第13話(七)生き様、そして死に様
「言われる通り堅固な城も、天罰には意外に脆いかも?、踏み込む前に必ず知らせて下され。それがし神様に必ず、お伝え申す」
伝八郎も謎めいた言葉で返すと。
「今度は前回の様な失敗は出来ぬ。捕り物には町方にも協力して貰う、情報は身共の手の者がお主に伝える。神様に気をつけて下さいと、伝えて下され」
八日後、関口からの知らせが入った。事の次第を又三郎と清次に知らせ、伝八朗と源十朗は、捕り方の揃ったのを確かめ、(観月)の前に立った。客を装い玄関に入ると、思った通り断られたが、源十朗は引き下がらない。
「浪人と見下し、お高くとまっていると後悔するぞ」、
強引に上がりこむ二人を、追い出そうとする用心棒と、揉めている隙に、又三郎と清次は裏口から苦もなく客間に入り、そこで密会していた普請奉行と武蔵を叩きまくった。
「ま、待て!、何者だお前たち、このお方に無礼を働くと、首が幾つ有っても足りぬぞ」
凄む武蔵に又三郎は言った。小夜様の無念を思い出したのだ。
「俺の顔をよく見ろ、貴様等の手先の徳松に、拷問で殺された月之助の弟だ!」
又三郎の出まかせの嘘に、武蔵は震え上がった。
「知らん、そんな男は俺は知らん。金子ならやる持って行け」
武蔵が二十五両包みを、投げてよこした。
「金子は貰って行く、姉上えの詫び金だ。だが兄上はもう帰らない。
貴様ら二人は、姉上の前で腹を斬れ」
そう言って又三郎が叩きまくると、二人は料亭を逃げ出し、待ち構えていた町方に保護された。捕り方が(観月)に踏み込んだ時には、用心棒や普請奉行の家来が倒れていて、客間には三百両の金が散らばり、おまけに念書まで残されていた。又三郎と清次は、町方から咎められる事も無く、難なくその場を去っていった。
翌日突然、関口様が信濃組に馬で乗りつけ、千恵蔵は驚いた。
「大将、一挙に片がついた。私は殿からお褒めに預かった。あの二人のご浪人に、お礼がしたい」
「有難うございました。ご恩は千恵蔵、生涯忘れません」
その時、伝八朗と源十朗が出てきた。
「お主らのお陰で、悪党共を一掃できた。お礼がしたい、望みが有れば言ってくれ」
「お礼は、当方がするのが当然ですが、ごらんの様な乞食浪人、お許し下さい。いずれ磯貝は切腹、武蔵も処刑は免がれぬ事と思います。叶う事なら、奴等になぶり殺しにされた月之助様の母上を、奴等の処刑の場に、立ち合わせて戴きませぬか」
「解り申した。他にも奴等を恨んでいる者も居るだろうが、月之助殿の母御と、お内儀の二人位なら殿も、お許しになるだろう」
茶を持って来て居た小夜が聞き、泣き崩れた。
旅立つと言う又三郎達に千恵蔵は、関口様や名主に掛け合って、此の地に住める様にするから、残れと言ってくれたが、料亭観月での乱闘で悪とは故、三人を斬り殺し、六人に深手を負わせた。その者達の家族の恨みも自分達が背負って、消えなければならない。
その夜、千恵蔵夫婦に見送られ、旅立った三人が、工事現場の近くを通り過ぎた時だった。前方に五人の人影が表れ、深く頭を下げた。月之助の家族だった。
「有難うございました。倅の仇にせめて一太刀と、幾度考えたことでしょう。だが非力な女、返り討ちにされるのが関の山、無念でしたが、子供の行く末を考えると、嫁を巻き込む訳にもゆかず、死ぬまで倅を理不尽に殺された此の無念を背負って、生きて行かねばならぬと思っていました。ご恩は死んでも忘れませぬ」
「良かった。月之助殿が守って下さったのだ。これで親方も仕事を続けられる」
そう言って源十朗が子供達に近寄り言った。
「お父上は立派な方だった、忘れるな。だから親方が、叔父さん達に頼んで、仇を討って下さったのだ。親方には子供が無い。お前たちが大きくなれば、今度はお前達が親方を助けるのだぞ」
そう言って旅立つ四人を、いつまでも見送っていた。
(七)生き様、そして死に様
また一年が過ぎ又三郎達は、奥州は盛岡の外れにいた。仲間が増えると気強いが、宿代や飯代も嵩んだ。伝八朗と源十朗は、気が進まない様子だったが、博徒の喧嘩に雇われ居なかった。
又三郎は、昨夜四人が泊まった空き小屋のそばで、清次から剣の手ほどきを受けていた。清次は重点だけを的確に授けてくれた。
清次に仕込まれた又三郎の剣は、今では伝八朗達を凌ぐほどに成っていた。夜がふけても伝八郎達は帰らないので心配だったが、若い二人は睡魔に勝てず、寝ることにした。
どれほど眠ったか、又三郎は源十朗の呼ぶ声に目を覚した。清次と慌てて外に出ると、源十朗に抱きかかえられた伝八朗の姿が有り、深手を負っているのが一目でわかった。
小屋に寝かされた伝八朗は、そのまま気を失った。傷を調べた源十朗の顔に、明らかな落胆の表情が表われた。
「思ったより深手だ、朝まで持たぬかも知れぬ」
そう源十朗が呟いた時、気を失っていると思っていた伝八朗が、弱々しいが、はっきりと話した。
「しょせん流れ者の死ぬ時は、野垂れ死にと思っていたが、お主らに看取られ死ねたら本望だ。・・雪さま、貴女が命に代えてお守りになった又三郎様も、二十歳になりました。・・・もういいですか・・・右門様。伝八郎は、又三郎の父の名を言ったのが最後だった。
「朝まで少しだが寝ておけ」
源十朗はそう言って自分も横になった。又三郎は目を閉じると、幼
い頃、伝八朗に背負われ、旅を続けていた頃が思い出された。大きく成るに連れ伝八郎は、芋盗人や川魚捕り、剣術も厳しく仕込んでくれた。今思えば、苛酷な無宿渡世で生き残る術を、授けてくれていたのだ。あの化け物の様に強い伝八朗が不覚を、と思っている間に深い眠りに入っていった。
目が覚めた時には、小屋の中には伝八朗だけが寝かされていて、胸に組まれた手に触ると、驚くほど冷たく、あらためて伝八朗の死を実感した。又三郎は初めて悲しみが、吹き出るように湧いてきた。
たまらず表に出ると、源十朗と清次が小高い所で穴を掘っている。又三郎が近づくと源十朗が言った。
「お前は伝八郎の側に居てやれ、おれ達もすぐ行く」
穴掘りの終った源十朗は、伝八朗の枕元に又三郎と清次を座らせた。
「宿無しの俺達だ、何もしてやれないが三人で拝もう」
源十朗は仏に手を合わせ、何かぶつぶつ唱えていた。
伝八朗を穴に入れた時、清次が泣いていた。又三郎は慌てて小屋に戻り、残っていた僅かな米を持って戻り、袋なり穴に入れた。
残された三人には大切な米だったが、源十朗は怒らなかった。
又三郎は辛かった。どうすることも出来ない悲しさを源十朗にぶつけ、なぜ伝八朗を助けなかったと責めた。
「伝八郎から聞いた。伝八郎は死に際のお前の父上と約束した。
「仇き、国光君を斬り、又三郎様を連れ逃げます。必ず又三郎様が独り立ち出来るまで、たとえ物乞いに身を落としても必ず守ります」
五才のお前を連れての追われ旅は、辛かったであろう。だが伝八郎は、父上との約束を守り、お前を育て上げた。あの手馴れの伝八朗が、地回り相手に不覚を取ったのは、約束を果たした気に緩みか。 その時、母の弔いもせず、お前を連れ旅に出た伝八朗は、妻も娶らず、お前の父上との約束を果たした。もう先に死んだ母上の元に、気持ちよく返してやってくれ」
聞き終わった又三郎の、およそ涙など似合わぬ冷たい面差しに、一筋の涙が流れ落ちた。あの時、自分は五歳で、詳しい事は何も覚えていない。初めて聞いた己の生い立ち。父の生き様、死に様、伝八朗は何も話さず恩にも着せず、父との約束を果たして果てた。
又三郎の涙は、哀しいだけの涙ではなかった。又三郎は伝八朗が、人の生き様や死に様を、訓えてくれた様な気がした。




