エピローグ ロゼの真名を受け継ぐ者たち
「――だからっ、解雇なんて酷いです! 考え直してください!」
ある昼下がりの午後のこと、まだ開店する店の少ない繁華街の外れに少女の悲痛な叫びが響き渡った。
近所迷惑になるだろうと頭を抱えるのは、いち連れ込み宿の店主であるウォルスだ。
「――あのなぁ。何度でも説明するが、そもそもここはおまえみたいな人間が働いていい場所じゃねぇ。それに、おまえの母親との問題は解決しただろ」
1か月前、この連れ込み宿に逃げ込むようにしてやって来た少女――一応今年で20歳であるため成人はしているのだが、妖の身となって数千年は過ぎているウォルスからすれば子供に過ぎない――は、母親との関係に問題を抱えていた。
その原因となっていたのはその母親に憑りついていた妖であったが、つい数日前にその妖を母親から引き剥がして倒すことに成功したのだった。
つまり、名目上リベルティナをこの連れ込み宿で働かせておく必要がなくなったのだ。
「だいたい、最初っから俺は反対してたんだ。それを、事情がありそうなおまえとおまえの守護霊が頭下げてまで言うから、仕方なく雇っただけだ」
呆れた様子でウォルスはそう言った。
確かにリベルティナはあの時切羽詰まっていて、何がなんでも職を得なければならない状況だった。
だが問題が解決して、もうその必要が無くなった。
リベルティナ自身もそのことを理解はしているが、何だかんだ1か月この連れ込み宿でやってきたのだ。
愛着くらい湧く。
「それは……。……でもっ、今だって行く当てなんてないです!」
「行く当てって……。別に好きなとこ行きゃいーだろ。……つか、ケット・シーはどうした?」
ウォルスは先ほどから気になっていたことをリベルティナに投げかけてみた。
リベルティナの守護霊であるケット・シーはロゼの真名を受け継いでいる。つまり、本来はそれ程強い守護霊なのだ。
そんな存在が憑いている人間は、そう落ちぶれることはない。大抵は守護霊が主人を不運から守ってくれるからだ。
そんなリベルティナにとって重要なケット・シーが、なぜか今はいなかった。
「ケット・シーですか? あの子なら弱った母の看護をしていますよ」
「へぇ……。で、おまえは帰ってやらないのか?」
ケット・シーの状況にウォルスは思わずそう提案した。
リベルティナの母の容体が安定してからでも、いくらでも再出発できるだろう。そう考えたウォルスだったがどうやらリベルティナの中では違うらしい。
「確かに、世間から見れば母の具合が優れないのに面倒を見ない娘は薄情者かもしれません。……でも、妖に憑りつかれていたからそうなったとはいえ、私は母を完全には許せません」
ウォルスはリベルティナの話に一理あった。
というのも、そもそも妖に付け入られる人間というのは元々そういった素質があるという話なのである。
例えば嫌いな食べ物があったとして、妖に憑りつかれることでその食べ物を平気になれるかという事に近い。
表面上は平気に見えるかもしれないが、妖の性質上憑りついた相手の生命力を奪って生きている様なものだ。憑りつかれた側は次第に疲弊していく。
そして、その状況が両極端であればあるほど、憑りつかれた側が限界を迎えるのが早い。
リベルティナの母を顧みてみると、相当長い期間憑りつかれていた様子だったので恐らくその素質があったのだろう。
心配性というか不安というか……。
「そうか……。ま、おまえの家の問題だ。これ以上俺がどうにか出来るってことはもう無いからな」
ウォルスは正直に感想を述べた。
今度の今度こそ、もう彼女にしてやれることはない。
「はい。ウォルスさん、私のために色々とありがとうございます。……って、話逸らして私を帰そうとしてません!?」
「はぁ!? 分かってるんならさっさと帰って、違う仕事探すなり実家行くなり、好きにすりゃいいだろ!?」
「もうっ、帰りませんからね! ぜぇーったい! なにせ、好きにしろって言ったのはそっちですからね!」
リベルティナの意地ともとれる確固たる意志に、ウォルスはため息をついて天井を見上げた。
一体この頑固さは誰に似たのか……。
ウォルスはどこかの小さい二足歩行の子猫の姿を思い出しながら、リベルティナのわがままに辟易したのだった。
『半妖退魔士と運命の人』はこれにて完結となります!
思い付きで突っ走ってしまったため、更新が安定せず申し訳ありませんでした!
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!




