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1.

 草原と青空のあいだに一本の線路が敷いてあった。

 装甲列車〈代償号〉は火花混じりの黒煙をはきながら、大地を真っ二つに割るように力強い音を立てて、疾走していた。

 黒い旗を交差させた機関車は石炭を食いながら、水を沸かし、シリンダーから主連棒やクロスヘッドへ動きを伝え、絶えず車輪を回転させる。

 機関車はライフル歩兵が乗った鉄の貨車を曳き、小要塞なら一撃で吹き飛ばせる重砲を曳き、その他、目の前で見たら目がまわるような、鉄の塊たちを曳いていた。

 そのなかにはピザカッターに似た死刑装置を収めた貨車があり、死刑執行を命令できる司令官の車両があった。黒い髭を生やしたあばた面の司令官は既に貴族や聖職者たち五十三名の死刑執行命令に署名していて、〈代償号〉が目的地に到着したら、ピザカッター型の死刑装置が五十三名を胴から真っ二つにすることになっていた。

〈代償号〉は誰かに代償を払わせるために走っていたのだ。

 駅舎もプラットホームもない、ただ、一本の腕木信号柱が錨の形にあげられたのが見えてきた。

 煤を白い蒸気で吹き散らしながら、〈代償号〉は徐々にスピードを落とし、信号柱の横でぴったり停車した。

 停車すると、涙色の無害四輪馬車が三頭の馬――栗毛と葦毛とぶち――に曳かれて貨物車から飛び出した。その後部座席には涙色に塗られた水冷式の重機関銃が後ろ向きに載せられていた。

 馭者席には不機嫌な年寄りの農夫シムツが、黒軍機動攻撃部隊の上等兵の立場で座っていた。

 顎髭も頭も真っ白になっていたが、何十年にも及ぶ太陽の下での農作業で鍛えられた体はいまもなお、がっしりしていた。彼の体は、裕福な人びとがスポーツや健康のために鍛えた体よりも、ずっと屈強で、猜疑心に満ち、悲観的で、そして皮肉っぽかった。なお、猜疑心については彼が働いていた地方の地主のせいでもある。妻に色目を使ったと覚えのない因縁をつけられて、馬用の鞭で顔をぶん殴られたのだ。それは火山国でつくられた、先端が尖った鞭だった。傷跡は左の生え際から額を横断し、眉毛を真ん中で切断した。筋を切っていたので、いつもシムツの左目は半分閉じかけていた。彼の長い人生で得た簡単な真実は『地主はみなクズである』というものだった。いないとは思うが、親切な地主もいると地主の肩を持つものがいたら、シムツは「ああ、そうだな。因縁つけてわしを犬に食わせるかわりに、醜い消せっこない傷跡をつけただけで許してくれたんだから」と、こたえるのだった。

 シムツの隣には肩が擦り剝けた燕尾服を着た若者コトフが黒軍書記官の立場で座っていた。

 つい先日まで学生だったこの線の細い赤毛の若者は革命家たちの様々な著作を読み、どハマりしてしまった。人間が善意のみで動いていることを前提にしなければ実現しない理想郷にイカれたのだ。その結果、いきついたのが、無政府主義という所得税を取られるときに魅力的に思える政治制度だった。コトフは本の受け売りで国と政府と教会を潰して、人は自分でつくった規律にのみ、従って生きるのだと本気で唱えることがあった。それをきくたびにシムツは大笑いし、そんなに人間がまともなら奴隷制度だってうまくいくと言った。コトフはいつもシムツに負い目を感じていた。自分の信じるものにちゃちを入れられて、言い返せないことがひとつ、また、コトフは大学時代、テニスのために体を鍛えていた。だから、コトフの体は均整がとれていた。シムツはずんぐりして、腕だけがやけに太く見えた。コトフは本物の労働者に負い目を感じていたのだ。その負い目を理論武装で乗り越えようとしているが、シムツは実に素朴な考え方で、コトフの理想論を叩き潰してしまっていた。

 さて、そんなふたりのの後ろには、機関銃射手の位置にはショートヘアの少女、もしくは長髪の少年に見える殺し屋が、黒軍臨時機関銃射手の立場で座っていた。

 ときどき風を含んで、ふわっと広がる髪を手で押さえたりしながら、あくびをしている。かなり殺したはずだったが、公園などを歩いていると野性の鳥が手のなかに飛び込んできて、無垢な目で顔を見上げられることがあった。白いシャツの上に、紺の詰襟の上着を着ていて、ここに来る途中、無人の士官学校の倉庫を漁って見つけた、一番小さいブーツを履いていた。ポケットに飛び出しナイフと狙撃用のスコープ、三十二口径のオートマティック、七発装填の挿弾子クリップがふたつ。足元には三〇・三〇弾を七発込めたレバー・アクション式のカービン銃が防水シートの上に転がっていた。もちろん、一番の武器は機関銃である。

 三人とも黒軍に属していたので、黒軍の証である黒い腕章をつけていたが、黒い腕章は白い腕章と比べると目立たないので、しょっちゅう仲間の機関銃馬車に撃たれていた。殺し屋は上着を脱いで、襟のないシャツの袖に黒い腕章を取りつけた。少しでも目立たせる努力はするが、どうしようもないときはどうしようもない。

〈代償号〉が重病人室の喘鳴みたいな音をさせながら、ゆっくり動き出し、重砲が、弾薬が、兵隊が、巨大ピザカッターの貨車が、殺し屋たちを仕方なく置いてきぼりにするように引っぱられた。黒煙を噴きながら、〈代償号〉は青空と草原のあいだで縮んでいき、やがて、地平線に打たれたひとつの点となった。

 打ち捨てられた気がしたので、三人は〈代償号〉を見送ったのだが、そのうち、あのまま〈代償号〉に乗っていたら自分たちも代償を支払わされるハメになったかもしれないと考え、むしろこれでよかったのだと、思うようになった。

 道は未舗装のものが一本だけ、東へ走っていた。

 馭者のシムツが、ちっち、と舌を鳴らして、馬に軽く手綱を打つと、ゆっくり機関銃馬車を進めた。

 その隣でコトフが黒いカバンから何枚か書類を取り出し、化学鉛筆で自分の名前と月日を書きなぐっていた。

「わたしたちはこのまま進んでいくんだ」コトフが言った。これが本当なら殺し屋はずっと機関銃の向こうに西日を見る生活が続くことになる。

「実際は北東になったり、南東になったりもする」コトフが言った。「弾はどのくらいあるかい、同志?」

「二百発の弾薬ベルトが三本」殺し屋がこたえた。

「つまり、三百五十七発か」

 コトフがそう言うと、シムツは、こいつマジか?という顔で若者の、肩まで伸びた赤毛のなかにあるはずの脳みそを見つめた。

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