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8.

 風は機械のあいだを蛇行しながらやってきて、馬のたてがみをかき乱す。あらゆるものに、古いオイルでいい加減に手入れした銃みたいなにおいが染みついていた。

 翼の錆び崩れた戦闘艇から蔓草の滝が垂れ、斜めに傾いだ産業機械が道に大きな影を落としている。用途の分からない鉄くずが歯車やアーム、圧縮ドラムを威嚇するようにむき出しにして、オイルの泥に沈んでいた。

 ここは世界のゴミ捨て場か、機械帝国の滅亡帝都か。

 殺し屋から見えるのは、なめらかな雲の重なりがベージュに色づいた空の下、滑り気のあるスクラップたちが遠ざかる世界で、七・六二ミリ弾を浴びせる理由のあるものはひとつもなかった。

 町が見えるとシムツが言い出したのは夕焼けがグロテスクな影をばらまいたころだった。町とスクラップの見分けがつかなかったので、見つけたのはずいぶん近づいてからだ。色付き電球をまきつけたトタン屋根の小屋がいくつも集まっていて、町に入って一番最初に見かけた建物には紫のネオンサインが〈事務所〉と点滅していた。

 ドアを開けると、海軍の制服のようなものを着た女性がひとり、テーブル席についていた。

「旅の方ですね? どうぞお座りください」

 壁にはガラス管付きの機械が埋め込まれていて、静かに唸り声を発しながら、ゴト、ゴト、と一定間隔で震えていて、その震えと同じタイミングで部屋の電気が一瞬暗くなった。隊員用と書かれた武器ラックにはサーベルや小型の対人回転ノコギリが保管してあって、透明なプラスチックのカバーに鍵がかかっていた。つまり、ここを襲撃されたら、目の前の海軍女性士官みたいな管理人(海がないから海軍士官のはずはないが、殺し屋はそう呼ぶことにした)は武器を手に入れるためにポケットの鍵束から武器ラックの鍵を探すところから始めなければならない。鍵を見つけて、カバーの鍵穴に差すころには余裕で十発くらい浴びせられていることだろう。

 管理人は殺し屋の懸念を感じ取ったのか、上着の左前をつまんで開いて見せた。ショルダーホルスターには鉄パイプでつくった大口径ピストルが差し込んであった。

「旅の目的をもしよければ教えてもらえますか?」

「わたしたちは〈女司教〉を探しているんです」と、コトフが言った。

「あなたたちも彼女に十人の人質を?」

「と、いうと?」

「わたしたちに神が存在することを五時間で証明するよう言って、できなかったら、ここの住人からランダムに選んだ人質を十人射殺すると言ってきました」

「それで、どうなったの?」殺し屋がたずねた。

「十人は射殺されましたよ。彼女はランダムに人質を選んだと言いましたが、殺された十人のうち、七人が十三歳以下でした」

「それはひどい」

 この町の住人はそれ以降、輝かしい狂人になる代わりに現実的な対処法をすることにした。町じゅうのスクラップから武器をつくることにしたのだ。鉄パイプのピストル。針金の鞭。強化セラミックの槍。戦闘艇の燃料でつくった焼夷弾。鉄パイプを粘着液につけてから数十の金属片を接着して殺傷力をあげたこん棒。洗練されてはいなかったが、どれも敵に対し、非常な苦痛を与えることに重点を置いていた。

「とても人間らしくて、ぼくはホッとしたよ」

 宿泊の許可をもらって、馬と機関銃馬車を倉庫に入れると、コトフは隅にあった事務机ライディングビューローに手持ちの書類をバサバサ落として、何か書き込み始めた。

「一杯ひっかけにいこうや」

 シムツにそう言われて、殺し屋は一緒に何かビールを出してくれる店を探すことにした。

 この町では人も物も夜から活発に動いた。配給食の袋や小型バッテリーが店頭に並び始めた。ブカブカな服を着た人たちが西の空に残った淡い紫色の光に目を細めながら、栄養バーの包装を破って、ネバネバした砂糖の塊を噛んだ。

 シムツがたずねてわかったのだが、配給食や栄養バーはタダ同然で売られているが、自分たちで生産しているわけではなく、このスクラップの残骸から見つけたものを食べているらしい。古代機械文明の保存力がこの町の人間を生かしているのだ。

「なくなったらどうするの?」

「配給食があるスクラップがある町があるところまで旅をするよ」

 橙色の丸パンをムシャムシャ食べている住人はそうこたえると、そうだいいものを見せようと言って、ふたりを小さな潜水艦みたいな乗り物の入り口まで連れてきた。暗くて狭い、天井の低い通路だ。

 殺し屋はもし自分が追い剥ぎなら、こういう場所に誘い込むと思ったので、三二口径の安全装置を外して、ポケットに手を突っ込み、いざとなったら、追い剥ぎの腹にぶち込んでやろうと決意した。ダムダム弾は胃袋のなかで花開いて、二度と固形物を食えない体にしてくれることだろう。

 まず、男が次にシムツが、そして、不意打ちには万全の備えでのぞむ殺し屋が最後尾を歩いた。男の持ったランタンの光がハラワタみたいに赤いパイプを照らし出した。まるで巨大生物の体内を歩いているようで、そのうちこのパイプや通路が本物の腸みたいに蠕動し始めたら、とんでもないことだなと思いながら、ポケットのなかの三二口径をグリップまで外に出した。

「こいつはクジラくらいの大きさがあるんだ」男がいった。「ほとんどが砂に沈んでいるから、全然そんな感じには見えないけどな」

「なんか、内臓ンなかを歩いてるみたいだな」シムツが気持ち悪そうに言った。「それになんだか寒いぜ」

「こいつをつくった大昔の人間どもは、生物をつくるみたいに機械をつくることができたそうだ。いや、逆か? 機械をつくるみたいに生物をつくったのかもしれない。それがあの〈女司教〉の気に入らなかったそうだ。生き物をつくるのは神の、侵してはならない領域だって」

「あなたは〈女司教〉が襲撃してきたときに、ここに住んでいたの?」

「住んでいたよ。息子がひとり、人質にとられて撃ち殺された。おれたちがこいつを作ったわけじゃないのに話なんて、まったく聞きやがらねえでさ。あいつがいったい何したって言うんだよ。まだ、九歳だったんだぜ? ――ああ、ほら。ここだよ」

 男がランタンを掲げた。

 巨大な空洞に配給食の袋がどこまでも詰まっていた。ランタンの光の届かない暗闇のなかで袋と袋が押し合いへし合いして軋むような音がきこえてきた。

「まあ、しばらくは引っ越ししなくてもいいんじゃないかな。こんなクジラがあと数百頭いる」

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