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プロローグ ワケアリ少女の駆け込み宿


「――お願いします! ここで働かせてください!」


 そう言って目の前の少女は頭を深く下げた。

 背中まで伸びた艶のある亜麻色の髪を肩から垂らし、必死さが滲み出る声でウォルスに訴えかける。

 ウォルスは眉を(ひそ)めた。なにせ、この場所――ウォルスが経営しているのはいかがわしいことを目的とした人たちが利用する、いわゆる連れ込み宿というものだ。

 ウォルスは思わず視線を落とし、手元にある少女の経歴書に目を通した。

 もう何回も読み込んでしまった、端正な字で書かれたその書面を呆れた様子でため息を吐きながらもう一度目を通す。


 ――リベルティナ・ローズ・ドラジェ。20歳。職務経験、ナシ……。


 一応、成人は迎えている。一応は。

 いくらいかがわしい宿といえど、成人しているならば余程の理由がない限りウォルスは面接に来た人を拒まない性分であった。

 少なくとも、その場で落とすような無礼なことはしない。

 だが、この少女――リベルティナに対しては例外だ。


 着ている衣服こそ一般庶民のそれと同じではあるが、それなりに人を見てきたウォルスは肌感覚でなんとなくわかった。

 濁りのない澄み切った綺麗な(すみれ)色の瞳、きめの細かい肌、淡い麦わら色の絹のような髪。

 これはどう見ても、そこら辺で雑草のように育ちましたというような人物の見た目ではない。

 更に、字が書けて、家名があるということはそれなりの出の人間なのだろう。

 それに、――彼女は見えていないだろうが――リベルティナの側に控えている小動物のような存在が、普通の出自ではないことを物語っていた。

 ウォルスは額に手を当てて、考え込む。

 

 必死の表情で働かせてほしいと望むリベルティナには何か理由があるのだろう。

 だが、あからさまなお嬢様であろう目の前の少女を、こんな場所で働かせていいのだろうか。

 いや、いいわけないだろう。

 他に探せばもっといい場所があるはずだ。少なくともどこかの令嬢のメイドなり、もっとまともな職に就ける。

 字が書けて、家名がある。容姿もそこまで悪いわけじゃない。

 それに、恐らくこの小動物のような()()()は、守護霊だろう。

 守護霊が側につく人間は基本的に実家が太い。

 そんな子をこんな場所で働かせるなど以ての外ではないか。

 ウォルスは事情があろう少女に向けて、心苦しい気持ちを抱えながら口を開く。


「……悪いが、君をここで働かせられない」

「ど、どうしてですか……っ!?」


 リベルティナの悲痛に満ちた問いがウォルスに放たれる。

 ウォルスはもう既に説明しきった事をもう一度話して、リベルティナを説得しようと考えて顔を上げる。


「……さっきも話したが、ここは連れ込み宿だ。……庶民向けのな。君のような身分のある子が働きに来る場所じゃない」

「身分って……。私、そんな身分のいい出自じゃないです。それに、ここがどういった場所なのかも理解した上でお話しています」


 リベルティナの返答に、ウォルスはまた頭を抱えた。

 綺麗な菫色の瞳には確固たる信念のような、それでいて何かに怯えている様な意思が宿っていた。

 ウォルスはこの頑固な少女をどうするべきか、そもそもどうしてこうなったのかを嘆くように天井を仰いだ。

 天井の隅っこでは、小さな蜘蛛が巣を作っていた――。


 

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