第11話
「目的を果たした父さんは、真っ直ぐ家に帰って腹を切る用意をした。恩ある人を守って、最後は武士として死ぬのだ、少しも怖くはなかった。捕り方が来たらその前で、立派に腹を切ろうと思っていたが、捕り方が表れない。多くの人が見ていたが、自分を知る人が居なかったのか?、その時、戸口で石徳の奥様の声がした」
「私のために源三を斬ったのですね。腹を切る気ですか。あの様な獣と、命を引き換えないで下さい。主人にみんな話しました。主人が言いました。長十郎はこれを持って、出羽の国で宮大工の棟梁をしている、宗五郎殿を頼ってすぐ旅立つ様にと」
「そう言って奥様は封書と、五十両を差し出された。父さんも、捕り方を待っている間に、源三の様な悪を退治して、なぜ俺が腹を斬らねばならぬかと思うと、馬鹿々しくなっていたが、路銀も無く、行く宛てもない兇状旅が、腹を切るより辛いことも知っていた。
だが五十両という、生まれて初めてみる大金に、急に生気が湧いてきた。長年の浪人暮らしで堪っていた、親戚からの借金を返しても、三十両残った。密かに心の中で、想いを寄せていた菩薩の様な奥様を守って、十手持ちを斬った事に父さんは、少しの悔いも無かった」
長十郎は、京で過ごした青春の日々を、忍ぶ様に眼を閉じた。
「この地、出羽に来た父さんを、棟梁の宗五郎殿は暖かく向かえてくれた。気の許せる名主に訳を話し、密かに人別帖にも入れてくれた。父さんは、残った金子でこの家を建て、母さんと世帯を持ち、棟梁や名主殿に災いの及ばぬ様、目立たぬ様に生きてきた。だがこんな貧乏な家の娘が、由緒ある宮大工の、棟梁の倅の嫁に決まれば、大騒ぎになるだろう。もし俺が兇状持ちとわかれば、俺達だけではなく、兇状持ちを人別帳に入れた名主にも、大変な災いが及ぶ」
「・・ごめんね、お父さん。何も知らず不満ばかり言って、でも、もう大丈夫、私もお父さんの様に、目立たず生きていきます」
お浜は幼いながら、父が諭す様に話した、事の重大さは理解できた。お浜が千恵蔵を避ける様になったのはこの為だった。
話は戻るが、盆踊りの輪を抜け出た二人は、小川の土手に座った。千恵蔵は話したい事は有ったが、何故か言葉が出なかった。
お浜が立ち上がり「千恵ちゃん似会う」と言って新しい浴衣姿を誇らしげに見せ{初めて新しいの買ったの}と言った。
「お浜は何を着ても似合うさ、お浜は特別美人だから」
「千恵ちゃんだけね、小さい頃からお浜を、綺麗と思ってくれたの、でも良かった。お別れの夜、千恵ちゃんに見て貰えて」
と寂しそうに呟くお浜に、千恵蔵は驚いた。
「お浜、嫁に行くのか!」
驚いて睨む千恵蔵に、お浜は静かに首を振った。
「明日、宇都宮に奉公に出るの。もう千恵ちゃんに会えないと思って、勇気出して声をかけたの」
「お浜、行くな!行かないでくれ」
「私の家は貧乏だから行かなければ、それに十年奉公の約束で、前金を受け取ったの、もう引き帰せない、ごめんね」
そう言ってお浜は去っていった。一人になった千恵蔵は、お浜が自分を想っていてくれた事を確信した。だが自分は、お浜が苦労していても何も気付かなかった。何とかしなければと思い、そおして自分の気持ちが決まっているのに気がつき、急いで家に帰り、お浜を嫁に欲しいと両親に頼んだ。
「お前が、お浜を好いていることは知っていた。お浜も良い娘御だ。
だがいずれ、六代目の宗五郎を継ぐお前の嫁には出来ぬ。伝統を重んじる、宮大工の家に生まれた者の定めと、あきらめなさい」
「嫌だ、お浜を嫁にして継げない家なら、弟にこの家を譲り、私はお浜を連れ、他国に参ります」
黙って聞いていた母の良江が口を開いた。
「私の実家も貧しかった。でも貴方は私を迎えてくれました。義父様も義母さんも私を大切にして下ださり、世間の人も褒める人は有っても、蔑む人は居なかったと、私は今も思っています」
妻の正論に押され、言葉を無くした宗五郎が語り出した。
「これは名主と私だけしか知らない、おそらくお浜も知らないと思うが、もう黙っている訳には行かなくなった。お浜の父、長十朗様は、元は武士で、京で恩ある人を守って十手持ちを斬った。長十郎様に助けられた方が、我が家とは長い取引が有り、その縁で長十郎様を隠まう事になった。私は名主殿にお願いして、長十朗様を人別帳にも乗せてもらった。だが娘のお浜を此の家の嫁に迎えると、釣り合いが取れぬと人様の話題となり、凶状持ちの長十郎殿が目立ち、名主殿にも、災いが及ぶ事にも成りかねない。おそらく長十朗様も、お許しにならないだろう」
そうは言ったが宗五郎は、今お浜を宇都宮に行かせてしまえば、千恵蔵は、生涯後悔するだろうと思った。
「この家は、お前に継いでほしかったが、お浜ほどの嫁を逃したら、お前は後悔するだろう。よし、お前は今夜の内に長十郎様に許しを得て、お浜を連れ、この町を出ろ。駆け落ちなら人様は驚くだろうが、良く有る事だ」
宗五郎は妻の良江に、手元にあるだけの金子を用意させた。
「旅に出たらまず、金を盗られぬ様、気を付けろ。業を起こすなら、三年雇われ仕事を学び、一から始めろ」
そう言い残すと、名主に頼んで通行手形を貰ってくると言って、父の宗五郎が出て行った後、今度を母が諭した。
「お父さんは長十郎殿に、何度も家で働くように勧られたり、援助を申し出られたが、どれだけ苦しくても長十郎殿は、
「私に関わると、お家に災いが及びます。お心ずかいは無用」
「そう言ってこの家との関わりを世間に隠し、援助を受け入れなかった人です。何度でも、お許しが出るまでお願いするのですよ」
そんな母を見て、自分はこの母を捨てて行くのだと思った。
家族に別れを告げ、千恵蔵がお浜の家の戸を叩いたのは、明け方になっていた。寝ていなかったのか長十郎はすぐ出てきた。
母に教わった様に頼むと、以外にあっさり許してくれた。
「私は宗五郎殿に災いの及ぶのを怖れ、お情けを退けて来たが、取り返しのつかない所だった。千恵蔵殿、浜をお頼み申す」
そんな二人の会話を陰で聞いていたお浜は、これまで幾度この様な場面を夢見ただろう。夢ではない、これは夢では無いのだとお浜は、何度も何度も自分に言い聞かせていた。幼い頃、ぼろを纏ったお浜は、他の子供達から汚い臭いと苛められた。そんなお浜を千恵蔵だけは庇ってくれ、お浜が一番綺麗だと言ってくれた。
大きくなってもお浜は、辛い時はきっと、千恵蔵が助けてくれると信じて耐えた。
長十郎に見送られ、二人が外に出ると真夏とはゆえ、北国の朝は涼しく気持ちが良かった。お浜との旅は、苦労知らずの千恵蔵には学ぶ事が多かった。お浜に(かんざし)を買ってやろうとすると、
「贅沢な品を身に付けていると、金持ちだと解り狙われます。宿は木賃宿にしましょう」
それでもお浜には、まるで夢を見ている様な素晴らしい旅だった。
旅に出て二ヶ月後、二人は越後の長岡にいた。国を出るとき父が、事業の元手にと持たせてくれた百両には手をつけず、二人で道々稼いだ金でここまで来た。長岡の城下は近くを大河が流れている事もあり、土木工事が多く、人夫仕事には不柔しなかった。
旅に出る時の父の言葉を思い出し、工事現場で、土工として働き、三年が過ぎた頃には、土木業の概要を極めていた。
家を出る時、貰ってきた百両から二十両だけを使い、仕事に必要な道具を買い、一人でできる小さな仕事を請け負い、お浜を相手に始めた。初めは仕事は少なかったが、宮大工の父を見て育ったせいか、信用を重視し仕事をした。そのため少し損を出したが、仕事は確実に増えてきた。
ニ年が過ぎた頃には、百両の資金は二十両になったが、十人ほどの人も雇い、儲けも出る様に成っていた。




