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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第20話

「波太郎さんが、仇と狙う相手なら俺にも仇だ。弓には自身が有る。俺にも手伝わせて下され」 


三郎が言ってくれたが断わった。三郎には足の悪い母が居る。


隠れ場に来て十日が過ぎても、波太郎からの知らせは無かった。事実上、城主となった重光が城をでる事は、ほとんど無くなった。                                                                                 

半月が過ぎ、焦りが出始めた頃だった。波太郎からの知らせで、重光のの後ろ盾となった隣国の城主との、詰めの打ち合わせのため、重光が隣国に出向くとの知らせだった。

その二日後、波太郎は重光が城を出発したのを確かめ、隠れ場に飛んで帰った。小藩とはゆえ、供の数は多かった。


「姫、すぐ後を追いましょう。供侍と小者まで入れると多勢ですが、真剣で、本気で斬り合える者は十名ほどです」

「ご苦労でした。この先、どの様になるか解らないので、又三郎に、お礼を渡しておきなさい。又三郎、そなたは、我が家には関係の無い者、この様な事で死んではなりませぬぞ」


波太朗は残った二十二両を又三郎に渡した。この場合、流れ者に大金を先払いすれば、どうなるか、燐にも分っているだろう。だが燐は払ってくれた。凛は憎き重光に、一太刀浴びせて果てたかった。波太郎は燐が捕らわれる事を一番恐れた。


「私は姫が捕らわれないかと心配です。又三郎様が姫をお守り下されば、私は猪ししの様に、重光様に突進することが出来ます」

「波太郎、わらわも武門の娘です。叶わぬと思えば、自ら立派に果てて見せます」


又三郎には此の二人は、死に場所を求めている様に思え、どうすればこの二人に、生きて重光を討たせる事が出来るか考えたが。


「奴等の一行は夕刻、国境付近まで行くだろう。重光を討った後、逃げる事を考えると、襲撃は国境の辺りが良いと思う。今から追えば、昼過ぎには奴等を追い越し、待ち伏せ場所を下見しておける」


凛に異存は無かった。残り飯を握り、急いで一行の後を追うと、昼過ぎには一行を追い越し、七つ時には国境近くに居た。

街道が山中に入り、道幅が狭くなった所で襲う事に決めた。  


「途中に一行が泊まれる宿は無かった、必ず今日中に、ここを通る。


道端の茂みに隠れ、重光の籠が目の前に来た時が勝負だ。供侍は私が引き受ける。四、五人斬れば敵も怯むだろう。その時を逃すな、波太郎殿は、重光を討つ事だけを考えるのだ。重光は駕籠だ、竹槍を用意しておくと有利だぞ」 

 燐は取り乱す事も無く、真剣に又三郎の指示を聞いていた。


「凛様は彼等にとって姫君だ。すぐに向かって来る者は居ないだろう。燐様も家臣の彼等に、刃を向けてはなりませぬ。亡き父上に代わり、堂々と事の成り行きを見極めてくだされ」                                                           


又三郎の調子の良い話を聞いていると、重光を討つのも夢でない様な気が、凜はしてきた。


「波太郎殿は、重光さえ討ち果たせば、他の者には目も暮れず凛様を連れ、間道伝いに隠れ家に戻ってくれ、あの隠れ場なら三郎が、食い物も運んでくれる」

「隠れ家に戻るのですか?他国に逃げると思っていましたが、奇策ですね、奴等もまさかと、思うでしょう。様子を見てきます」


波太郎が出て行くと燐は、又三郎に諭す様に言った。


「又三郎、そなたを最後まで、付き合わせてしまいました。重光を討つ事が、叶っても相手は多勢です。手馴れのそなたでも、燐を守って斬り抜けることは出来ませぬ。燐に構わず生きて板橋に行き、必ず道場を再興するのです」


燐は残っていた小銭も、もう必要ないからと又三郎に渡した。           「凜様、死ぬと思いきっている貴女には解らないだろうが、事が済み、他国で生きて行くには金子は居る、それまで預かっておく」  

その時、見張りに出ていた波太郎が駆け込んで来た。


「奴等は、半里ほどの所まで来ています」


波太郎は、手ごろな竹を切り竹槍を作った。又三郎が用意してきた握り飯を慌てて食べ始めた。凛はこんな時でも腹の空く、又三郎の頭には、この世で苦になる事など無いだろうと思った。

そして決戦の時は来た。


「私が先に斬り込み行列止める。その時を逃すな。波太郎殿は竹槍で籠を突きまくれ。他の事は考えるな。邪魔する奴は私が斬る。貴方達も腹ごしらえをしておかないと戦いの時、お握りが潰れてしまうぞ」

「お握りの潰れる心配などに、付き合っては居れぬはと、凜が思ったとき、波太郎が叫んだ!。

「来ました。騎馬の一人は次席家老の神崎様です。重光の籠を守る供侍の四人は、若君を挑発して斬った、憎き若君の敵です」


凛にとって神崎は、爺さまの様な人だった。幼少の頃から爺や爺やと甘え大きくなった。行列が目の前に指しかかり、旅なれぬ一行は疲れた様子で、何の注意もせず、道端に潜む三人に気付く様子もなかった。竹槍を突き出せば、届く所に憎き重光が居る。

“討てる”、凛と波太郎が飛び出そうとした、その一瞬早く又三郎が、警護の供侍に襲いかかった。余りの不意打ちに、重光を守る供侍は、刀のの覆いを取る間もなく、二人が斬られた。   

重光は何事かと、籠の戸を不用意に開けた。その機を逃さず波太郎の竹槍は、国光の脇の下に深々と突き刺さり、止どめを刺す間もなく絶命した。一行は此の奇襲に呆然として居たが、やっと刀を抜いた他の供侍も、先に斬られ、のたうち回る仲間の姿を見て怯えた。その心の隙を突き又三郎は、若君の仇の、残った二人を斬った。

返り血で顔を染めた又三郎の、端正な顔立ちに、恐ろしいまでも凄みが漂よっていた。幾度か修羅場を潜り抜けてきた又三郎には、大将のを失い、取り乱す相手など何人いても同じで、道幅が狭いのも多人数を不利にした。その時、凛の声が響き渡った。


「みんな刀を納めなさい。凛は父母と兄上の仇は討ちました。もう家族の様に思っていた、そなた達と、これ以上殺し合うのは、燐は嫌です。燐も我ままでした。お城は上げます。これで燐はこの地から消えます。追わないで下さい。」


誰も何も言わなかった。立ち去ろうとする三人を、我に返った残りの者が、追おをとした時、「待て」と大きな声がした。馬上の次席家老、神埼の声だった。


「城代の重光様の死んだ今、身供を城代と思って聞いてくれ。姫は殿や奥方、それに若君の仇討ちを、立派に果たされた。私は策略に長けた重光様の思い壷にはまり、気がついた時には手遅れだった。


重光様に従わなければ藩は割れ、お上の知る事となり、お取り潰しになったであろう。多くの家臣が路頭に迷う事を避けたいばかりに、身共は姫君を見捨てた」

神崎は己の不甲斐なさを悔いているのか、後は言葉にならなかった。馬からおりた神崎は路上に正座した。


「姫様、爺の身勝手な願いをお聞き届け下され。重光様の死んだ今、姫様に去られれば、主君の血筋は居なくなり、後継ぎの無いこの藩は、必ずお上に、取り上げられ、家臣とその家族は路頭に迷います」                     


いつの間にか一同、神埼に習って路上に正座していた。     「今さら姫に縋れる義理ではござらぬが、皆でお願いします。お城に帰って下さい」


「有難う爺、でも、もう遅いのです。凛が生き恥を晒すのに耐えられず、自ら果てようとした時、この波太郎が言いました。(殿の仇は私が必ず討うちます。生きて見届けて下さいと)、落ちぶれた凛に尽くしても、何の報いも無いのが解っていても波太郎は、重光の放った刺客から、何度も燐を守ってくれました。手慣でもない波太郎が、よくぞ、生き残ってくれたと思うほどです。先ほど行列が見えてきて死を覚悟したとき凜は、あの世で波太郎と添い遂げたいと思いました。その思いは今も変わりませぬ」


凛は爺の苦渋の選択も今なら解った。隠れて金子を波太郎に持たせ、逃してくれた。あれがあの時の神崎の、精一杯の誠意だったのだ。だが自分が軽輩の波太郎と契れば、神埼の願いは叶わないことが、燐には解っていた。

神崎は今度は、この場にいる者達に向かって言った。

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