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掃き溜めの明かり  作者: 萩原伸一
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第10話

その夜、伝八郎と源十郎は、鬼源をどう懲らしめようかと相談していた。


「伝八郎、おれ達だけでも、極道の十人や十五人叩き伸ばし、鬼源を叩き斬ることは出来るが、おれ達の去った後、残った子分たちが、仕返しせぬか心配だ。子分たちを皆殺しにも出来ぬし」

「その通りだ、鬼源を叩く前に、お内儀の話していた、以前はこの辺りを仕切っていた親分で、鬼源に縄張りを盗られた繁蔵親分に会い、後のことを頼んで来る」


そう言って伝八朗は繁蔵の住まいに走った。


繁蔵は町外れの古い民家を借り住んでいた。入り口で声をかけると、老いた侠客風の男が顔を出した。


「伝八郎と申す。繁蔵殿に会いたい」

「お前さん、鬼源の用心棒とは思えぬが、親分に何の用だ」

「どうしても、繁蔵親分の力が借りたい。頼む、会わせてくれ」


老いた男が奥に消え、しばらくすると繁蔵と思われる精悍な感じの、五十過ぎの男が現れ、伝八郎を見詰めていたが、(上がって下され)

と、丁寧な口調で言った。奥に通された伝八朗も突然の訪問を詫び、頼み事のある事を告げた。


「ご浪人さんの様だが、落ち目の俺を承知で頼って来られたのか」


伝八朗は、ここに至った経緯を詳しく話し、繁蔵の口利きで空き店を買った勘助が、鬼源の嫌がらせに合い苦労していると話した。


「知らなかった。親切のつもりでした事だが、それで勘助さんは俺に、どうしてくれと言っていなさる」

「いや、勘助さんはお主に感謝して、今もお主を敬まっている。それがし達は宿無しで、仲間三人と宛てのない旅をしているが、先日、食あたりで困っていた時、俺達はあの一家に助けられた。流れ者には旅先の親切は身にしみる。恩返しに鬼源を叩き斬り、この地に、おさらばしようと思うが、俺達が去った後、鬼源の残党が勘助殿の一家に、災いするのではと心配で、今のお主の事情を思うと、誠に頼み辛いが、俺達が去った後、あの家族を守ってくれと頼みに来た」

「その様な話しなら喜んで引き受ける。俺もこのまま生き恥を晒し、老いて行くのは辛かった。良い死に場所が出来た。鬼源一家に殴りこむ時は、俺も連れて行って下され」

「それは困る、お主に死なれたら、勘助の店を守ってくれる者が居なくなる」

「ご浪人さん、俺にもご浪人さんたちが只者でないのは解ります。鬼源を成敗なさるのも、叶わぬ夢とは思いませんが、鬼源には鯖戸とゆう後ろ盾がいます。鯖戸は与力の父の後を継ぎ、若くして与力に成ったが素行が悪く、町人からの訴えも後をたたなかった。見兼ねた町奉行と、筆頭与力が相談の上、鯖戸を同心に格下げした。与力が同心に格下げされる事は異例で、鯖戸は身から出た錆だが怒り狂った。


生まれながらの悪人は居ないと言われるが鯖戸は違う。悪知恵に長け、凄い邪剣の使い手で、そのやり方は卑劣極まり、逆らう者には容赦しない男だ。十日前にも、自分に注意した仲間の同心を、その妻女や、ご子息の前で侮辱の限りを尽くし挑発、相手に先に刀を抜かせ斬り殺し責任を逃れ、又、上役に注意されると、その家族にも牙をむく恐ろしい卑劣極まる悪党だ。鯖戸は鬼源の様な悪に十手を持たせ、その子分達も捕り方に使っている。鬼源だけを葬っても、鯖戸は鬼源の代わりを作り、又、同じ事になるだろう」


「そうか、その鯖戸も叩かなくては、問題は解決しないか」

「落ちぶれた俺に、名主の三郎様が味方して下ださり、この住まいをくれた。それが鯖戸と鬼源の感にさわり、名主さまは二人に狙われている。普通なら同心風情が、名主をいたぶる事など出来る事では無いが、他の町方役人は鯖戸の報復を恐れ、何もしてくれないと、名主殿が嘆いて居られた。お前さん方が、名主様の力になって下されば心強いが、奴の剣は恐ろしく冴えていて、手の着けようがない」

「わかった気をつける。だが事は急ぐ、出来れば鯖戸も鬼源と同時に叩き潰したい。鯖戸を誘い出せぬか」

「名主殿の屋敷えなら、すぐ呼び出せる。鯖戸は名主のお嬢様に執っこく言い寄っている。名主殿が逢いたいと知らせれば、飛んで来る」

「それは好都合だ、今、私の仲間が鬼源を見張っていて、私の来るのを待っている。鬼源を叩いた後、すぐ名主宅え駆けつける。それまでに鯖戸を呼び出しておいて下され」

「解った、だが、お前さん方が手違いで来られない時は、名主やお嬢様が大変な事になる。その時は俺が命に代えても守らねばならぬが、相手は名代の手馴れ、長くは堪えられないが、確実に決めた時刻に鯖戸を誘い出す手は、他にない」

「おれ達は必ず行く、約束する。悪い奴でも鯖戸は役人だ、斬れば俺達は追われ者、すぐ旅立つ、お主はその後、一家を立て直し、勘助殿家族を頼みたい」


伝八朗はそう言って、急いで帰って行った。


鬼源は表向き、よろず御し業の看板を上げている。伝八朗が駆けつけると、待ち兼ねていた源十朗が急かせた。


「どうする、正面から殴りこむか、鬼源が外出した時に襲うか」


伝八朗は繁蔵との約束事を話し、名主宅に行くのが遅れると、大変な事になりかねないと話した


「解った行くぞ、子分の大半は出払っているが、十人は居るだう。清次は心配ないが、又三郎は後ろの敵に気をつけろ」


そう言い放つと源十朗は先頭に立ち、正面から敵の居城に乗り込んだ。そこに居合わせた子分は、一目で自分達とは格の違う源十朗を見て、言葉が出ない。


「鬼源は居るか鬼源を叩き斬る、斬られたくなければ三下は退てろ」


気を取り戻した子分の一人が、親分に知らせようと奥に駆け込むと、源十朗がその後を追う。伝八郎だけをその場に残し、又三郎達二人も源十朗の後に続く、奥の広間で三人の腹心の子分と呑んでいた鬼源は、知らせに飛び込んだ子分に続き、突然現れた三人に驚いて、高飛車に怒鳴った。


「なんだ貴様等、俺を誰だと思っている。叩き殺されたいか」

「うぬが鬼源か、俺の兄弟分の繁蔵兄貴を、よくも痛めつけてくれたな、落とし前を着けさせて貰うぞ」

「野郎ども、こ奴等を叩き斬れ!、なますにしてやれ」


腹心の三人が刀を抜くのを見て又三郎が叫んだ。


「源爺、こ奴等は私らが斬る手を出すな」


正義感に燃える又三郎が、そう言い終わらぬ内に清次の剣が閃き、腹心の二人が倒れた。一瞬の事だった。その間、清次は一言も口を利かない。又三郎は慌てて残りの一人を斬った。又三郎と清次を、若造と見下していた鬼源は震え上がった。


「待て!待ってくれ。縄張りは繁蔵に返す、助けてくれ」


大した男でもない鬼源だが、ズル賢さにはひん出ていた。悪知恵に長け、同心の鯖戸を飼いならし、姑息な手段で繁蔵の縄張りを手にしたが、今は不利と見て、不様に命乞いをした。新太朗の本能が、この男は生かせて置けぬと囁き、鬼源に迫った。


「助けてくれ、子分共にそそのかされ、やったのだ」


この頃には出払って居た子分達も駆けつけていたが、不様に命乞いをする親分に呆れ、命を賭け向って来る子分は無く、難なく鬼源を斬り捨てた。これで親分と、その腹心の子分を失った鬼源一家に代わり又、繁蔵が以前の様に、この辺りを仕切ってくれる。


一方繁蔵は、名主の屋敷に急いでいた。悪同心の鯖戸に、名主の三郎が、娘との縁談を承知したと偽って伝えた。鯖戸は喜んで飛んで来るだろうが、鯖戸より早く名主の家に付かなければ大変な事になる。繁蔵は急いで名主宅に駆けつけ訳を話した。


「繁蔵殿、鯖戸は私の一人娘の婿養子と成って、私に代わり名主の座に座ろうと狙っている。名主には住民を束ねる権限が与えられている。あの様な恐ろしい男に権力を持たせれば、大変な事になる」

「名主様の災難は、俺も気付いていが、落ち目の俺には鯖戸と張り合う力が無く焦っていた。だが安心なされ、もうすぐ頼りになる助っとが来てくれる。もう心配はいらない」


繁蔵がそこまで言った時だった、一足先に又三郎と清次が駆けつけた。伝八朗が来ると思っていた繁蔵は、若い二人に驚いた。 

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