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5.ふたりの騎士


 リベルティナが狼と対峙する少し前。

 リベルティナの実家に、見慣れぬ男性がふらりと訪れた。

 訪れたといっても男性は敷地に上がる訳でも無く、ただじっと邸宅の方を睨むように眺めては邸宅の大きな窓から中の様子を窺っていた。


(……なるほど、な。ここはヤツのテリトリーってわけか。……念の為結界を張っとくか……)


 木陰に隠れながら男性はそう考え、スッとその場にしゃがみ込む。

 そして、地面に指先で何かを描き始めたその時……。


「……ウォルス殿?」

「ほぁっ……!?」


 いきなり背中をつつかれながらそう声を掛けられ、男性――ウォルスは驚いて声が裏返った。

 バッと勢いよく後ろを振り返ると、主人そっくりな仕草で首を傾げている守護霊が立っていた。


「ばっ……、驚かすんじゃねぇ……!」

「す、すみませぬ……! 拙者、強い力を感じたがゆえにこちらにきたのではありまするが……。まさかウォルス殿だったとは」


 猫特有の丸っこい目をぱちぱちと瞬かせながら、リベルティナの守護霊であるケット・シーはウォルスを見上げた。


「……ところで、ウォルス殿はこんなところで一体なにを?」

「何って……。なんだっていいだろ……」


 呆れたように肩を竦めてはそっぽを向くウォルスに、ケット・シーはハッとあることに思い至りその目をキラキラと輝かせた。


「ま、まさかウォルス殿……! 覗きが趣味なのでございまするか……!?」

「違う、断じて違う!」


 いや、中を覗いていたには違いないが、やましい意味で覗いていたわけではない。


「じゃあ、すとーかーというやつでございまするか!?」

「んな訳あるかぁ!! ……ただ、通りかかっただけだ」

「はぁ……?」


 ウォルスの言い訳に、ケット・シーは疑いの目を向けた。

 ウォルスは段々、いや、ますます主人であるリベルティナに似てきているケット・シーに呆れたため息をつきつつ、視線をリベルティナの実家の方へと向けた。

 窓に映るのは、リベルティナの母と思しき金髪の女性。そしてその女性と対峙しているのは、今ではもうすっかり見慣れてしまった麦わら色の髪の少女、リベルティナだ。


「……しかし、おまえから聞いていた以上だな。……リベルティナの母に憑いているという妖」


 そう呟くように言ったウォルスが視界に捉えているのは、女性の身からわずかに漏れ出ている妖気。

 並みの退魔士では恐らく気付かないだろう、それほどまでにリベルティナの母に憑りついている妖は身を隠すのが上手だった。

 

「えぇ……っ!? み、見えているのでございまするか!?」

「見えてるって……。いや、おまえが見えないってどんだけ力弱ってんだよ……っ!?」


 ウォルスの衝撃的な事実にあわあわと慌てるリベルティナの守護霊に、ウォルスもまた別の意味で驚いた。

 後を付けてきて正解だったと、ウォルスは思わざるを得なかった。


「えっ、……あっ、ちょ……っ! せ、拙者、すぐリベルティナ殿のところへ戻らねば……!」


 そうケット・シーが言った矢先、リベルティナの母の姿が窓越しにぐらりと揺らいだように見えた。

 妖気が強まっている。ウォルスは急いでリベルティナの元へ向かおうとするケット・シーを手で制する。


「……まて」

「な、なぜでございまするか、ウォルス殿……!? 拙者は、主様をお守りせねば……!」

「まて、ケット・シー。今のおまえが行っても無駄死(むだじ)にするだけだ。……主を、守りたいんだろう?」

「ウォルス殿……?」

「……結界を張りたい。フィールドをこっち側にするために」

「……! ウォルス殿……っ!?」


 ウォルスがなにをしようとしているのか、ケット・シーはウォルスの意図に気付いて驚き、そして舞い上がった。

 

「……言っただろ、見れる範囲でなら守ってやるって。協力、してくれるよな……?」



 ――――・――――・――――



 襲い来る狼の姿をした化け物。

 リベルティナはもうダメだと、化け物からの攻撃に備えて身構えながらそう覚悟した。

 どうして母の様子がおかしくなっていったその正体を追及しなかったのか、肝心の守護霊であるはずのケット・シーがどうして今、リベルティナの側に居ないのか。

 浮かんでくる疑問や悔いは無数にあれど、今この状況でどうこうできるほどリベルティナは化け物に対しての知識や手段を持ち合わせてはいない。

 人が命の危機に陥ると世界を流れる時間がゆっくりに見えるというが、リベルティナは今まさに同じ現象を味わっていた。

 牙を剥いて跳躍する金の体毛の狼。その姿にリベルティナは息を呑むしかなかった。


 リベルティナがきたる衝撃に備えようときつく目を閉じた刹那、赤い閃光とともにバチィッ、という破裂音に似た衝撃音が弾いた。

 リベルティナと狼がその衝撃に驚いたと同時に、何かの強い力によって両者とも軽く弾き飛ばされる。


「――……ッ、誰ダ!」


 狼はくるりと身を反転させて床に着地すると同時に、そう叫んだ。

 リベルティナもまた、今何が起こったのか理解できずに狼の言葉に疑問を覚える。

 そして、状況を確認するために恐る恐るその目を開いた。


「――遅くなって悪かったな、リベルティナ」

「……っ、ウォルスさん……!?」


 いつもの聞き慣れた低く艶のある声。

 リベルティナを背に、庇うようにして狼と対峙するウォルスの存在に、リベルティナは驚愕した。

 一体何がどうなって、ウォルスはこの場に居るのだろうか。


「……なるほど、守護と召喚を絡めた術式か……。……フ、アハハハハッ!!! おもしろいヤツと知り合ったようだネ、リベルティナ!」


 狼がひとりごとを呟くようにして高笑いをした。

 リベルティナはウォルスに聞きたいことが沢山あったが、今は……、


「……っ、ウォルスさん! あの化け物がお母さんを……!」

「あぁ、分かってる。……面倒なヤツに憑りつかれたな」


 至って冷静に話すウォルスに、リベルティナは言い知れぬ安心感を覚えた。

 頼れる人が側に居る、それが、こんなにも心強いとは。


「――ウォルス殿っ! 結界、張り終えたでございまする!」


 不意にどこからかすっとんできたケット・シーがそう言ってウォルスの隣に降り立った。

 ケット・シーのその言葉で、リベルティナは守護霊であるケット・シーがなぜリベルティナのピンチに駆けつけてこなかったのか、その理由を悟った。

 最初から、このふたりは結託して動いていたのだ。


「サンキュ、ケット・シー。……んじゃ、後はあいつを倒すだけだな」


 ウォルスの瞳がキラリと赤く輝く。

 これが退魔士としての彼の姿なのだと、リベルティナは胸が高鳴った。

 リベルティナを守るふたりの騎士が、金色の狼と対峙する。


「……ぅ、……しかし、ウォルス殿。拙者は、かの者に対抗する術を持ち合わせておりませぬ……!」

「……つまり、俺ひとりで戦えと?」

「いいい、いや、決してそのようなことではっ、……ございませぬ……」


 最後の方は消え入りそうな声で呟いたケット・シーに、ウォルスは解決策を提示する。


「……ケット・シー、俺は前に言ったな? おまえらの問題は、おまえらで解決しろって」

「し、しかし……」

「だから……、俺の力を貸してやる。けりをつけるのはあくまでもおまえだ」


 ウォルスの言葉に、ケット・シーは静かに息を飲み、頷く。

 ケット・シーに守護霊としての役目を果たさせるため、ウォルスは自身の力をケット・シーに纏わせる。

 竜巻のようにぐるりと、暴風を思わせるウォルスの力がケット・シーの身に纏わりつく。

 そして、荒れ狂う力がケット・シーに収束した時、既にケット・シーはその面影を残すところ無く変貌していた。

 銀色の四つ足の獣、それが今のケット・シーの姿であった。

 妖力を宿した紅の瞳、艶やかな銀の体毛と二又に分かたれた尾には鋭い刃のような結晶が尾の先端に浮かんでいる。


「ウォルス殿……、かたじけないでござる」


 かつての面影を残していないケット・シーが、いつも通りの声でウォルスに向けてそう言った。


「――変化(へんげ)したか……。フフフ……、あの時は弱すぎて話にならなかったが……、せいぜい楽しませてくれよ……っ!」


 待ちくたびれた狼が、どこか嬉しそうにケット・シーを笑い、間髪をいれずに跳躍した。

 今度は牙ではなくその両の手についている鉤爪(かぎつめ)を鋭く光らせて、ケット・シーへと向かう。

 ケット・シーは狼の動きに合わせてサッと身を屈めると、二又の尾を振るって淡く光る剣を出現させては狼へと放つ。

 鉤爪と剣がぶつかり、鮮やかな火花と閃光が(きら)めく。

 目くらましのように狼の視界を奪った閃光に紛れて、ケット・シーはひらりと上空へ舞い上がる。

 そして、反応の遅れた狼にその牙と爪で最初の一撃を喰らわせた。


「クッ……、中々やるようだな……っ、だがっ!」


 狼がくるりと身を翻して回し蹴りをする。

 まだ地に足がついていなかったケット・シーは狼の蹴りをモロに喰らうが、こちらもまた上手く受け身を取り着地する。

 

 そして今度はこちらが先制といわんばかりにケット・シーは地を蹴る。

 それを迎え撃つように狼は自身の周囲に黄金に輝く魔法陣を出現させ、そこから光弾をケット・シーに向けて放っていく。

 ケット・シーは狼のその攻撃を駆けながら避けつつ、狼との距離を詰めていく。

 狼は距離を詰めるケット・シーの動きを読んで、その動きに反応しようと身を屈めたその瞬間、狼の体を淡い光を放つ鎖が縛る。


「……っ!」

「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ……!」


 ウォルスの手には狼を縛っている光の鎖が。

 動きを封じられた狼に、距離を詰めたケット・シーの一撃が華麗に入る。

 ズバッとケット・シーの刃が狼の体を引き裂き、狼の体が地面に沈む。

 少し離れた位置にスタリと降り立ち、狼の動きを窺うようにケット・シーは身構えた。

 狼は地面に倒れ伏したまま、未だ光の鎖で縛られている。

 だが、そんな不利な状況にも関わらず狼はどこかおかしそうにフフフ……、と笑った。


「フフフ……、アハハハハッ!!! ()()()()を扱える生き残りがまダいたとはねェ……!」

「……使えるものは使う、それだけだ」


 狼が縛られた体でゆっくりと立ち上がり、その身をぶるりと震わす。

 その動きで、光の鎖はあっけなく粉々に解けてしまう。

 負傷してもなお余裕を見せる狼に、ケット・シーはウォルスの側に舞い戻った。


「ウォルス殿……」

「……あぁ、分かってる」


 狼の言葉に、ケット・シーは疑いを確信に変えた。

 たったひとり、戦況に追いつけていないリベルティナを置いて、狼が今度はウォルスに向かって話をする。


「あァ、思い出しタ……、その赤い()。お前は……、半人半妖の軍神と恐れられた、()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 狼の言葉に、ウォルスがわずかに息を詰めたのがわかった。

 そして、ケット・シーもまたその名を聞いて全身に緊張が走る。

 たったひとり、リベルティナだけがその名の意味を知らない。

 リベルティナは思わずウォルスに視線を向けた。


「……あの時、確かに殺しタと思っていたのに……、ロゼの人間はしぶといネェ……」

「悪いな、今は妖の身なもんで」


 ウォルスは笑った。

 そして、片手をわずかに掲げると幻影の炎から両手剣を生み出した。


「……そういうことだ、ケット・シー。……どうやらコイツは、俺の敵でもあったらしい」

「……薄々気付いてはいたでございまするよ、ウォルス殿」


 ケット・シーとウォルスは目を合わせて、頷く。

 ただ話についていけていないリベルティナは、ただじっと狼と対峙するウォルスの後姿を見つめるしかできない。


 狼がリベルティナを前にした時、リベルティナの父を()()()()()()()()()()()()と言っていた。

 それはつまり、リベルティナもまた()()()()()()()()()()()()であることの証明であり、ウォルスの真名――名前のミドルネームに当たる部分――もまた、()()である。

 もし狼の言う話が事実なのであれば、ウォルスはリベルティナの……。


「あァ、そうだネ。……リベルティナは知らないよネェ……」


 狼はリベルティナの反応を見て、そう笑って口元を歪めた。


「教えてあげるヨ、リベルティナ……。君を守る騎士(ナイト)の正体を……。そこに居るのはネェ、かつてこの国を支配した一族の、王になるはずだっタ男だヨ」

「王……?」


 になるはずだった……?

 信じられないとリベルティナはウォルスに向けて視線を送った。

 ウォルスはただ、まっすぐに狼を見据えたまま剣を構えた。


「……昔の話だ」

「そうだネェ、昔の話さ! 親も側近も、皆みーんな殺してあげたのに、生きているダなんて、想定外だもの!」


 狼は一思いにそう言い切ると、なにがおかしいのかアハハハハッ、と高笑いをした。


(なんて酷いことを……!)

 

 リベルティナは言葉が出なかった。

 この狼はリベルティナの飼っていた猫だけでなく、ウォルスの大切な人の命までも奪っていたなんて。


「アーァ。……でも、残念だけど目障りだから……、今度こそきちんと殺してあげるネェ……っ!」


 狼が体を震わせて、遠吠えのような雄叫びをあげる。

 ウォルスとケット・シーは狼の攻撃に備えるべく、各々身構えたのだった――。



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