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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第18話 (九)鳥追い笠の女

(九)鳥追い笠の女



思わぬ散財をしてしまった又三郎は、反省していた。少し金を持てば、すぐ気が緩むようでは、江戸の道場の主など勤まらない。又三郎は気を引き締め、以前と同じ様に野宿もして、江戸に入ろうと思った。

又三郎は前を行く鳥追い傘の女を、この数日、何度も見かけ、それはまるで自分に、歩調を合わせている様に思えたが、そんなはずは無いと思い直した。

又三郎は谷川の傍で、雨露をしのぐことの出来る、炭焼き小屋を見つけ、今夜の宿にする事にした。谷川の水で体を拭いている時だった。人の気配に振り返ると、あの鳥追い笠の女が、足元の悪い斜面を、降りて来るのが見えた。又三郎も年頃の男だ。宿代をケチり、こんな所で半裸で体を洗っている所を、娘に見られるのは恥ずかしかった。女は不思議そうに見詰めていたが。


「そなた、この様な所に隠れて居たのですか、燐に付き纏われるのは嫌ですか」

「燐様と言われるか、私わ今夜は、この小屋に泊まるつもりだ。燐様は早く、上田の城下に行かなければ、日が暮れてしまいます」

「宿の者は燐が嫌いです。燐も今夜はここに泊めて頂きます」


驚いたが又三郎は、一人旅で人恋しさも有り、炊き上がった飯を勧めると、美味しいと一言いってくれた。だが凜は、食事の時も鳥追い傘は、離さなかった。


「燐も体を拭きたい。又三郎、支度なさい」


凜はまるで、家来に命じる様に言った。又三郎は凜の、威張った態度に不思議と腹が立たず、街道からは見えない場所に、凜を連れて行き、又三郎がその場を、離れ様とすると燐は又、命令した。


「誰か来ると困ります。又三郎はそこで見張っていなさい。」


又三郎はこの、燐と名乗る娘の、家来の様な気分にされている自分に気が付いた。まさか大身の姫君ではと思ったが、それよりもすぐ後ろで、燐が白い肌をさらしていると思うと、見たい気持ちが込み上げてきた。それに今なら、傘も取っているだろう。

傘の下から僅かに見える、形の良い口元から、美人には間違いないが、見たかった。

こみ上げてくる煩悩を抑えきれず、少しずつ首を後ろに回した。突然(無礼者!)と厳しく叱られ、余り動じない又三郎が、まるで

お姫様に叱られた家来の様に恐縮した。

だが、一瞬だったが、薄い霧のかかった、谷川のほとりに立つ、白い裸身が、目に焼きついた。それは正に、この世の者とは思えないほど又三郎の目には、幻想的に映った。

後ろで(又三郎、もういい)と燐の声がして振り向くと、そこには初めてみる、傘を取った燐の、素顔があった。化粧気の無い、少しはにかんだ燐は、言葉とは裏腹に、清楚で美しかった。

美しい旅の道ずれが出来て結構だが、又三郎は大変た。今度は、このお姫様に、寝て戴く所を、考えなければならない。枯葉を集め、その上に、むしろを敷いて燐に与え、自分は地べたで寝た。

手を伸ばせば届きそうな所に、燐の背があった。又三郎は昼間見た、燐の美しい裸身が、瞼に浮かび寝付かれない。

背を向け、身動きもしない燐を見て、心の中を見ぬかれている様な気がして又三郎は、わざと鼾をかいて、寝ている様に装おった。

しばらくして、うう!と、押し殺した様な声がして、闇に目の慣れた又三郎は、燐の肩が震えているのに気がついた。そこには必死に泣き声を堪える、燐の背が見えた。

朝方、静かに小屋を出る燐に気がついた。燐は谷川のほとりに立って、何か物思いにふけっている様に見えた。その時、渡世人風の男が凜に近付き、何か一言いって、すぐ離れていった。

凛との旅は楽しかった。燐は鳥追い傘を離さず、又三郎の他には、素顔を晒すことは無かった。


「昨夜も近くで見張っていた男は、貴女の連れの者か」

「波太郎ですね。波太郎だけが燐を、今も守ってくれています」


燐は初めて身の上を語った。


「わらわの先祖は、槍一筋で身を立て、一国を賜ったほどの人です。父とは腹違いの叔父の重光は、父上の信任を良い事に私服を肥やし、お家を乗っ取りを、着実に進めていたのです。父上と母上、それに兄上までも、卑劣な手段で死に追いやり、残されたわらわまで、執拗に命を狙う、叔父の重光に、せめて一太刀と願い、生き恥を晒している燐です。足軽の波太郎だけが、只一人の見方です。先日、巡礼の母子を助けた又三郎を見て、側にくっ付いている様、波太郎が申しました。波太郎は、自分一人で燐を守る限界を感じ、又三郎の男気を、利用したのです」


やはり凜は、一国の姫君だった。


「波太郎がそなたに、詫びたいと言っている」


波太郎えの合図か、燐は手拭を首にかけた。しばらくして、人気のない所で、波太郎が近づいてきた。年は又三郎より少し上か。


「波太郎と申します。姫の無礼をお許し下さい」 

「お主は殿の仇を討つつもりか」

「私と母は故あって、さる藩から追われる身でした。母が息を引き取る前、私に言いました」

「仔細は話せぬが、当家のお殿様には、ご恩が有ります。お前の命は、殿様に戴いた命です。殿様に万一の事が起きれば、お前は命を賭して、ご夫妻をお守りするです」

「母はそう言い残して逝きましたが、私の様な下郎には、殿様ご夫妻は、雲の上の人です。私の役立つ日が訪れるなど、夢にも思わなかった。騒動が起き、殿様夫妻が幽閉されたと聞き私は、何とか、お役に立ちたいと焦った。私は殿の幽閉されている場を探り、殿に近ずくと、私の名など、知って居られるはずの無い殿に、突然名を呼ばれ驚きました。

「波太郎だったな、良く来てくれた、頼みがある。凜がまだ無事なら、凜を連れて逃げてくれ」

「凜様はご無事です。仰せに従います。他に何か有れば早くお言いい付け下さい。人が来るといけません」

「凜に伝えてくれ。不甲斐ない父を許せと。父と母上はここで果てるが、お前は、どこか遠くで静かに暮らせと伝えてくれ」

「殿は無念そうに私めに、お頼みになられた。そのとき奥方は、身を起す力も、お言葉をお掛けてくださる気力も残っていない様でした。着替えもさせず、食べ物も与えらえず、座敷牢の隅に置かれた桶も汚物が溢れていて無残でした。堪らず私が、密かに持ち込んだ懐剣を渡すと(何よりの贈り物だ)と言われ、(凜を頼む)と言って奥方と供に果てられた。殿の跡目を継ぐはずの若君も、重光の息のかかった若侍の挑発に耐えられず、刀を抜いた所を、発狂したと斬り殺されたのです」


波太郎も憎き重光に一太刀と、思う気持ちに変わりは無かった。


「又三郎さま、もし手馴れの助っ人が有れば、せめて一太刀、浴びせることは、可能でしょうか。姫を犬死させたくありません」

「城の近くに、良い隠れ家が有れば、討つ機会は出来る。警護の厚い、敵の大将を討つには、真近まで近寄る策が大事だ。こんな遠い所に居ては、仇は絶対に討てぬ」

「知人の猟師に頼めば、隠れ家は見つけてくれます」

「その男、信用できるか?、城に知らせれば褒美が貰えるぞ」

「その男の一家が、行き倒れ寸前の所を私が助け、家につれて帰り、自分の家族の様に養って来ました。今は猟師をしています」

「解った、裏切られたら、自分に徳が無かったと諦めろ」

「姫君と城を逃げ出す時、次席家老の神崎様が、金子を持たせてくれました。重光様を討つことが叶っても、私たちは生きて逃れる事は無理でしょう。二十両ほど残ると思います。もう私たちには用の無い金子です。二十両で助太刀を頼めませぬか」


又三郎は板橋が、後二十里余りに迫った所で、有馬家の有る加賀まで戻ることになるが、二十両の大金は正直ほしかった。

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