八の娘が手探りで何か探している。娘は目が見えぬ様だった。                  

娘に気を取られ、又三郎は、不覚にも背後に忍び寄った人影に、気づかなかった。ぴゅ!う、と空を切る音を本能で交し、身構えた。


「女一人の家を覗き見するとは、恥知らずめ」


ぼろを纏い、木刀を構えた男が立っていた。又三郎は、すぐには言い訳も出来なかった。戸が開き、先ほどの盲目の娘が出てきた。


「兄上このお方は、火ダネを貰いに来られたのです。千鶴が手間取っていたので心配になり、覗かれたのでしょう」


まったくその通りだ。又三郎に代わって代弁してくれた。   


「解った、お主、若いが使えるな、俺は半蔵だ、訳あって三月前、脱藩して旅に出たが、甘いものではなかった」


 又三郎はこの兄妹が、魚屋の鎌吉と、その母の仇、町方同心を斬り、逃れて来た。白川半蔵と妹の千鶴である事を知る由もなかった。


翌朝又三郎は、鰻取りの仕掛け筒を作っていた。目の不柔な千鶴が、足元の悪い川原を、意外と上手に近づいてきた。


「何を、されているのですか」

「うなぎ取りの仕掛けです。この谷川は、鰻が隠れる石が多いので、捕れそうです。捕れたらご馳走します」


翌朝、昨夜仕掛けた鰻筒を、千鶴と見に行くと、筒に三本の鰻が入っていた。又三郎が伝八朗から授けられた此の漁法が、無宿者の自分が生き抜くために、どれほど役立ったかを、半蔵に話すと、


「俺に教えてくれ。仕事の無い日が多いので、この仕掛けを沢山作り、捕った鰻を露天で売ってみたい」


又三郎はこの漁法を、この兄妹に授けてから去る事にした。

三日ほどで鰻が二十本ほど堪り、三人で試しに売りに行くことにした。露天商の並ぶ町角で鰻を焼くと、良い臭いにつられ、良く売れた。売れ終わった頃、五人ずれの若い衆が、声をかけてきた。

「見なれない方ですが、売れましたか」

咎められると思ったが、ねぎらいの言葉を掛けて通り過ぎた。そ

の時、隣の焼き芋売りの小母さんが、話しかけて来た。

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