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9.

 熱い鉄の箱のまわりに人びとが集まって、配給食三号の具入りパンを食べている。黒い鉄の鉤から配給食七号の袋がぶら下がっていて、注文を受けた店主の包丁が閃くと、袋が裂けて、人造肉の切れ端が熱い鉄板へと落ちていった。

 そこはこの町で唯一のビールの飲める場所だった。

 酒場はいくつかあるが、住人はスクラップ船で見つけたアルコールを飲んでいて、自分でビールを醸造する人間がひとりしかいなかった。

 ここのビールは泡が噴火口みたいに弾ける威勢のいいビールで、殺し屋の気に入った。こんなビールがここでしか飲めないことが残念なくらいうまい。シムツはアルコールを飲んでいた。この馭者には酔えれば酒など何でもいいと思っている節がある。

 バタバタと大きな足音がきこえたので、踏み固めた土の上で客たちが踊り出したのかと思った。

「とっつかまえたぞ!」

 そういう歌詞の歌が歌われているのかと思ったが、殺しちまえという声が本当に殺気立っているので、振り向くと、大きな眼鏡をかけた、ボロボロのローブを着た少女が襟ぐりをつかまれて、店の前に引き出されていた。

「なんだ、ありゃ?」シムツが酒を飲む手を止めた。

シロの神官だ」店主が言った。「人質をとったあいつらの仲間だ」

「こいつひとりでうろついてた!」襟ぐりをつかんでいる、大男が言った。「味方はいねえみたいだ」

「ひとりで?」

「そうだ。きっと町をスパイしに来たに違いない」

「ぼくには白軍を脱走したみたいに見えるけど」

「まあ、どっちでも関係ないや」

 大男が手を離すと、少女は荷物みたいに力なく落ちた。大男は腰のベルトに差していた鉄パイプのピストルを抜くと、撃針付きのゴムを引っぱってから、銃口を少女の頭に向けて引き金を引いた。

 カチッ! 撃針は確かにゴムの勢いで実包の雷管を打ったはずなのに弾は出なかった。

「ちくしょー」

 大男はまたゴムを引っぱって、引き金を引いた。カチッ! また不発。

「おいおい。おれがやってやるよ」

 第二の男はゴムを引っぱって、引き金を引いた。

 カチッ。

「なんだよ、どうなってんだよ?」

 男たちがざわついた。

 殺し屋は三二口径を抜くと、店の窓の外の——バン!――果てしない暗闇を狙って一発ぶっ放した。

「これ、使えるよ」

 殺し屋は第一の大男に銃を貸した。

 また頭に向けて、引き金を引いた。

 カチッ。

「え? うそでしょ」

 殺し屋は銃を受け取って、また窓の外の暗闇へ引き金を引いた。

 バン! 三二口径弾は秒速三百メートルで夜に旅立った。

「どうなってるんだろ」

「こりゃ奇跡かもしれないな」シムツが皮肉っぽく笑った。

「町を焼いたり、子どもを串刺しにしたり、人質を殺す人たちに奇跡が起きるの?」

「奇跡ってのは起こりっこないところで起こるから奇跡っていうんだ」

 客たちはもう銃での処刑はやめにして、頭を切り落とすことにした。誰かよく研いだ山刀を持ってこい、と声が上がるが、山刀のかわりに来たのはコトフだった。

「どうしたんだい、同志?」

 コトフがたずねると、客たちは床に落ちたままぴくりとも動かない少女を指差し、

シロのスパイを打ち首にするんだよ」

 と、こたえた。

「それはそれは。では、同志。我々の機関銃をお貸ししよう」

「銃じゃ死なないんだよ」

「同志。機関銃は銃の王さまだ。引き金を引きっぱなしにすると、何百発という弾があっという間に撃ち尽くされるんだよ」

「それで?」

「この細い体なら機関銃を使えば、バラバラにできる。そっちのほうが同志たちの気も晴れるだろう。そうだ、そうしよう。同志シムツ! 馬を機関銃馬車につないで、道に出しておいてくれ。わたしはこの子を運ぶから」

 コトフは少女を抱きあげた。

 客や他の野次馬たちが集まり、シムツが街道に出した機関銃馬車のまわりに集まった。

 涙色の機関銃に、これはとんでもないことが起きるに違いないと住人が期待していると、コトフが言った。

「至近距離で撃ったほうが派手に吹き飛ぶ」

 だから、コトフが少女を抱いたまま、機関銃のほうへ歩いていくのを野次馬たちは見守った。

 コトフは少女を機関銃の前に置くかわりに、後部座席の殺し屋の膝へ、ぽい、と投げ、自分は馭者席の隣に乗り込むと、

「出せ! 出せ! 出せ!」

 と、銀行強盗したばかりのギャングみたいに叫んだ。

 野次馬たちがざわめき、それが怒号に変わるのにさほど時間はかからない。

 シムツが馬に鞭を入れると、機関銃馬車が横転しそうになるくらい傾いてから、夜の道を猛然と走り出した。鉄パイプピストルの弾が飛んできて、馬車の側面板を小さく削った。

 殺し屋は少女をコトフのほうに押しやると、機関銃を十数発、住人の頭の上を狙って撃った。武器を持った住人たちは慌てて、スクラップの後ろに隠れた。


 日が昇る。

 薄く崩れやすい雲のケーキが光の筋に切り分けられ、緑の草原に靄のミルクがこぼれて広がった。

 あれだけあったスクラップはいまではネジ一本見当たらない。

「あんた、いつか、女のせいで死んじまうぜ」

 夜通し、馬を御したシムツがニヤリと笑って言った。

「しかし、あのまま処刑させるわけにもいかないじゃないか」

シロなんだろ、そのチビ」

「脱走したみたいだ。もしかしたら、神を信じることの愚かさに気づいたのかもしれない」

「やっぱり、あんたは女のせいでひどい死に方をするよ。そのときは弔辞をあげてやるよ。同志コトフは女のために死ぬ運命だった。故人は輝かしい人類のひとりだった、ってな」

 少女は意識を失っていた。着ているものは汚れて、破れているが、白軍の神官服のようだった。少なくとも平の兵卒ではない。

「いろいろききたいことがあるね」と、殺し屋。

「たとえばなんだい、同志?」

「〈女司教〉の顔は分かるかとか。ぼくが知ってるのは太陽の浴び過ぎで色が抜けたプロパガンダのポスターと奴隷商人の商品リストについてた写真だけ。こっちのほうは九歳かそこら」

「きいたかい、同志シムツ? この少女は我々の役に立つんだ」

「別に馬車から放り出して、ぶっ潰しちまえって言ったわけじゃないぞ。わしだって、辻馬車馭者並みの人情はある」

 少女の意識が戻った。驚いて暴れるか、叫ぶかすると思ったが、どちらもしなかった。ただ、ヒビの入った大きな眼鏡の位置をきちんとなおしただけだ。

「やあ! わたしはコトフ。こっちは同志シムツ。それで機関銃の面倒を見ているのが、同志――」

「コトフ、そのチビ、なんか変だぞ。もしかして口がきけねえのか?」

 少女はうなずいて、口を開けた。そこには舌がなかった。

「切られたのか?」

 少女はうなずいた。

「ひでえことしやがる。まあ、わしらのほうにも、ピザカッターで麻酔なしで体を真っ二つにする同志もいるわけだが」

「ねえ、きみ」と、殺し屋。「これから非常に重要な質問をする。返答次第では馬車から蹴落とす。理解できた?」

 少女はこくんとうなずいた。

「じゃあ、質問。〈女司教〉の顔は分かる? 見つけたら、指差せる?」

 こくん。

「おめでとう。きみはいまからこの機関銃馬車の情報部門のトップになった」

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