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2.

 道は草原に食われかけていた。通る人間なり車両なりがほとんどいないからだ。

 ときどき道沿いに墓らしい小さな山や崩れかけた廃屋が見えたりした。石碑が立っていると、コトフは機関銃馬車を止めさせて、その石碑の文字を書き写した。シムツは廃屋から小さな箱を見つけた。中身は噛み煙草だった。

「やるか?」シムツが黒い唾で口のなかをぐちゃぐちゃにしながらたずねた。

「ぼくは自分の分があるから」と、煙草の箱を取り出した。

「おめえ、娘っ子みてえな顔してるな」

「よく言われる」

「同志は未成年に見えるな」

「それも、よく言われる」

 そのうち、シムツとコトフは雲の形で明日の運勢が分かるかどうかについて話し出し、殺し屋はそれをきき流しながら、樫の背もたれに寄りかかり、通り過ぎた道を眺めた。

 風があり、煙草一本つけるのにも苦労した。ただ、マッチはいつも多めに持ち歩いていた。椅子に縛られて灯油を頭からかけられた男にポイっと投げつけることもあるかもしれないからだ。

 一服しながら、遠い丘の上で風車が三つ並んでいるのを眺めていた。ポケットに入れてある狙撃用のスコープで見てみると、小屋は泥のようなもので作られていて、穴だらけの羽根は昆虫の羽根のように虹色をまとっていた。凝固した空気のなか、九枚の三角形の羽根は栄養失調の強制労働者のようにゆっくり動いていた。まるで鞭で打たれないギリギリの怠けを知っているように。

 太陽が輝き、車輪のようにまわっていた。七月の暑さに草がへこたれて、葉先を下ろし、トカゲとリスの混血のような生き物が道を横切った。

「あれは何て名前の生き物だい?」

「ありゃあ、トカゲリスですよ」

 三分後にまたトカゲリスが横切り、コトフがシムツにたずねると、シムツはリストカゲだとこたえた。

 草原にはほとんど起伏がなかった。森もなかった。墓と石碑と廃墟と放棄された風車はときどき熱に揺らぎながらあらわれ、西へと流れ去っていった。

 暑くて、額の汗をぬぐい、体のなかから失われていく塩のことを考えた。以前、あるターゲットを酷暑の外に縛って放置したことがあった。自然死に見せかけろと言われたからだ。二日くらいかかるかと思ったが、二時間で死んだ。体のなかから塩が流れ出たからだ。

「あれはシロの連中かな?」

 殺し屋は右を向いた。熱に揺らいだ北の野原に騎兵が十三騎、機関銃馬車と並行していた。

 シムツが葦毛に巧みに手綱を打ち、馬車は南へと曲がって、北の騎兵たちを機関銃の射界におさめた。

 レバーを引いて薬室に第一弾を装填すると、照準を立ててネジをまわした。距離は二百メートルと踏んだ。

「三百五十七メートルかな?」コトフが言った。

 殺し屋はクルミ材のグリップを握って、発射ボタンに左右の親指をあてた。

「なあ、同志コトフ。この指、何本に見える?」

「三百五十七本だけど、何か?」

「いや、なんでもない。どうしようもないってことだ」

「?」

 騎兵たちは輝いて見えた。胸甲騎兵かもしれなかったが、この暑さで防弾チョッキの代わりにすらなれない鉄の板を胸につけるだろうかとも思える。白軍なら白の腕章をつけているはずだ。

 殺し屋が目を凝らすと、騎兵たちは騎士のように全身を銀色の鎧に包んでいて、孔雀の羽根を兜につけていた。先頭の騎士は緑の旗を掲げていて、何もかもが、白軍とも黒軍ともかけ離れていたが、ひとつだけ、敵とみなした人びとに情け容赦のない略奪を仕掛けるところだけは共通していた。

「撃ったほうがいいかな?」こんなふうに誰かに撃つかどうかの判断をゆだねることは滅多になかった。

「いや、ありゃ消えるよ」

 シムツが言うと、その通り、騎士たちは大きく姿が左右にぶれ始め、ついにきれいさっぱり消えてしまった。

「蜃気楼だな。こんなにクソ暑けりゃあ、そういうこともある」

「幽霊かもしれない。昔の騎士みたいな姿だった」

「幽霊が真昼に出没するかね」

「同志諸君、やめてくれ。幽霊なんてものは聖職者たちが人民を抑圧するためにつくったデマゴーグなんだ」

「デマゴーグってのはなんだよ?」

「嘘」と、殺し屋が教える。

「じゃあ、嘘って言やあいいじゃねえか」

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