オープニング
(スタジオ全体が暗闇に包まれている。突如、工業革命期の蒸気機関の音が響き渡る。舞台中央にスポットライトが当たり、19世紀の工場労働者風のエプロンドレスに現代的なスマートウォッチを身に着けたあすかが姿を現す)
あすか:「産業革命の轟音が聞こえますか?あれは人類が『成長』という名の獣を解き放った瞬間の咆哮です」
(照明が徐々に明るくなり、スタジオ全体が見えてくる。壁には各時代の労働風景——児童労働、ストライキ、現代のブラック企業——の写真が並ぶ)
あすか:「みなさま、ようこそ『歴史バトルロワイヤル』へ!物語の声を聞く案内人、あすかです。今宵は、時空を超えた巨人たちが、現代最大の経営課題に挑みます」
(手にしたクロノスというタブレットを操作すると、空中に現代のニュース映像がホログラムで投影される)
あすか:「ご覧ください。つい先日、日本のある急成長企業で衝撃的な決断が下されました。違法残業、パワハラ——まるで19世紀の工場を彷彿とさせる実態が明るみに出たのです」
(映像が切り替わり、記者会見で頭を下げる経営陣の姿が映る)
あすか:「そして経営陣が選んだのは、なんと『成長を止める』という選択でした。新規出店を凍結したのです。でも、これは本当に『敗北』なのでしょうか?」
(クロノスを高く掲げる)
あすか:「企業の急成長とコンプライアンス——この永遠の矛盾に、歴史上最も成功し、そして最も批判された経営者たちはどう答えるのか。それでは、時空の扉を開きましょう!」
(スタジオの四隅に設置されたスターゲートが青白い光を放ち始める)
あすか:「まずは、20世紀アメリカ産業界の革命児!T型フォードで世界を変え、大量生産システムの父と呼ばれた男。しかし同時に、労働組合を私設警察で弾圧し、従業員の私生活まで管理した独裁者でもありました」
(東側のスターゲートが激しく輝く)
あすか:「自動車王、ヘンリー・フォード!」
(フォードが勢いよくスターゲートから飛び出してくる。黒いスーツに身を包み、鋭い眼光で会場を見渡す)
フォード:「ふん、随分と大げさな紹介だな。私は単に、最も効率的な方法を追求しただけだ」
あすか:「ようこそ、フォードさん。2025年の世界はいかがですか?」
フォード:「期待外れだな。これだけ技術が進歩したのに、まだ労働問題で悩んでいるとは。私の時代から何も学んでいない」
(フォードは早足でコの字型テーブルの一角に着席し、腕を組む)
フォード:「違法残業?そんなものは管理の失敗だ。私の工場では、8時間労働で他社の12時間分の生産を上げた。効率こそが全てを解決する」
あすか:「続いて登場いただくのは、19世紀アメリカンドリームの体現者!スコットランドの貧しい移民から世界一の富豪となり、鉄鋼王国を築いた男。しかし、ホームステッド・ストライキでは武力弾圧で死者を出し、『強盗男爵』と呼ばれた人物でもあります」
(西側のスターゲートが黄金色に輝く)
あすか:「鉄と血の支配者、アンドリュー・カーネギー!」
(カーネギーが威風堂々と入場。高級な仕立てのスーツ、手には金の懐中時計)
カーネギー:「『強盗男爵』とは心外だな。私は稼いだ富の9割を社会に還元した。君たちの図書館の半分は私の寄付で建っている」
フォード:「カーネギー、相変わらず言い訳が上手い」
カーネギー:「フォード君か。君こそ、労働者を機械の部品扱いしたと聞くが?」
フォード:「部品ではない。効率的な生産要素だ。そして私は彼らに当時の倍の賃金を払った」
カーネギー:「金で黙らせただけだろう」
(カーネギーはフォードの対面に座る)
あすか:「お二人とも、まだ全員揃っていませんよ。議論はこの後たっぷりと」
あすか:「さて、三人目は東洋からの使者です。明治維新後の日本で約500の企業設立に関わり、『日本資本主義の父』と呼ばれた男。しかし彼は、欧米の弱肉強食型資本主義とは一線を画し、『論語と算盤』で道徳と経済の両立を説きました」
(北側のスターゲートが柔らかな緑色に光る)
あすか:「道徳経済合一説の提唱者、渋沢栄一!」
(渋沢が穏やかな足取りで入場。和装に洋装を合わせた独特の出で立ち。深々と一礼)
渋沢:「お招きいただき、誠に恐縮です。フォード殿、カーネギー殿、お噂はかねがね」
フォード:「東洋の経営者か。500社も作ったそうだが、どれも中途半端では意味がない」
渋沢:「いえいえ、一社が巨大化し過ぎることの弊害を、私は恐れたのです。富の集中は必ず腐敗を生みます」
カーネギー:「理想論だな。競争に勝てなければ、500社全てが潰れる」
渋沢:「競争は必要です。しかし、『論語』に『己の欲せざる所、人に施すこと勿れ』とあります。自分がされたくないことを、労働者にしてはいけません」
フォード:「感傷的だ。経営は慈善事業ではない」
渋沢:「慈善ではありません。信用という最大の資本を築く投資です」
(渋沢は静かに着席する)
あすか:「そして最後は、産業革命の光と影を最も深く理解した男。ニュー・ラナーク工場で、当時としては革命的な10時間労働、児童労働の禁止、労働者への教育を実現しました。しかし、その理想主義ゆえに共同経営者と対立し、アメリカでの理想共同体建設も失敗に終わりました」
(南側のスターゲートが純白の光を放つ)
あすか:「空想的社会主義の先駆者、ロバート・オウエン!」
(オウエンが情熱的な足取りで飛び込んでくる。質素だが清潔な服装、目は理想に燃えている)
オウエン:「諸君!まだこんな議論をしているのか!労働者の幸福なくして、企業の真の成功などありえない!」
カーネギー:「オウエン、君の理想論は破産して証明されただろう」
オウエン:「破産?私のニュー・ラナーク工場は最後まで黒字だった!問題は、私の理念を理解しない愚かな投資家たちだ」
フォード:「言い訳はみっともない。ビジネスは結果が全てだ」
オウエン:「結果?君の工場で何人の労働者が精神を病んだ?私の工場では、労働者の子供たちが学校に通い、大人は夜間学校で学んだ。それが結果だ」
渋沢:「オウエン殿の理念には共感します。ただ、理想と現実のバランスが重要では」
オウエン:「バランス?妥協の言い訳だ!正しいことは、たとえ一人でも貫くべきだ」
(オウエンは興奮気味に着席する)
あすか:「さあ、四人の巨人が揃いました。それでは改めて、今宵のテーマを掘り下げましょう」
(クロノスを操作し、詳細なデータが空中に投影される)
あすか:「この企業、2014年度に430億円だった売上高が、23年度には約3倍の1313億円に達し、店舗数も2.2倍に増えました。しかし同時に、休業手当の不払い、違法残業などがありました。1カ月当たり45時間超の時間外労働をさせた他、12月には月100時間以上の時間外労働などをさせたそうです」
フォード:「待て、月100時間?1日3時間程度の残業だろう?私の時代の工場は1日14時間が普通だった」
オウエン:「だから君の時代が間違っていたんだ!人間は機械じゃない!」
あすか:「そして経営陣の決断がこちらです。『成長を止める戦略』——新規出店を今年度300店舗から60店舗へ、既存店舗の24時間営業を廃止、全社員の残業を月45時間以内に制限」
カーネギー:「正気か?競合他社に市場を明け渡すようなものだ」
渋沢:「しかし、信用を失えば、300店舗全てを失うかもしれません」
フォード:「違う、問題の本質が見えていない。成長を止めるのではなく、システムを効率化すべきだ」
オウエン:「システム?また君の機械論か!問題は人間を大切にしない企業文化だ」
あすか:「では、皆さんにお聞きします。この『成長を止める戦略』、どう評価されますか?」
フォード:「愚策だ。無能な経営陣の敗北宣言に過ぎない。私なら、生産ラインを見直し、無駄を徹底的に排除する。残業など必要ない効率的なシステムを構築する」
カーネギー:「臆病者の選択だな。確かに一時的な批判はあるだろう。だが、市場を失えば二度と取り戻せない。多少の犠牲を払ってでも、成長を続けるべきだ」
渋沢:「私は一定の評価をします。『急がば回れ』という言葉もあります。信用という土台を固め直すことは、長期的な成長につながります」
オウエン:「評価?遅すぎる!なぜ問題が起きてから対処するのか!最初から労働者の幸福を中心に据えていれば、こんな選択を迫られることはなかった!」
あすか:「四者四様の意見ですね。フォードさんは効率化で解決、カーネギーさんは成長優先、渋沢さんは信用重視、オウエンさんは根本的な価値観の転換を求めている」
フォード:「当然だ。感情論では企業は経営できない」
オウエン:「感情論?人間の尊厳の問題だ!」
カーネギー:「尊厳では飯は食えん。まず富を作り、それから分配を考えるべきだ」
渋沢:「いや、作る過程こそが重要です。不正な手段で得た富は、砂上の楼閣です」
あすか:「白熱してきましたね!でも、ちょっと待ってください。現代の経営者たちも、皆さんと同じように『成長』は善だと信じていました。効率化も、競争も、利益も、全て追求しました。その結果が、この事態なのです」
フォード:「それは効率化が不徹底だったからだ」
オウエン:「違う!効率化の方向が間違っていたんだ!」
あすか:「では、これから各ラウンドで、じっくりと議論していただきましょう。第1ラウンドのテーマは『成長と管理のジレンマ』。果たして、企業の急成長期にコンプライアンスは維持できるのか?」
(四人の巨人たちが互いを値踏みするように見つめ合う。スタジオの空気が緊張で張り詰める)
あすか:「歴史を作った四人の巨人による、時空を超えた激論。『歴史バトルロワイヤル』、いよいよ開幕です!」
(照明が一瞬暗転し、戦いの幕が上がる)