第12話
「こうして土木請負業の信濃組が生まれたのだ。この時、千恵蔵親方はまだ二十六歳だ、俺らはその頃からここで働いている」
古くから信濃組で働く老人が、話してくれた。
話しは戻るが、伝八朗と源十朗がこの工事現場に来て、十日が何も無く過ぎた。洗濯をしようとしている源十朗に、夫を岡っ引の徳松に、拷問で殺された小夜が近づいてきた。
「洗濯は私が致します。これからも私に言い付けて下さい」
「汚い物ばかりだ、自分で洗うからよい」
「いいえ、私が子供と母を、養っているのを見かねた親方様は、役にも立たぬ私に、たくさんお手当てを下さいます。お情けと思って洗濯は私にさせて下さい」
「ご主人の事は、ご無念でしょうが、岡っ引の徳松や、山神の武蔵には必ず近々、天罰が下るだろう。某の予言は良く当たる」
源十朗の慰めとも取れる言葉にも、今の小夜には何か謎が含まれている様に思えた。だが源十朗の予言はすぐ当たった。岡っ引の徳松が、信濃組の現場に、新しく流れ者の浪人が来ていると聞きつけ、現場に向かっている時だった。
二人の手下を従えた徳松が、肩で風切る様に歩くと、行き交う人は皆恐れ、目を伏せ頭をさげた。そんな中、渡世人風の男二人が近づいてきた。二人は徳松の恐ろしさを知らぬのか道を譲らない。肩が当たり怒った徳松は、不用意に十手で殴りつけた。その時、思いがけない事が起こった。遊び人風の男は徳松の十手を一瞬にして奪い、奪った十手で非情に何度も徳松を打ち据えた。なんとこの二人の渡世人は、身なりを変えた又三郎と清次だった。
徳松が連れている二人の手下は、身形は下っ引き風だが浪人で、槍の使い手であることは調べてわかっていた。槍を持ち歩くわけにもゆかず、一間余りの捕り物用の棒を、先を尖らせ持っていた。
「よくも親分を、貴様ら晒し首になりたいか」
棒を槍代わりに構えて凄む手下の二人に、脅えた振りで油断を誘うと、手下は不用意に槍代わりの棒を突き出した。とっさに棒の先を手の平で払い、胸元に飛び込んだ又三郎と清次は、奪った棒で二人を殴り倒した。
自分と同じ無宿者や浪人を、拷問の末、なぶり殺しにした徳松を、又三郎は許せなかった。棒の先で徳松の腹を何度も突くと徳松は、泣き喚き苦しんでいる。又三郎は地面に座り込む二人の手下に、吐き捨てる様に言った。
「手前等も浪人だろう。同じ浪人を責め殺す、こんなゲスの手下とは、見下げた奴だ恥を知れ」
「お主ら武士だな、不覚だった勝手にしろ」
又三郎はこの二人の手下が、先ほど突き出した槍代わりの棒の先には、少しの殺気も鋭さも無かったのを思い出し、この者たちも気が咎め、手加減したのだと気ずき、見逃してやることにした。
徳松が腹を潰され、二日苦しんで死んだ事は、夫を責め殺された小夜の耳にも入った。小夜は何も無かった様に作業をしている、源十朗と伝八郎に、思わず手を合わせた。
十日ほど過ぎた日、普請奉行が信濃組の工事現場の視察に来て、工事の遅れを指摘し(山神)の助けを借りるよう命じた。 「よいか良く聞け、完工が遅れれば、二度と信濃組には仕事はさせぬぞ、ここまでの工事費用も払わぬ。身共の命に従わなければ、この地で生きてゆけぬと心得ろ」
普請奉行が自ら、山神の後ろ立てとなり、乗りこんで来たのだ。
「仕事を取り上げられ、これまでの工事の代金を払ってくれなければ、信濃組みは潰れる。こんな理不尽が罷り通れば、正直者は仕事は出来ぬ。藩のお目付様に直訴する」
温厚な千恵蔵が怒りに震えるのを見た伝八朗が。直訴には、某も連れて行ってくれと頼んだ。
「それは危ない。あなた方は無宿だ」
「お主が一人では、お目付様に会うまでに、摘み出される。某と源
十朗を、摘み出されぬ様、重石の役に連れて行って下され」
朗を摘み出されぬ様、重石に連れて行って下され」
「行って下さるか、巻き込む事になって、申し訳ない」
「いつも世話になるばかりだ、その様な気ずかいは無用」
今の千恵蔵に二人の申し出は、何よりも心強かった。その日の夕刻、藩の大目付、関口様が私邸にいるのを確かめ、三人は関口家の門を叩いた。
門番が、その様な取次ぎは出来ぬと言ったが、それは予期していた。門番を押しのけ、邸内に入り玄関まで走り座り込んだ。
「関口様!、お願いです、話をお聞き下さい」
大声で何度も叫ぶと、家来や小者などが飛び出して来て、三人を追い出そうとするが、重りの付いた様に動かなかった。騒ぎを聞いた関口は、この者は心底、訴えたいのだと思い玄関に出た。
「これは珍しい客人だなあ、信濃組の大将殿ではないか」
気軽に声をかけられ千恵蔵は驚いた。お咎めを覚悟で直訴に及んだ大目付から、まるで自分を知っているかの様に、気軽に声をかけられ、張り詰めていた気が緩み汗が吹きだした。自分の顔など知っておられる筈は無いが、家来の誰かが耳打ちしたのだろう。関口は伝八朗と源十郎を見た。
「ご浪人の様だが、貴方がたは大将に恩義でもござるか」
伝八郎はこの関口に、駆け引きなど無駄と思った。
「親方の様な寛大な人が居なければ、私共の様な浪人は生きて行けませぬ。今日は親方が、摘み出されぬ様、重しの役に参りました」
千恵蔵も関口の人柄にほっとして話し出した。
「この町の土木工事を牛耳っているのが山神の武蔵で、その手先が顔役の徳松、その後ろ盾が普請奉行の磯貝様です。無宿者に酷い仕打ちを繰り返した徳松には、神様が罰を下されたが、普請奉行に天罰を下す事の出来るのは殿様か、貴方様の他には無いと思い、無礼を承知で参りました」
「身供は、お主等が、思うほど頼りになる男ではない。お互いを庇い合う、お主らの美しい生き様を聞き、身共は恥ずかしい」
そう言って関口が話し出した。
「普請奉行の磯貝が、山神の武蔵とつるんでいる事は承知している。前に一度、身供の手の者が、磯貝と武蔵が料亭(観月)で、密会するのを突き止め、観月に踏み込んだが、磯貝の家来と用心棒に阻まれ、その間に賄賂の証拠は隠され失敗に終った。身供は殿から厳しくお叱りを受ける事となった。磯貝は殿のお気に入りで、下手に手を出すと火傷する。身共はそれ以後、わが身可愛さに、磯貝を咎めず、役目にしがみ付いている程度の男さ。武士道などと綺麗事を並べていても藩は、武士道とはほど遠い、理不尽な者たちの集まりさ」
そう言って空を見上げる関口の、よん所ない虚しい気持ちが伝わってきた。一押しすれば力になってくれる様に思えたが、この人に危難の及ぶのを避けたかった。
「ご無礼致しました。深くも考えず、お縋りしてしまいました」
帰ろうとする親方に、関口が言い含める様に話し出した。 「普請奉行の磯貝を葬むるには、賄賂を受け取る現場を押さえる外はない。受け渡しは武蔵の営む、料亭(観月)で行なわれる。苦しい時の神頼みになるが、目明しに天罰を下された神様が、観月の中で騒ぎでも起こして下されば、それを理由に、賄賂の証拠を隠す間を与えず踏み込み、一挙に事は終るのだが」
と関口が独り言を呟くと、伝八朗が後を引き継いだ。




