第11話 (六)男の心意気
「俺が繁蔵だが、伝八郎殿の供の者か」
「はい、伝八朗は少し遅れます。鯖戸はまだですね」
伝八郎から仲間が三人いるとは聞いていたが繁蔵は、親御の様な伝八郎を、ごく自然に呼び捨てにするこの若造は、いったい何者かと思った。甘言で鯖戸を呼び付けてある。鯖戸はすぐ飛んでくるはずだ。もし手違いで伝八朗が来られなかったらと、繁蔵の胸に不安が過った。
「伝八郎殿はどうなされた。鬼源に手間取って居られるのか」
「鬼源は私達で叩き斬って来ましたが、伝八郎と源爺は間を見計らって、後から必ず来ます。それまで鯖戸に気ずかれぬ様隠れていたいのですが」
二人を若造と、軽く見ていた繁蔵だったが、鬼源を、まるで大根でも叩き斬って来た様に言い放つ二人を、繁蔵は改めて見直した。
一方、伝八郎と源十朗は又三郎と清次を送り出した後、すぐ後を追う様に名主の屋敷に到着していたが屋内には入らず、庭の木陰に身を隠した。鯖戸は油断ならぬ男だ、伝八朗は自分達の存在を隠し木陰に隠れ、様子を見ることにした。しばらくすると鯖戸が二人の浪人を従え現れ、木陰に潜む伝八郎たちに気ずかず、その前で立ち止まった。
「少し話が旨すぎる。お前等は庭の隅にでも隠てろ、中で騒ぎが起きれば、すぐ飛び込んで来い」
やはり思った通り鯖戸は一筋縄では行かぬ男だ。二人の浪人は伝八郎たちの潜む僅か二間足らずの所に潜んだ。
邸内では繁蔵と名主の三郎が、伝八郎達が遅いので気を揉んでいた。
このとき玄関で鯖戸の声がした。繁蔵は慌てて又三郎と清次を、奥の部屋に追いやった。招き入れられた鯖戸は繁蔵を無視した様に名主の三郎に言った。
「名主殿、娘御との縁談を承知して下されたと聞いて来たが、本当でござるか」
名主は鯖戸に詰め寄られ、縋る様に繁蔵を見た。繁蔵は名主の娘を餌に、鯖戸を騙し呼び寄せたのだ。伝八朗が来なかったら大変な事になる。その時は鯖戸と刺し違えても、名主の一家を守ると、繁蔵は心に決めていた。鯖戸は二人の様子から、謀られたと察したのか、表情が恐ろしく一変して繁蔵を睨みつけ叫んだ。
「繁蔵、うぬが騙したのか許さぬ」
繁蔵に襲いかかろうとする手馴れの鯖戸の前に、隣の部屋で出番を待っていた又三郎と清次が飛び出した。鯖戸は驚いたが、二人を若造と侮り高飛車にでた。
「小僧、何者だ、繁蔵の用心棒の積りか、俺様に刃向うとは、気は確かか」
表の木陰で様子を窺っていた鯖戸の仲間の浪人が、只ならぬ邸内の様子に、木陰から飛び出した、彼等のすぐ側に身を隠す伝八郎たちも飛び出して。
「待て、お主らの相手は俺がしてやる」
いきなり後ろから源十朗に声をかけられた手馴れの二人も、取り乱し背後に回り込む伝八郎に気ずかず源十朗に向った。伝八朗が一人の背に刀を突きつけ命じた。
「同じ浪人同士だ。命まで取るとは言わぬ、刀を捨て消えろ」
「卑怯な!尋常に勝負しろ。鯖戸殿に逆らえば只では済まぬぞ」
「うぬ等こそ、極悪人の手先になり下り恥を知れ、食い扶持を持たぬ浪人同士、命だけは助けてやろうと思ったが、あくまでも鯖戸に義理立てするなら容赦せぬ、叩き斬ってやる。どこからでも掛かって来い」
相手の二人は相当な使い手だ、斬り合う事になれば伝八郎達とて無傷では済まぬ。だが相手も手馴だけに伝八朗たち二人の力量を見る眼は確かだった。
「待ってくれ、俺達も、あんな卑劣な男の手先に使われたくはないが、腹をすかせた妻子を思えば、形振りかまって居れなかった。武士の情けだ察っして下され」
「解った、俺達も似たような者だ。俺達は鯖戸の様な奴でも斬れば兇状持ちだ、すぐ旅立たなければならぬ。そこでお主等に頼みがある。お主等が今後身の立つ様、名主殿に頼んでおくから、俺達に代わり名主殿と、今後この辺りを仕切ることになる繁蔵親分の力になってやってくれ」
「有りがたい、助かった。後の事は任せて下され、約束する」
そこまで話した時だった。邸内で怒鳴りあう声がした、伝八郎と源十朗が慌てて邸内に飛び込むと、そこで不様に命乞いをする、鯖戸の姿が目に入った。邪剣で恐れられた鯖戸も、変わり者の天才剣士、清次の前では、なす術もなかった。刀を握る指を切り落とされ、二度と剣は使うことは出来ないだろう。名主と思われる男が近ずいて来て、
「名主の三郎でござる、伝八郎殿と源十朗様ですね。おかげ様で何代も続いた名主の家を、乗っ盗られずに済みました」
名主に丁寧に頭を下げられ伝八郎たちは戸惑った。人別帳にも無い流れ者にとって名主は、この上ない苦手な存在だった。
「頭をお上げくだされ、それがし達はお世話になった勘助さんご一家が、鬼源の嫌がらせに遭って居られるのを知り、勘助さんのお役に立ちたい一心で鬼源を斬ると決めたが、おれ達の立ち去った後の事が心配で、繁蔵殿に相談したところ、鯖戸を此のままにして置けば、又同じ事が起きると聞き、事のついでに鯖戸も葬ることにしただけだが、お役に立てて良かった。名主殿は、この地に流れ着いた勘助さんご一家を、人別帳にも乗せて下されたと聞いています。これからも勘助さんご一家を頼みます」
「心得た。貴方がたも無宿の方と聞きました。お困りのことも有るでしょう。私でお役に立つ事があれば言って下され。このまま、お別れしたのでは、私の気がすまぬ」
「それならば、恩に着せて済まぬが、表に浪人を二人待たせている。先ほどまで鯖戸の手先だった者だ。腹を空せた妻子のため、心ならずも鯖戸に手を貸したが、心が痛み刀を引いてくれた。二人は恐ろしいまでの剣の使い手だ、鯖戸の悪事に加担した事を恥、刀を引いてくれた。この二人と、真ともに斬り合っていたら俺達も、無傷ではおれなかった。この者達には腹を空かせた妻子が居る。綺麗ごとでは生きて来られなかったのだ。叩けば埃の出る二人だが、何とか名主殿のお力で、罪の軽減を計ってやって下さらぬか、それと、彼等が償っている間、後に残る二人の妻子らが、何とか生きて行ける様、力添え下さらぬか」
「引き受けた、奉行も鯖戸には困っておられた。お二人の件は私が訳を話せば、寛大な裁きを下さるだろう。その様な手慣れが、私共を手伝って下されば、私も繁蔵親分も気強い、二人の身の立つ様、必ず致します」
「そうしてやって下さるか、俺たちは悪人とわゆえ、町方役人を手に掛けたのだ、この地には残れない。勘助さんにお礼を言って、すぐ旅立ちます」
こお言って別れを告げた四人は、急いで勘助宅を訪れると、妻女の雪野が留守番をしていた。
「お世話になったが、お二人に会わずにお暇する。これは俺達の気持ちだ、仕入れに使って下され」
そう言って源十朗が包みを差し出すと、雪野は驚いた。
「この様な大金、あなた方にも大切なお金、何のおもてなしも出来なかった私たちが、頂くことは出来ませぬ」
「いつも文無しの俺達だが、先日、寺参りの老夫婦を助け、お礼に、思わぬ大金を貰った。今日も又、名主殿からお礼を貰った。又三郎が娘御の、ささやかな夢を叶えてやりたいと言っている、快く受け取って下され」
こう言って新太朗たち四人は、その日の昼過ぎ、この山里を後にした。五歳で家族を失った又三郎には、二晩お世話になっただけのこの家が、我が家の様に暖かかった。ひと昔し前,勘助が雪野を見初めた様に又三郎の胸に、可憐な加代の面影が棲みついて、離れなかった。
(六)男の心意気
長岡の城下で、土木業を営む信濃組の頭、千恵蔵には、何度も助けて貰ったご恩が有った。お礼に立ち寄り玄関で声をかけると、お内儀のお浜が表れた。




