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2.退魔士ウォルス


「――じゃ、今日の仕事はこれで終了ってことで」

「えっ、もう閉めちゃうんですか……?」


 ウォルスの指示にリベルティナは驚いて思わずそう尋ねてしまった。

 窓の外を見れば日が沈んですぐ、暗くはなっているものの道を歩く人はそれなりにいた。

 リベルティナの予想としては、そういった職業の人は主に深夜帯に営業をしていて、昼間は避けているものだと思っていた。

 現にリベルティナが駆け込んできた時間はお昼を過ぎてからだったため、そういうものだと考えていたがどうやらここの営業は違うらしい。


「まぁ、確かに深夜帯に営業する連れ込み宿は多いな。……でもまぁ、うちの方針は日付が変わる前には閉めちまうから」

「そうなんですね……」


 そんな業務形態で本当に大丈夫なのか不安になりながらも、一応納得をして頷いたリベルティナは頭巾やらエプロンやらを外してひとつに纏める。


「あの、ウォルスさん。この服はどこへ……?」

「ああ、それなら洗濯室に置いといてくれたらいい。次店開けるまでに業者が回すから」

「業者……」


 洗濯専門の業者なんているのか、とリベルティナは驚いた。

 てっきり洗濯室があるから営業後に従業員が洗うものだと思っていたが違うらしい。

 リベルティナは洗濯室へと脱いだエプロンの塊を洗濯物が積み上げられた籠の中に放り込んでから、事務所へと戻る。

 営業終了後の後始末は意外と簡素で、お金関係はウォルスが、戸締りをリベルティナが担当することとなった。

 宿の窓と部屋の鍵の確認をして、ウォルスに指示を仰ぎながら事務所の後片付けをして終了。

 最後にウォルスが宿の鍵をがちゃりと閉めたところで、


「……はい、これで営業終了、おつかれさん」

「ぁ、はい。……おつかれさまです」


 といった感じで終わった。

 ウォルスは宿の鍵をズボンの右ポケットにしまいながら、リベルティナに向かって口を開く。


「んじゃ、家まで送ってくから。道どっち?」

「へ……? い、いやいや、大丈夫ですよ! 私、ひとりで帰れますし……!」


 突然何を言い出すのか、この人は!

 リベルティナはぶんぶんと首を横に振った。そこまで面倒を見てもらう義理はない。


「……いや、危ないだろ、夜にひとりで帰ったら」

「そんなことないです……! 私、そこまで子供じゃありませんし……! それに、ウォルスさんの迷惑になったら申し訳ないですし……!」


 もし帰える方向が反対だったらどうするんだ、とリベルティナは焦った。

 間一髪、リベルティナを実家に強制帰還という危機から救ってくれたウォルスにそこまで面倒をかけるわけにはいかない。

 リベルティナはそういった意味を込めて首を横に振る。

 ウォルスはそんなリベルティナの右肩へと視線をやり、じっと何かを見た。

 そして、リベルティナの言葉に対して首を横に振った。


「迷惑とは思っちゃいないが……。そもそもの話、うちで働くことを認めたのは俺だ。……大切な従業員にもしもの事があったらこっちとしても困る」

「ぁ……、はあ……」


 そこまで言われればリベルティナも認めざるを得なかった。

 意外にもリベルティナの事を気にしてくれているのだなと、どこか妙な気持ちになりながら渋々リベルティナは今住んでいる家――というかアパートの道順を案内する。

 

「えっとですね……、ここからそんなに遠くはないんですけど、この通りをまっすぐ行った先にある交差点のところの『アーク・エンシエル』っていう名前のアパートで……」

「……は? それって、すぐそこの交差点の青煉瓦(れんが)の屋根のとこ、だよな……?」

「あっ、はい、そこです。よくご存じで」

「いや、だってそこ……、俺が住んでるとこだし……」

「えっ、そうなんですか! すごい偶然ですね!」


 たまたま転がり込んだ先で働いていた人が同じアパートに住んでいるという事実にリベルティナは何だか親近感が沸いた。

 知り合いのひとりもいないこの町で少々不安ではあったが、それなりに頼れるというか、見知った顔の人間が近くにいるという安心感にリベルティナは妙に嬉しくなった。

 一方のウォルスはというと、リベルティナとは対照的な反応で非常に嫌そうな雰囲気で額に手を当てて視線を落とした。

 そうこうしている内にアパートまで辿り着いてしまう。ウォルスはさすがにないだろうと思いながらも一応考えていたことを尋ねてみた。


「あー……、じゃあ、まあ、さすがに階は違うだろ、な?」


『アーク・エンシエル』は三階建てのアパートだ。さすがに同じ階であることはないだろうとウォルスは踏み切っていたがリベルティナが言い放った言葉に衝撃を受ける事となる。


「階ですか? 305号室ですけど」

「はぁ!? 305!?」


(俺の部屋の向かいじゃねぇか!?!!?)


 ウォルスは内心叫びたいのをぐっと堪えた。

 いや、そんな偶然、奇跡があり得るはずない。

 だが、小首を傾げて不思議そうにウォルスを見るリベルティナが嘘をついているようには見えなかった。

 ウォルスはとんでもない確率に遭遇した衝撃と、知り合いがすぐそばで生活している事実に頭を抱えた。


「はい、305号室です。母がアパートに住むならできる限り上階に住みなさいと……」


 リベルティナの言うことは間違ってはいない。確かに上階の方が安全性は高い。

 いや、だからといってお向かいになる確率は相当なものではあるのだが……。


「あー……、そう。そうね……」

「ちなみにウォルスさんのお部屋は……?」


 ウォルスは教えたくない気持ちを抑えて、心を落ち着かせるために一呼吸置いてからリベルティナの言葉に返答する。


「……おまえの向かいの部屋」

「……お向かいさん、なんですか?」

「まぁ……、そういうことになるな」


 リベルティナはすごい奇遇だとぱっと顔を輝かせた。

 人生の中でこんな確率は滅多にみないだろう。

 それに、そばに頼れる人が居なかったリベルティナにとって、こんなにも近くに頼れそうな人がいるという事実がリベルティナにとって安心をもたらした。


「へー! あ、じゃあ時々お伺いしてもいいですか? これからたくさんお世話になると思いますし、お礼もかねて……」

「はぁ!? いや、そういうのはいい……! だいたい、年頃の子がそう軽々しく男の部屋に寄るとか言うな。……いいか、今後一切仕事以外のことで俺に絡んでくるな……! 勘違いされるだろうが!」

「はぁ……? そうですか……?」


 一体誰に勘違いされるのだろう。

 リベルティナが首を傾げたところで、完全に警戒体勢をとったウォルスが威嚇するようにリベルティナに向かって、


「ほら、もうさっさと部屋入って寝ろ……!」


 と言うだけ言って帰っていった。

 ひとり共用通路に取り残されたリベルティナは、何か変な事を言っただろうかと自覚する間もなく首を傾げるしかなかったのだった。



 ――――・――――・――――



 バタン、と半ば力任せに部屋の扉を閉じ、即座にガチャンと鍵を掛けたウォルスはそのまま扉に背を預けるようにして息をついた。


(何だってこんな目に……)


 じろりと睨みつけるように室内の暗闇に目を凝らした先にあるのは、細々(こまごま)とした何かの物品。

 ウォルスはそれを拾い上げつつ、めんどくさそうに部屋の明かりを付けた。

 室内は様々な物で溢れかえっていて、一般の人が見たら汚部屋……というよりは物置のような印象を受けるだろう。

 生活に必要そうなものやゴミというものではなく、よく分からない本やら小道具やら……。

 どうやらウォルスが拾った物もその類のようなもので、なんだかよく分からない棒の先にガラス玉のような球体が引っ付いている。

 ウォルスはそれをダイニングテーブルの上に置くと、いつも寝床にしているリビングへと向かう。

 リビングは部屋の中央部分にだけ空間が開いており、そこに適当に小さなローテーブルを置いたりしている。


 ウォルスは久しぶりに帰ってきた部屋に安心して、ドッと疲れが出たのかリビングの床にへたり込んだ。

 そして、ローテーブルの上に置いてある酒瓶を手に取ると仕事の疲れを癒すかのように酒瓶の蓋を開けてそのまま口を付ける。

 いつもの酒の味、いつもの部屋。

 ウォルスはおもむろに立ち上がるとリビングにひとつしかない窓へと向かい、がらりと窓を開けた。

 窓の外からの景色はいつもと変わらない、この国ならではの煉瓦と石造りの町並みだった。


 先ほどまでの出来事がまるで嘘のように感じる程、普段と変わらない風景にウォルスはほっと息を吐いた。

 そして、明日以降のことを考えて俯く。

 何だってあんな訳ありの人間を雇い入れてしまったのだろうか。後悔に苛まれたとて、今更撤回することもできるはずはなく、ウォルスは深いため息を吐いた。


「……あの~……」


 ふと、ウォルスの耳に聞き慣れない弱々しい声が入った。

 思わずバッと声のした玄関の方へ視線を向けると、そこには自身の膝下よりも小さい小動物のような存在がリビングへ続く戸の陰に隠れるようにしてこちらを見ていた。


「なっ……! おまえっ、どっから入った……っ!?」

「どこからって言われましても……、拙者、霊体的なもので……」


 そう言う小動物のような存在は自身の姿を顧みるようにして僅かに俯いた。

 見た目は二足歩行の猫、灰色と白のバイカラーで、いわゆるハチワレという模様なのだろう。

 だが猫にしては妙に古臭い色合いのチュニックと、裾が擦り切れたマントを身に(まと)っていた。


「……そいつは分かってる。あいつに憑りついていた(あやかし)だろう?」

「ええ、勿論でございまする……。あの、それで……」

「帰れ」

「ええ……っ!? せ、拙者、まだ何も言っていないでございまする……っ!」

「いいから帰れ。大体、おまえはあいつの守護霊だろう?」

「わ、わかるのでございまするか……!?」

「……分かるに決まってるだろ。本業はこっちなんだから」


 ウォルスのその言葉を聞いたや否や、リベルティナの守護霊だという妖は猫らしい丸っこい瞳をキラキラと輝かせてウォルスを見つめた。

 ウォルスの背筋に、ひやりと嫌な予感が走る。


「や、やはり拙者が見込んだ……、思った通りのお方……! あああ、あの……! 後生でございまするから、どうか拙者の話をきいてはくれませぬか!?」

「はぁ? なんで俺が……」


 渋った表情をしたウォルスの目の前で、猫の妖は膝をつき、両手をついてかしこまった。

 そして、頼んでもいないのに話し始める。


「実は、我が主は今窮地に陥っているのでございまする。……というのも、我が主の母上殿が、悪い妖に憑りつかれておるのでございまする。その妖は、我が主の命を狙っているのでございまする。拙者は主を守る守護霊として、これまで力を尽くしてきたのでありますが……。拙者の実力では主を母上殿の配下から命からがら逃がすことしか出来ず……。未だ、主の母上殿は妖に憑りつかれ、侵されたままなのでございまする……。拙者、先祖として……、主を守る守護霊として、どうにか母上殿をお救いしたいのでありまする。ですが、拙者の実力ではどうしても……。そんな時、あなた様の強いお力を感じたのでありまする……! どうか、お願いであります……! 拙者の、主のお力になってはくれませぬか……!?」

「断る」

「そ、そんな……っ! 後生でありますからっ、どうにかお力をお貸ししてはいただけませぬか……!? な、何卒……っ!」


 守護霊はそう言って、床に額を擦り付けるほど深く頭を下げた。

 その様子を見て、ウォルスはゆっくりと息を吐くようなため息をついた。

 そして、これでもかというほど頭を下げる守護霊に対して、冷ややかな言葉を投げつける。


「……つまり、あいつを俺の所へ向かうように仕向けたのはおまえだったって訳だ」

「ぅ……、それは……、そうでございまするが……」

「……おまえ、自分の主がいくつか考えたことあるか? 20だぞ? まだ成人して間もない。それに、おまえの話を聞く限りろくに世間を知らない箱入り娘だ。そんな子が、こんな薄汚い業界に来てどうする? もっと、俺より力も地位もあってまともな退魔士やら霊媒師がいたろ? わざわざ俺のところに来なくったって……」

「い、いや……! あなた様でなければならないのでございます……!」


 守護霊がバッと顔を上げる。

 その瞳は今にもこぼれ落ちそうなほど潤んでいて、今日初めて会った少女の面影を思わせるような意思を宿していた。


「拙者……、あなた様からは強いお力だけでなく、何か運命的な、強い縁も感じておりまする……! それに拙者、あなた様が困っている人をそう易々と見捨てるようなお方ではないと確信しております……! どうか、僅かばかりでもお力をお貸し頂けないでしょうか……!?」


 ウォルスは守護霊の言葉に息を詰めた。

 一体何がこの守護霊をそう思わせるのか。

 

「……事情は分かった」

「……! で、では……!」

「……いや、悪いが協力はできない」

「そ、そんな……! なぜでございまするすか……!?」

「……おまえらの問題はおまえらで解決しろ。言ったはずだ、仕事以外の事で俺に絡んでくるなと」

「う……、そ、それは……」


 守護霊ががっくりと項垂(うなだ)れる。ウォルスは心の中で申し訳ない気持ちになりながらも、いつも以上に面倒な事になりそうなこの依頼を断ることにした。

 退魔士やら霊媒師やらの類はウォルス以外にもたくさんいる。

 何もこんな下賤(げせん)な側の退魔士に頼まなくても、リベルティナのような家の出であればもっと良いやつが見つかるはずだ。


「うぅ……、仕方ありませぬ。……あなた様がそこまで仰るのであれば、拙者も諦めるのでござりまする……。ウォルス殿、お手間を取らせてしまい、誠に申し訳ないでございまする……」


 そう言って守護霊は項垂れながらよろよろと立ち上がり、戸に手をつきながらウォルスに背を向けた。

 その後姿が今にも消え入りそうに見え、ウォルスは思わずこう口走ってしまった。


「おい、守護霊。……確かに協力はできないが、俺もあいつを従業員として雇い入れてしまった責はある。だから、その……、見れる範囲でならあいつの事を守ってやる」

「……! ほ、本当でございまするか……っ!?」


 ウォルスの言葉に振り返った守護霊の表情がぱっと明るくなる。


「っ、見れる範囲で、だからな……! 基本は守護霊であるおまえが守れ、いいな?」

「……っ、承知したでございまする……っ! あぁっ、なんとお礼を申し上げたら……っ。やはりウォルス殿は拙者が見込んだ通りのお方~……っ!」


 そう言って非常に嬉しそうなリベルティナの守護霊は猫らしくバッとウォルスに飛びついてきた。


「はぁ!? ちょ、おまえっ、離れろ……っ!」

「拙者っ、一生ウォルス殿についていくでございまする~!」

「お前の主人はあっち! あ~、もう帰れっ!」


 ひっついてくる守護霊を何とか引き剥がそうとウォルスはもがいた。

 だが、基本が猫なのかすばしっこい身のこなしでウォルスの手をすり抜けていく。

 ウォルスは思わず守るなんて口走ってしまった自分に、どれだけお人好しなんだと自分の性格をわずかに呪ったのだった。


 

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