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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第16話 (八)一人旅

(八)一人旅


又三郎は一人、江戸に向かって歩んでいた。源十朗から託された道場が無ければ、又三郎は自分の歩むべき道を、見失う様に思えた。                  

一人旅にも少しずつ馴れ、一人旅の身軽さから、野宿や空き家などで一夜を明かすことが多くなった。          

この日も、古い大きな空き家らしい建物を見付け、今夜の宿にする事にした。空き家で火を使うと怪しまれる。他の場所で飯の用意をして夜を待ち、空き家に入り飯を食べた。

奥の部屋に入って横になったが、源十朗の最後を思い出し、なかなか寝つかれなかった。丑三つを過ぎた頃だったか、入り口で人の気配を感じた。又三郎は真っ暗な部屋の隅に立ち、身動き一つしなくなった。侵入者は又三郎の居る床の間に入って、燭台に火をつけた。

燭台の火に照らし出された男は三十ぐらいか、禄を失ってから間の無い浪人といった感じで、育ちの良さそうな男だった。

男はまだ又三郎に気ずかず、床に有った位牌に手を合わせた様子から、この家の者と思われる。


「父上、母上、明日家老の下城の時を狙います。供に死のうと言ってくれる者も居ますが、明日は隼人、一人で参ります」                 

「驚かせて申し訳ない。旅の者で宿代に困り、無断で一夜の宿を、お借りしています」


背後から声を掛けられ、驚いた隼人は、一瞬、刀に手を掛けたが、すぐ放した。


「旅の方か、一人言を聞かれたか、お主を斬ってでも、口を塞がねば成らぬ大事を不覚だった」

「明日はこの城下を立ち去る私です。城代に知らせ、ご褒美に預かるほど恥知らずでは、ございません。無宿者でも一宿の義理は心得ています」

「かたじけない。某、真柄隼人と申す。先ほど聞かれた事は忘れて下され、重ねてお願い申す」

「ご心配なら明日は私も、貴方と一緒にここを出ます。危ない時は、私に向かって逃げて来られよ。一宿のお礼に助太刀します」


隼人は、憎き家老にせめて一太刀と、単身立ち向かうのだ。逃げて帰るなど、考えてもいなかったが、無宿者らしいこの若者の、話を聞いて、失敗したら又挑む、もう一つの答えが有る様に思え、少しは気が楽になり又三郎に問うた。


「多勢の中に斬り込み、逃げ帰ることなど、私には考えられぬが」

「相手より足が速ければ簡単だが、そうでなければ、並外れた手慣れか、どちらにしても勝算は無い、策を考えねば」


その夜又三郎は、一人旅の人恋しさから、初めて会った隼人に、板橋で古い道場を継ぐことなど語った。隼人も城代を親の仇と狙うに至った訳を話しくれた。


「城代は数々の不正を働き、見かねた次席家老の父上が、何度も注意したが城代は聞き入れず、やむなく父上は、不正の証拠を揃え、目付け方に相談したが、城代の魔の手は藩の目付役にも及んでいた。証拠は握りつぶされ、城代の父上えの憎しみが増すばかりだった。しかし正義感の塊の様な父上を、城代は攻めあぐんだ。城代は、姫様育ちで、人を疑う事を知らぬ母に目を付け、目先の利く配下の者を近づけ、人が見れば誤解される様な所まで母上は誘い出された」


あるひ突然、その母の、不義の噂が城中に流された。


「父上は少しも母上を疑がは無かったが、軽率な母の行動を責められた。翌日父上の登城を見送った母上は、私と妹に(許して下さいね)と言って自室に入られた。私は母も、この忌まわしい噂には相当参っておられるとは思ったが、それ以上の事は考えなかった。しばらくして胸騒ぎがして、急に不安になり、母上の寝所に駆け込むと、そこには死に装束を、赤血で染めた母上の無残な姿が私の目に飛び込んできた。母上は少し指を切っただけで卒倒する様な、気の小さい人で、自害はよほど怖かったのか、何度もためらい傷が有り、部屋中が血の海で、目を覆いたくなるほど凄惨なものだった。それでも死に切れず母上は、私に助けを求められた」

「隼人すまぬ、侮様な母を許して下さい。辛いだろうが、ひと思いに母を、楽にして下さい。頼みます」

「辛かった。だが少しでも早く母上を、楽にして上げたかった。駆けつけた父上が言われた」

「母上を追い詰めたのは私だ。母一人を逝かせては可愛いそうだ。隼人、父は母の喪とに逝く、お前は仕返しなど考えず、この家を絶やさぬよう、妹の千草も頼む」


そう言って父上は、母上の身体を綺麗に洗い、着がえさせ、その横で腹を切り果てられた」                

そこまで話した隼人の目から、又、悔し涙がこぼれた。                                      


「それでもご家老は手を緩めず、某の家は潰され、新しい次席家老も決まり、某の家に仕えていた者は、用人から小者まで路頭に放り出された」


又三郎は、藩内の勢力争いと聞き流していたが、母の壮絶な最後を語り、悔し涙を流した隼人を見て、又三郎の男気が騒いだ。


「畜生にも劣る相手を、大道で正面から名乗って攻めるのは、毒蛇を素手で掴む様なものです。毒蛇に礼など要らぬ。勝算の有る策を考えねば」

「某にも妹がいる。討ち損じ、妹までも類が及ぶと思うと、父上の遺言通り恨みを忘れ、静かに暮らせたらと思うが、どこへ行っても城代への恨みは消えないと思う。お主、勝算の有る策と言はれたが、私には城代の登城、下城時を襲う他に、思い当たらぬ」

「夜盗を装い、城代の私邸に夜討ちを掛けるなら私も手伝う。まさか一人や二人で襲って来るとは、夢にも思っていない。うまく忍び込むことが出来れば、討ちもらす事はまず無い。」

「夜盗だろうが、焼き討ちだろうが、気が咎める相手ではないが、会ったばかりの某に、なぜお主が命がけの助太刀をと、お主を信じきれない拙者を、お笑い下され」               

「貴方は正直だ。私も正直に言う。私には食い詰め者の垢が染み付いている。古い道場を再興するには、まとまった資金が要る。仕事を探しているが、路銀にも足りない。助太刀と言えば体裁は良いが、悪家老から金子を、巻き上げる事が出来ぬかと、計算高い男です」


隼人は凄惨な母の最期を話した時、この旅の若者の拳が、まるで我が母を奪われた様に怒りに震えているのを見た。金子目的だけで動く男では無いと思えた。又三郎が付け加えた。


「先ほど妹が居ると言ったな、うまく事を運んでも、お主に疑いは及ぶだろう。今夜の内に妹御と、城代を斬った後の、打ち合わせをしておかなければ。」


又三郎の進言に隼人は又驚いた。城代を討つ事が出来ても、生きて帰ることは出来ないと思っていた隼人は、そこまで考えていなかった。


「妹は気丈な娘で、共に憎き仇をと言っているが、妹の無残な最期を見るのが辛く、明日は一人で斬り込む積りだった。」

「ならば今夜の内に妹御に、明晩の決行知らせ、落ち合う場所を決め、二人で一時この城下を逃れた方が良い。相手は賊が忍び込むなら夜中だと思っている。敵の裏をかき、日が暮れたらすぐ忍び込み、寝静まるまで木陰に潜んでいて、真夜中に家老の寝所を襲うのが、無駄な殺生も少なく済む」


この策は、伝八朗が旅の剣客から授けられたもので、又三郎は伝八朗から授けられた。隼人は又三郎の策に驚き、自分もその気なり、妹の千草が身を寄せている母の実家え、夜道を走った。

千草はここ十日ばかり姿を見せぬ兄が不安だった。兄の様子から、父母の仇討ちを企てている事は察しられた。なん度も私も共に一太刀と頼んだが受け入れてくれなかった。その時だった。


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