僕の幼馴染、もしかして僕のことが好きなのでは?
僕の幼馴染はもしかしたら僕の事好きなのかもしれない。
僕がそう思い始めたのはつい最近のこと。友人に勧められて生まれて初めてアニメ、それもラブコメというジャンルのものを鑑賞してからだ。
僕はこのアニメに出会うまで、てっきり幼馴染であるレイちゃんにはものすんごく嫌われているものだと思い込んでいた。
というのも、僕が何かに失敗する度、例えば授業で使う教科書を忘れてしまった時等に
「全く、タクミったら本当に鈍臭いわね。え、私の? はぁ……たまたま持ってきてたから貸すけど、もう二度と貸さないんだからね」
「ご、ごめんレイちゃん」
「全く……謝るんじゃなくて感謝をしなさいよね」
「……ありがとう」
「べ、別にあんたのためじゃないんだから!」
ね? どう見ても嫌われてるでしょ? だって見た?彼女、僕と顔を合わせてすらくれないんだよ。小さい頃からの仲なのに、こんなのもう嫌われてるとしか思えないよね。
上の例に挙げたように、幼馴染であるレイちゃんはどこからともなく現れたと思ったらいつの間にか僕の隣を陣取ってため息をつき、別に何も言ってないのに教科書を差し出して来ながら悪態をついてくる。
そして彼女に求められた対応をしたとしても、顔は逸らされ、目すら合わさずになぜか怒ってくる。僕の顔はそんなに見てられないくらい醜悪なのかと一人悲しくなることも多かった。
以前までこのようなレイちゃんの行動の意図は僕の悪評を少しでも広め、辱めるため、そして教科書を貸してくれたのは、僕に対する貸しを作りまくっていつか何百倍にも膨れ上がったお金を取り立てるためのものと思い込んでいた。
……が、アニメを見て、"ツンデレ"という概念がこの世に存在すると知った僕の世界の見方は、その日から180度変わった。変わってしまった。
以前までは嫌われているとばかり思って話しかけられる度にビクビクしながら接していたが、レイちゃんが俗に言う"ツンデレ"という属性を持ち合わせている可能性があるという事に気づいてしまった今、僕は彼女にどう接したら良いのか、深く悩んでいた。
「ちょっと、どこ見てるのよタクミ。ぼーっとする暇あるなら忘れ物ないかくらい確認したら? まぁ、鈍臭いあんたのことだからどうせ今日も何かしらは忘れてるんでしょうけどね」
「……うん」
「……気の抜けた返事。じゃあ私はもう行くから」
朝のHR前、彼女はそう言うと立ち上がり、他の女子と少し会話をしたと思うと、自分のクラスへと戻って行く。
彼女のクラスは5組。10組である僕とは随分離れたクラスに在籍しているが、よくもまぁ5組からはけっこう離れている10組まで顔を出しに来るものだ。それだけさっき話していた女の子と仲がいいのだろうか。それともやっぱり……
「ダメだ。授業に集中できない……」
突如として僕に示された新たな概念のせいで、今日一日の授業は全く身が入らなかった。期末テストも近いし、このもやもやした気持ちのままだと推薦で大学入学を目指す僕の成績と内申点にヒビが入る。このままじゃダメだ。このままじゃ……
早く彼女の行動の意図の真相を確かめなければ……
「あ、タクミくんっ。もう帰るの? 珍しいね。放課後はいつも残って勉強してるのに〜」
「ん? あ、桐生さんか。……たまには勉強する場所を変えようかなと思ってね」
学校ではどうしても彼女の事が頭に過ぎってしまい勉強に支障をきたすため家に帰ろうとするも、同じクラスの女子 桐生ミミ に背後から呼び止められる。
「そっかぁ、残念。タクミくん頭良いから勉強教えてもらおうかと思ったのに……」
あからさまに肩を落とす桐生さんは、心底残念そうな雰囲気を醸し出す。少しわざとらしいが……僕よりも頭一個分、いや二個分ほど低い身長と、持ち前の愛嬌も相まってそれさえも可愛らしいマスコットのように見えるため、全く不快にならない。もし母親にこんなわざとらしいパフォーマンスを眼前でされたらと思うと……思わずゾッとする。
「それじゃ、また明日」
「えぇ〜、もう帰っちゃうの? ちょっと待ってよっ」
それじゃあと手を振り、教室から出ようとするも再び彼女に呼び止められ手を取られる。
「…まだ何かあるの? ……ってうわぁ!」
彼女に取られた右手を見てみると、いや胸! 胸が当たってる!
「ん〜? どうしたの? 急に大っきい声出して」
「い、いやその……む、胸が」
わざとなのか分からないが、桐生さんは戸惑う僕の手を余計に自らの谷間に埋め、下から顔を覗き込むように上目遣いで見てくる。
当たってるというか埋まってるよ俺の右腕が!ヤバいヤバいこんな状況誰かに見られたら不純異性交遊で風紀員から先生に連絡……おっぱい。保護者に報告そして停学……おっぱい。学内での異性遊びで内申点に響き進学が不可に……おっぱい。
あぁぁぁ、ダメだ! 桐生さんの胸のせいで考えがまとまらない! このままじゃダメだ、早く振りほどかないと!
何故だ?! 何故桐生さんは急にこんなことを?! まさか、まさかレイちゃんのようにこのスキンシップが桐生さんの好意の伝え方なのか……?! 分からない、分からない!
「き、桐生さん当たってる! その!胸が当たってるから!」
「えぇ〜? 聞こえな〜い」
か、確信犯だ! 彼女は今、僕が指摘したと同時にあろうことか何にも捕らわれていない左手に指を絡め始めてきたぞ! これはもう僕のこと好きだろ! 僕知ってる、こいういうの痴女って言うんだ! 〇研ゼミでやったところだ!
こんなにアピールしてくるなんて聞くまでもないけど、一応言葉にして聞いておかないとまたレイちゃんの時みたいにもやもやしてしまうだろう。いや、ムラムラの間違いとかではなく。……何考えてるんだ僕は。とにかく明言してもらわないと……!
「き、桐生ってその……こんなことしてくるってことはぼ、僕のこと好きなの……?」
「……? あっはは。おもしろいこと聞くねタクミ君」
「そ、そうかな?」
今まで恋愛なんて一切縁がなく、そして話したことのある女の子なんてレイちゃんくらいしかいないため、彼女と話していた時のように少し発音が詰まってしまう。
桐生さんは少し微笑んだかと思うと僕を押し倒し、僕の上に跨り馬乗りになる。彼女はそのまま重力に従い僕の顔に口元を近づけると……
「そんなわけないじゃんっ。ばーか」
「……え?」
僕の耳元へと近づけられた桐生さんの口は、吐息混じりに僕の考えを否定し、罵倒してくる。
「タクミ君さ、九州大学に推薦で行くつもりなんだよね?」
「え? そ、そうだけど……」
仰向けになった僕に跨ったまま、桐生さんは言葉を続ける。
「実は私も九州大学に入りたいの。でもさ、校内の成績はタクミ君がずっと一位だし、それにタクミくんって休日にはボランティアにも行ってるんだってね」
胸に埋まっていた僕の右腕を解放すると同時に、桐生さんは馬乗りになったまま両手で腰の辺りまである長い髪の毛を一つに束ね始める。髪をまとめている最中は両脇ががらんと開き、先程まで右腕が埋まっていた大きな乳房がブレザーの中に窮屈そうに閉じ込められている様子がより一層強調される。
「私もさ、勉強は頑張ってるし、授業中もたくさん発表してるし、皆が煙たがるような行事ごとで前に出る役割にも参加してるし……昨日だって先生がプリント重そうにしてたから職員室から一緒に運んであげたんだよ?……でもね。でも、ダメだったの」
「桐生さん……? 一体何する気……?」
髪を一つに束ね、体育の授業の時のように髪型をポニーテルにし終えた桐生さんは、未だ僕の上に跨ったまま、今度は制服のブレザーをゆっくりと脱ぎ始める。
「いくら発表しようと、いくらお手伝いしようと、いくら、勉強を頑張ろうとも……先生たちが見ているのは圧倒的に成績の良いタクミ君だけ。それに成績が良いだけじゃ飽き足らずボランティアまでしてるなんて。そしてこの学校の九州大学への推薦状を書けることができるのも一人だけ。……だからさ、タクミくんには諦めて欲しいんだっ」
「諦める……? 何言ってるの? 桐生さんはなんで制服脱いで? ……ッ!」
「ここまでしてるのに気づかないなんて津釣さんがいつも言ってるようにほんとに鈍感なんだねタクミ君は。もしこんな状況を誰かに見られて、私が"君に襲われた"なんて言おうもんならどうなるかは流石にもう分かるよね?」
「ッ! 桐生さんまさか……!」
「あはは、やっと気づいたの? でもね、もう遅いよ。……あ、暴れないでよタクミ君。勉強一筋だった君が強化部活に入ってる私に力で勝てるわけないんだからっ」
桐生さんが僕を好きだなんてとんだ勘違いだ! 彼女が今しているのは正にハニートラップ! まさか僕がこんな罠に引っかかってしまうとは……! いや、今はそんなことどうでもいい! 今まで必死に勉強して来てようやく推薦が見えてきたってのに、こんなところで台無しにされるなんて嫌だ!
「くっ……やめてくれ……!!」
「あははっ。いいねいいよその表情! 私、普段学校ではいい子演じてるけど……ずっとずぅっとこんな風にタクミ君を襲って食べちゃう妄想をしてたの! あのね、タクミくん。私タクミくんが嫌いだからこんなことするんじゃないの。むしろ努力家なタクミくんのことは好きな方だよ。でもね。私は学歴にうるさい家庭で育ったんだ。だから、ごめんね」
僕の必死の抵抗も虚しく、流石は運動部といったところか、力で彼女に制圧される。中学からずっと勉強しかしてこなかったとはいえ、力で同学年の女子に負けるのは流石に男としてのプライドが傷つく。こんなところレイちゃんに見られたら、おそらくいつものように目は合わせずとも"頼りない"だの"男のくせに"だの散々貶されてしまうに違いない。
……? 他の女子が僕に跨っていて貞操の危機を迎えているというのに、どうして僕はレイちゃんのことを考えて……?
「……もしかして泣いてるの? そ、そんなに私に犯されるのがやなの……?」
気付けば、涙がこぼれ落ちていた。理由は分からない。ただレイちゃんの事を考えると、胸が締め付けられる。
こんな気持ち、初めてだ。知らない感情。下着姿の女子に跨られているから湧き出てきた感情ではない。一体何なんだこの感情は……
……いや、レイちゃんに嫌われていると思いながらも自分から離れるということをしなかった時点でこの感情の名前はもう、説明がついている。
こぼれ落ちる涙を両手で必死に拭っていると、桐生ミミは跨り続けながらも急にオロオロとし出す。その様子は、まるで僕が泣き出すのは完全に予想外だったと言わんばかりのものだった。
レイちゃんの事を考えると胸が締め付けられる。苦しい。まるで息の仕方を忘れたように上手く呼吸が出来なくなり、息が荒くなる。
苦しい思いはなるべくしたくない。わけも分からず泣き出しそうになるのもいやだ。でも、それだとしても……
「会いたいよ。レイちゃん……」
涙がこぼれ落ちた時のように、自然と口から言葉もこぼれ落ちる。
「タクミいる? よくあんたは一日中学校に居れるわね。たまには家に帰りなさい。何だったら今から私と……………って、あーーー!!」
「!? 津釣さん?!」
「え……? レイちゃん……?」
勢いよく開かれた教室の戸から津釣レイが顔をのぞかせる。いつものように顔はあさっての方向を向いているが、腕だけは一丁前に組んでいる立ち姿は、ピンチに駆けつけたヒーローのように輝いて見えた。
「ちょっとタクミ! なんであんたの上に上裸の女が乗ってるのよ! 説明しなさい!」
「つ、津釣さん?! 言っておくけどちゃんと下着は付けてるから! あと、これは色々とあって」
「あんたには聞いてないわよ黙りなさい! タクミ、何か言ったらどう?!」
僕たち二人を見下したように指を指し、僕の説明を求めるレイちゃん。その指と肩は微かに揺れ、下唇は強く噛まれていた。
こんな状況普通なら弁明なんて聞く由もないだろう。けれどレイちゃんは僕の話をちゃんと聞こうとしてくれている。この状況を招いてしまったのは僕だ。何も言うことは無い。……でも、幼馴染であるレイちゃんにだけは誤解して欲しくない。会いたいと願っていた。それを聞いたように姿を現してくれた。……なら、言うことは一つだ。
「助けて、レイちゃん……」
青向きの体制のまま、逆さになった顔をレイちゃんの方へと向けて助けを乞う。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、長年一緒に育ってきた僕の幼馴染に今までで一番みっともない姿で助けを乞う。
「……大体事情は分かったわ。全く、本っ当に鈍臭いわねあんたは」
「ぐすっ……うん。鈍臭くてごめんね」
「もう大丈夫だから」
レイちゃんは僕の一声だけで全ての事情を大体察したのか、僕の近くまで来るとしゃがみ込み、ぐしゃぐしゃの顔を撫で、安心させるような心地の良い声で慰めてくれる。
こんなに優しいレイちゃんは初めてかもしれない。やっぱりレイちゃんは……いや、違うな。やっぱり僕は……
「確かあんた、桐生ミミね? 成績は学年トップクラス。女子バレー部では部長を務め、先の体育祭は実行委員長だったらしいわね? 正に文武両道を文字にしたような人。容姿も端麗だし男子人気も高いと聞くわ。そんなあんたがなんでタクミなんかに言い寄ってるかは……まぁ、一つしか思いつかないわね」
「ち、違うよ? 多分津釣さんが考えているような事は何一つないよ? 私は寧ろ被害者なの。タクミくんにしつこく迫られて無理やりなの!」
淡々と詰めるレイちゃんにあくまでも自分は被害者だと主張する桐生ミミ。だが彼女の思惑通りにはいかない。津釣レイは冷静に、だが確実に詰め、彼女を正論で殴る。
「無理やり……? 嬉々として男に跨っている女と泣きながら助けを求める男の子。この構図を見せられて無理やり迫られたは無理があるでしょ。大方タクミの志望大学の九州大学への推薦状でも掻っ攫おうって魂胆でしょ? 見え見えなのよ、この腹黒女が」
レイちゃんは一見冷静に見えるが、ギリギリと歯を食いしばり、握られた拳が震えていることから相当苛立っているのが分かる。こんなに怒っているレイちゃんを見るのは、長年一緒にいる僕でさえ初めてかもしれない。
「なっ、腹黒……? ……いい? 立場が分かっていないようね。私の制服にはタクミ君の指紋が付いてるの。しかも胸にね。これを先生たちに証拠として提出したらどうなるかぐらい……津釣さんでも分かるでしょう?」
「なっ……む、むむむ胸?! ちょっとタクミ、この女の胸を触ったってのは本当?!」
「触ったんじゃないよ。触らせられたんだよ……僕が振りほどこうとしても普通に力負けしちゃって……」
胸を触ったという事が自分の意思ではないが事実ではあることを確認し追えると、レイちゃんは見る見る内に顔を赤面させていく。意外とウブなところもあるもんだと思っていたら、レイちゃんのヘイトはどうやら僕へと移ったらしく
「いつまで跨ってんのよどきなさい!」
「ひゃあっ……?!」
レイちゃんは今の今までずっと僕の股間付近にかかっていた重りの両肩を掴んで後ろに放り投げると、しなしなになっている僕の胸ぐらを掴み激しく揺らし出す。
「あ、あの女のむ、むむむ胸を触ったのね?! いくら無理やりだったからってそれは……そればっかりは許せないわ! タクミはきっとえ、えっちな妄想とかしたんでしょ?! あの女で!」
「お、おお落ち着いてレイちゃんんん。か、か体を揺らすのはややめててて」
揺らされながらも応えた僕の一声にぐるぐるした目からはっとした表情に変わったレイちゃんは、掴んでいた胸ぐらを解放し、握りしめていた部分がシワにならないようにカッターシャツを伸ばし、乱れた襟を正してくれる。
「い、いきなり問い詰めたのは悪かったわ……。そ、それで実際のところどうなの……? ほんとにあの女でいやらしい妄想した……?」
互いにぺたんと座り込み、目と目が合う。今日はレイちゃんと目がよく合うな。いつもは意識してなかったけど、綺麗な目だ。黒色なのに、透き通ったような透明感さえも感じさせる瞳は、吸い込まれそうになるほどに僕の目には魅力的に映った。心臓の鼓動が高鳴り、レイちゃんに聞こえてしまうのではないかと思うくらいにうるさくなる。
「ちょっと聞いてるのタクミ? どっちなのかって聞いてるんだけど!」
プクーっと顔を膨らませて顔を覗き込んでくるレイちゃんはとても可愛い。……って見惚れている場合じゃない。早く弁明しないと! 桐生ミミで変な妄想をしていない証拠……証拠は……。……ッ!!
男の体は単純だ。性的興奮に脳が刺激されれば自身の竿がいきり立つような設計になっている。実際女子に言い寄られ、胸を触った興奮よりも、犯されること、そして将来への恐怖が勝っていた僕の息子は戦闘態勢にすら入っていない。それに何より……
「安心して、レイちゃん。僕は桐生ミミみたいな巨乳には興奮しないから。ほら」
「〜〜~っ!! そんなもの私に向けるんじゃないわよ!エッチ!」
「えっ!?」
僕はレイちゃんのようなスレンダー体型がどストライクに好みなのだ。まだレイちゃんが"ツンデレ"になる前、中学生という思春期真っ只中の僕にとって、親同伴で一緒に海へとBBQしに行った時のレイちゃんの水着姿を見た時の衝撃は計り知れないものだった。三つ子の魂百までと言うように、実際には13、14歳頃の出来事ではあるが、その時に僕の性癖はスレンダー貧乳美少女へと決定したのだ。
回想しているのも束の間、完全に蚊帳の外だった桐生ミミが口を挟んでくる。
「私を無視して話を進めないで! それに私の体に興奮してなかったことが軽くショックなんだけど……そ、それでも私にはこの指紋という証拠品があるから! あんたたち、覚えてなさいよ!」
「あっ、ちょ、待」
桐生ミミはまるで典型的な悪役の捨て台詞を吐いたかと思うと、急ぎ足でワイシャツだけを着て、ボタンを閉めずに教室を後にする。走り出した数十秒後、男子の野太い悲鳴が聞こえてきたとこから、どうやら桐生ミミは下着姿を他の生徒に晒してしまったのかもしれない。
しまった。普段学校では模範的な生徒の一人である桐生ミミが下着姿で現れたとしたら……良からぬ噂がすぐにでも立つことは確実だ。そうなったらもう桐生ミミが先の証拠品を提出するだけで僕の人生は終わり……
「そ、そうだったのね。だから普段からあんなに私の胸をちらちらと……てっきりタクミは大きい方が……」
自分の胸に手を当て、何やらブツブツと喋っているいるレイちゃんの独り言を、焦って遮る。
「レイちゃん! ど、どとどどうしよう?! 桐生ミミが先生に今回のこと被害者のフリをして報告しようもんなら……! ぼ、僕の今までの頑張りが全部水の泡になるだけじゃなくて高校を停学、最悪退学させられちゃうかも!」
「……はぁ? 何言ってるのあんた。今回の件は全部あの女のせいなんでしょ? あんたは堂々としてれば良いの。後はこっちでなんとかやっておくから」
「なんとかって、一体どうやって……?」
「そ、それは秘密!……それよりもう帰ろう? あ、言っとくけどあんたが涙と汗で臭いから早く帰ってほしいだけで、早くベットで休んで欲しいとかじゃないから!」
「う、うん……」
窮地に駆けつけてくれた幼馴染の、"何とかする"という言葉を信じて、その日は若干の不安だけを胸に残しつつも、疲れきった体を癒すために帰宅するのだった。
――――
翌日、怯えながらも学校に登校した僕の気持ちとは裏腹に、学校では何一つ噂話等は聞かなかった。先生からの呼び出しもない。桐生ミミから話しかけられることもない。なんなら彼女と目が合うと、まるで何かに怯えるように目をそらされる。
つい気になってしまい休み時間彼女に話しかけようとしても
「ひいぃぃぃ!! ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうしませんから許して下さいお願いします」
と早口でまくし立てるように謝られた後、すぐにどこかへ消えてしまう。前までの余裕そうな表情から一変、常に何かに怯えているような、まるで天敵を前にした獲物のような怯え方、そして逃げ足だったため、話すことも話せなかった。
そんなこんなで放課後。昨日は何やらずっとスマホと睨めっこしていたレイちゃんに送り届けられた後にすぐ寝てしまったため、きちんとお礼が言えてなかった。だから、いつもは放課後勉強していると10組までレイちゃんが迎えに来てくれていたが、今日は珍しく僕の方から5組へ出向いていた。
「へ……? た、タクミ?! な、なんで5組に……?」
「昨日のお礼、ちゃんと言えてなかったから。助けて来てくれてありがとう。本当に怖かったから、レイちゃんが来てくれて嬉しかった。このお礼をさせて欲しいなと思って」
「〜〜~っ! じゃ、じゃあ、その……駅前に新しくパフェ屋さんが出来たらしいから……お、奢ってくれたらチャラにしてあげてもいいわよ……!」
「うん、分かった。奢るよ。今から行ける?」
「……!! うんっ……!」
嬉しそうに顔を赤らめながらも、顔を縦に振るレイちゃんを連れ、学校を後にする。レイちゃんは先程まで誰かとチャットしていたのか、手にしていたスマホには何かしらのSNSのチャット画面が映っていたが、下駄箱を出る頃にはスマホの画面は黒色に変わっていた。
チャットの相手は僕に見せられないような男子なのだろうか。それとも……そう考え始めるともやもやした気持ちで胸がいっぱいになる。早くこの気持ちに決着をつけないといけないな……
駅前に出来たパフェの店では、レイちゃんは可愛らしいピンク色のキラキラとしたたくさんデコレーションがされているイチゴパフェを頼み、満足そうに頬張っていた。頬張った際のほっぺたの膨らみや、その頬を支えるように手を当てる様子などを見ているとなんだか胸が満たされ、お腹はいっぱいになった。
帰り際楽しそうに前を歩く彼女の後ろ姿を見ていると、心臓が高鳴る。胸がどうしようもなく締め付けられ、苦しくなる。やっぱり僕は……僕は……
君の事が好きだったんだな……
今まで嫌われていたと思い込んでいても、自らは離れることはしなかった。出来なかった。だって、君のことが好きだから。
もし君がツンデレと言うやつで、今までの言動が全て君なりの愛情表現だったのならば……
「レイちゃん」
「どうしたの? いつになく真剣な顔しちゃって」
二人の足が止まる。先程まで高鳴っていた心臓の鼓動は急に聞こえなくなり、夕焼け時の静けさだけが僕たちを包み込んでいた。その静けさはまるで、自分以外の全てが止まっているかのようにさえ錯覚するほどだった。
「レイちゃん、好きだ」
「えっ……?」
「昨日助けてくれたからとかじゃない。小さい時からずっと、ずっと好きだった。最近は嫌われてるのかなって思ってた時期もあったけど、それでも離れたくないくらいに君のことが好きなんだ」
告白し終えた途端、一斉に鳥が羽ばたく。電車がホームに到着する。駅から人混みが迫ってくる。静寂は一瞬にして喧騒に変わり、赤面しながら顔に手を当てるレイちゃんだけがはっきりと見えた。その顔が赤いのは、レイちゃん自身のせいなのか夕焼けのせいなのか……僕には分からなかった。
ただ、レイちゃんの口元から読み取れたのは
<私も……!>
という唇の動きだけで、まだ真相は分からない。
この読み取った形が正しいのか分からないが、
―――僕の幼馴染は、もしかしなくても僕のことが好きなのかもしれない。
fin
最後まで読んで頂いてありがとうございます!初の短編となりますのでどうかご容赦を......! この短編を少しでもいいなと思ってくれた方! 長編の方でも一つ、ラブコメを連載していますので是非そちらも読んでみてください! この短編ではあまりコメディ要素を詰めることが出来ませんでしたが、代表作の方ではコミカルな掛け合いが多く見られると思います!
最後になりますが、☆やリアクションで応援してくれると大変励みになりますっ!感想などもばんばん送ってくれると跳ねて喜びます(っ⸝⸝・-・)⊃