11.
錆びた平原を抜けると、数日で沃土が戻り、機関銃馬車は化石の立つ草原へと入った。
道は太古の巨大獣の肋骨がつくるトンネルをくぐることがあれば、背骨の上を走ることもあった。骨のあいだに雑草を生やす背骨の道は表面がなめらかだったので、ガタついて尻をどやされることもなく、スムーズに坂を上ることができた。雲の上で感じる風は冷たいが、新鮮だった。この風はここに来るまで一度も生き物に触れたことがなかったのだ。
背骨から見下ろす草原は大量絶滅の縮図であり、化石たちは雲が隠す世界の果てまで、忘れられた砦みたいに続いていた。コトフはヒレの化石が多いから、ここは昔――三百五十七万年前――、海だったに違いないと言った。
「なあ、同志コトフ。お前さんはヘンなことばかり言うが、今日のは一等賞だな。ここは草原だぞ? どこまでも草原なのに、どうして、三百五十七年、いや、三百五十七万年前に海だったことがあるんだよ」
「地形というのは膨大な時間のなかで変化するんだよ、同志。海だった場所が山に、山だった場所が海になることは当然あり得るんだ」
少女は何か言いたそうだったが、筆談までするつもりはないようだった。いま、少女が着ているのは殺し屋の予備のシャツと吊りズボンだった。神官の服はズタズタで汚れていて、湯気のもくもくしている洗濯屋にでも持ち込まないとなおせなかった。これまでの町でそんな洗濯屋を見かけた覚えがなかったので、殺し屋が——コトフ曰く——革命的慈善に目覚めることになった。
少女は銃も欲しそうだったが、さすがにそこまで信頼していいものか迷った。――が、脱走兵相手にした援護射撃のこともあったので、三二口径と予備の挿弾子を預けることにした。
――ありがとう
少女は馬車の側板にチョークでそう書いた。
背骨のてっぺんに化石でつくった町があった。机もランプも雨水溜めの水槽も白い化石でできていて、帽子まで薄く切った化石でできていた。
「ここに人が来ることは珍しいんだよ」事務所の老人が言った。「あの不毛な原っぱでたいてい引き返すんだがね。よっぽど重要な用事があるみたいだ」
「実は〈女司教〉を探してまして」と、殺し屋。
「イディアに用があるのかね?」
「お知り合い?」
「娘だよ。それで何の用かね?」
「とても大変非常にお世話になったので、お礼をしたくて探しています」
「隠さんでもいい。撃ち殺しに来たんだろう?」
「いや、そんな、まさかですよ」
老人は哀し気に首をふった。
「あの子は大勢殺したからな。殺し過ぎたんだ。天使に夢中になって。子どものころはそれでもよかった。だが、大人になっても天使に夢中になることをやめられなかった。そのせいで、天使に属さないもの全てを憎むようになった。子どものころは憎まずに愛する方法を知っていたのに、大人になったら忘れてしまった。ここで世捨て人みたいに暮らしていても、あの子がしたことが伝えきこえてくる。赤ん坊を串刺しにした。少女の舌を切り落とした。ひとつの町の人間をみな殺した。もし、きみがあの子を殺してくれるなら、拷問はしないでくれ。図々しい願いだが、お願いだ」
「いいですよ。技術的な話をすると、じわじわ嬲り殺すよりも、あっさり殺すほうが簡単なんで。でも、首を切り落とさないといけないんです。依頼人に見せるために。もちろん、死んだ後にします」
「ありがとう。イディアは硝石の平原にいる。空以外の全てが白い、白軍の本拠地だ。この背骨の道を降りて、しばらく走れば、着くはずだ」
「ずいぶん近いところにいるんですね」
「わたしを天使の教団に誘いたいんだろう。でも、断られることが恐ろしいんだ。わたしを殺すのがね。こっちはとっくに覚悟しているのに」