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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第17話

「ここで討てば騒ぎが大きくなり、逃げ切れない。それに金子も奪えない」


隼人はここに至っても冷静な又三郎に驚き、急る気持ちを必死に耐えた。厠から出た家老の後に付いた二人は、部屋に入ろうとする家老の脇腹に脇差を突きつけたが、お付の若侍が刃向かって来た。すかさず又三郎が、堅固な巻き鞘の一撃を脇腹に加えると、若侍は気絶した。家老を部屋に押し込んだ隼人は、


薄暗い部屋、城代は二人を凶暴な夜盗と思ったのか、震え上がり、命乞いおした。隼人が明に自分の顔を曝すと、城代の顔が恐怖に引き吊った。照し出されたその顔が、自分の陥れた者の倅と知り、逃れ様のない立場が解ったのだ。


「有るだけの金子を出せ、禄を失った者たちに分けてやる」


城代の差し出した、百三十両を受け取った隼人は、


「城代、母上が貴様に汚名を着せられ、どんな悔しい思いで自害して果てられたか、母上の酷い死に様を見た父上が、どんな悔しい思いで腹を斬られたか、貴様にも解る様に俺が教えてやる」


そう言って隼人は、(父上の仇!)と叫んで、わざと軽く一太刀浴びせた。今度は、(母上の恨み!)と叫ぶと、又一太刀浴びせた。

家老が大声で助けを求め、邸内が騒がしくなってきた。家老に止めを刺した二人は、裏木戸に向かって走った。木戸の所で振り向くと、真後ろに二人の人影が迫っていた。


「又三郎殿、こ奴等は、母上を落とし入れた、憎きた奴等だ。お主は逃げて下され。この金子はお主のものだ」


隼人は百三十両を又三郎に渡し、迫る二人の前に立ちはだかった。相手の二人は、裏では刺客の役割もしている噂の手馴だ。隼人は死ぬ覚悟は出来ていた。叶わぬと思っていた両親の仇も討てた、若い又三郎を無傷で逃したかった。

又三郎がすばやく相手の後ろに回ると、「来い」と叫んだ。又三郎が、振り向く相手を一刀で倒すと、残った一人が、又三郎に気を取られた隙を、隼人が突いた。その時、暗闇の中を多くの人の駆けて来る気配に、二人は裏木戸から逃れて行った。


途中で又三郎は、預かっていた百三十両のうち、百両を敬之助に、押し付ける様に差し出した。


「これはお主の物だが、私の家に居た人達が困っている。申し訳ないが、五十両を某に下さるか」


遠慮がちにそう言った隼人に、百両を押し付け、


「食い扶持を失った者を、気ずかってくれる、お主えの花むけだ」


又三郎はそう言って、越後高田の城下を旅立っていった。

早く千草に、凱旋を知らせなければ、隼人は妹の待つ母の実家に向って走った。母の実家は古い殿の縁戚で、由緒ある家柄だった。千草は叔父に、今夜の兄の、家老邸の襲撃を話し、事が成っても成らぬとも、兄と供に父母のもとえ、逝きたいと伝えていた。

千草が死に装束に、着替えた時だった。

返り血に染まった隼人が帰ってきた。仇とは故、ご家老を手に掛けたのだ。又三郎には悪いが、叔父上に迷惑は掛けられない。隼人も覚悟は出来ていた。その時だった。


「早まるな、殿の許しもなく、ご家老を討ったのだ。殿にお詫びをしてからでも遅くわない。止められなかった私にも責任はある」


翌朝、殿とは遠縁の叔父に付き添われた隼人は、殿の御前に平伏し、許しもえず、家老を討ち果たした事を詫びた。


「そなたが、先日、腹を斬った栄一郎と、身共の従妹の、美紀殿の倅か、叔父上から話しは聞いた。切腹は許さぬ。良く取調べ、許せぬ時は打ち首にいたす。早まって妹まで、巻き込んでは成らぬ。逝く時は一人で逝け」


数日後、真柄隼人の家は再興された。家老の強引な手法は、多くの家臣に恨みを買っていたのか、隼人に同情する者が多かった。千草は、まだ見ぬ又三郎に、一目会いたと隼人にねだった。


「おち着いたら私も、板橋えお礼に行きたい」


それから一年が過ぎた貞享三年の秋、又三郎はまだ越後と信濃の

国境にいた。一年前、関所破りの咎で捕われ、人足寄場に送られて

いた。関所破りは重罪だがこの時代、食い詰め浪人や農家の次男

三男など、一つ所では仕事が無く、生きて行けない者で溢れていた。特に悪質な者でない限り、心有る役人なら、比較的軽い罪状にし

てくれた。隠して置いた三十二両は無事で、新調した着物に長刀の

落し差し、又三郎は驚くほど良い男になっていた。

だがその表情は冷たく、ほとんど笑顔を見せることは無かった。

そんな又三郎を恐れてか、旅の道連れも出来なかった。そんな時だ

った、良江に声を掛けられたのは。


「浪人さん、食事、まだだったら、食べていって下さいよ」                   


二十五、六の飯屋の女に声をかけられ、人恋しさも有って誘われるまま店に入った。


「もうお客も無いだろうし、食材もたくさん残っています。たんと食べて行って下さい、安く致します。私は良江と申します」                                    


女に勧められるまま腹いっぱい食べ、店を出ようとした。


「旅の方ですね。二階に部屋が空いています。まだ宿を決めてないのなら、泊ってくれませんか。宿屋の半値でいいのですが」                      


半値と聞いて又三郎は、喜んで泊まることにした。


「今夜は旅の話など、聞かせて下さい。この様な仕事をしていても、心を開いて話し合える人とは、めったに出会いません」


それは又三郎も同じだった。永い流浪の旅の、ほこりと垢が、自分の体に染み付いている。出会ったばかりの此の良江には、泥水を啜すって生きて来た、自分と同じ臭いの様な物を感じた。二階の又三郎の部屋に表れた良江は、浴衣姿が、良く似合っていた。     


「私は出羽の漁場で生まれ、小さい頃から海草などを取って、家計の足しにしていました。これは岩場で切った傷痕です」


そう言って良江は、浴衣の裾をめくり、湯上りの肌を惜しげもなく晒した。そんな良江に又三郎は、すっかり気を許していた。

幾度も修羅場を、潜り抜けた又三郎だが、何人もの男を手玉に取り、生き抜いて来た女の、手練手管には、少年の様にもろかった。


「父は借金して、やっと手に入れた船を台風で流してしまい、残った借金の取り立てに追われ故郷を捨て、やっとの思いでこの城下に辿り着いたのが、五年前のことです。私たち家族は、守銭奴の様に金を貯め、この店を一年前、八両で買ったのですが、そのとき頭金に二両を払い、残り六両を年に一両ずつ返す約束をしましたが、すぐ父が病に倒れ、残り六両の返済が出来なくなりました。売主から、もう待てぬと急かされています。もう店を手放すしかありません。


しょせん私達には、無理だったのですね」」

そんな良枝に、又三郎の男気が、助けてやれと囁やいた。


「私も貧乏だが、思わぬことで大金が入った。役に立てて下さい」                            


又三郎は六両を、気前よく差し出した。、気持ちが良かった。人様に、ほどこす贅沢など、およそ縁の無かった又三郎だった。一人旅で寂しい又三郎は、もっと泊まって居たかった。


翌朝、目が覚めた時は、日が高くなっていて、店の方で賑やかに話し声がしていた。職人らしい客が、五、六人朝食をとっている。又三郎には繁盛している様に見えた。又三郎が下りて行くと、良江は昨夜、何も無かった様に。


「あら、もうお立ちですか、朝ごはん食べて行って下さい、お握りも作ります。道中で食べて下さいね」


又三郎は何か気が抜けて、何も言えず立ち尽くしていたが、自分の間抜け顔に気がつき、良江の用意した朝食を食べた。それでも握り飯を持ってきた良江に、宿代を払おうとした。


「これは受け取れません。たくさん心配になって、良江は生涯、お侍様のことは忘れません、気を付けて行って下さいね」


又三郎は、追われる様な気持ちで、良江の店を出た。言葉巧みに六両、巻き上げられた様な気はしたが、又三郎はそれを認めたくなかった。未練心を掻消す様に、又三郎は己の居場所は、板橋にしかないと思い直し、急ぎ足で去っていった。

又三郎の去った後、二階の部屋に入った良江は、汚れた麻袋が忘れられているのに気がついた。袋の中には少しの玄米と塩、干した小魚、それに小さな鍋や椀などが入れられていた。良江は懐かしい物を見た様な気がした。

十年前、良江が十五の時だった。一家は借金に追われ、あての無い旅に出た。路銀を持たぬ一家の旅は、悲惨きわまるものだった。

父は、欠けた鍋を拾い、川で捕ったメダカと、畑で盗ってきた豆を煮て食べさせてくれた。又三郎の忘れていった麻袋を見た良江は、急に何か虚くなった。

良江は又三郎から、巧みに大金を巻き上げたが、麻袋の中を見た良江は、流れ者の又三郎が、あの六両を手にするには、どれだけ危ない橋を渡ったか、良江には想像できた。   

海千山千を越えてきた良江も、苦しい旅の思い出の詰まった麻袋を見て、時は十五の少女に戻っていた。 


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