5.
丘の上の茂みでリスが木の実をかじった。頬がいっぱいになるまで木の実をかじった。
そして、リスが自分の巣に戻ろうと思って走り出すまで、リスは自分が立っていたのが、ギリースーツで擬装したスナイパーだとは気づかなかった。
息をすることすら慎んでいると、自分が人間ではなく、土や草むらになった気持ちになれる。
そんなときに人を殺すのはこの上なく有意義で感動できた。
スナイパーはスコープの調整を四百三十メートルで決めて、凱旋門の出口に十字線をあて、待った。
機関銃を積んだ馬車がやってきているのは見ていた。銃身は後ろを向いていたので、急な発砲に対処できないはずだ。
「もしかしたら――」
馬を撃つハメになるかもしれない。それも立派な足をした三頭の馬を。
スナイパーは馬を撃ちたくなかった。馬に限った話ではなく、スナイパーは人間以外の動物を傷つけたくなかった。食べるものも七号配給食だけで、生き物の肉は動物性プランクトンだって口にしない。これは人間に対する間引きなのだ。
スナイパーの位置は凱旋門の出口から北東。
馬車が何か異変に気づいたら、後ろに下がるだろう。
そこで撃つこともできる。
あの凱旋門に入ったときから、あの三人の死は決まっているのだ。
「……ここまで完璧に後ろを取られたのは初めてです。たいていは五十メートル以内で気づくんですが」
殺し屋の飛び出しナイフがスナイパーの喉にぴたりと当ててあった。
「伝言を預かっている」
「ききましょう」
殺し屋はスナイパーの髪を乱暴につかんで、上を向かせ、喉仏をえぐり出した。
「ガッ!! ――ゲ、ェ、ゴボッ……ウ、ぁ」
殺し屋が横腹を蹴飛ばすと、血の噴き出す喉を手で押さえて、スナイパーが仰向けになった。体は感電したみたいに激しく震えていた。
「今からでも間に合うから、全てに優しくなろう」