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07.貧乏草

「けれど、今直ぐのお話しではなくってよ」


「えっ!?」


「10年後、貴方が立派な騎士になっていたら、その時は貴方の妻となりましょう」


「はぁッ!? なっ、何だよそれ……。10年って言ったらオレは20歳で、エレノアは30のおば――」


「ユーリ?」


 エレノアは笑顔のまま圧をかけた。聖女らしからぬ禍々しいオーラにユーリも堪らずたじろぐ。だが、その丸目は変わらず反抗的だ。


「ンなもん10年もかからな……」


 言いかけてユーリは言葉を呑んだ。悟ったのだろう。20歳になること、それ自体もまた必要条件であるのだと。今の自分はあまりにも幼過ぎるから。


「だぁ~~!!! もう!! 分かったよ!! でも絶対、ぜ~ったい約束守れよ!!!」


「心得ました」


「こら! ユーリ!!」


「っ!?」


「もぉ~っ、アンタって子は!! また畑仕事サボって」


「やっ、やべ……っ」


 若い夫婦が走り寄ってくる。服装からして農夫。言動から察するにユーリの両親なのだろう。母親は薄い金髪に栗色の瞳。父親は紅髪に若葉色の瞳をしていた。


(ユーリはお母様似なのね)


 大きな瞳、小ぶりな目鼻口。パーツの形から配置に至るまで母親と瓜二つだった。負けん気が強そうなところもよく似ている。


 一方の父親は糸目で、薄くも逞しい体をしていた。一見すると穏やかで控えめな印象を抱く。ただ、今は怒っているためか少々威圧的だ。


「うわっ!? 父ちゃん!! 何すんだよ!!」


 父親は間髪入れずにユーリを担いだ。彼の尻がエレノア達の方に向く。そこに母親が平手打ちを見舞った。所謂『お尻ぺんぺん』だ。ミラを起点に笑いが伝播していく。


「ってぇ!!? ~~っにすんだよ、ババア!!」


「愚息が大変ご迷惑をおかけしました」


「私どもの方でキツ~く言って聞かせます! ですので、その……何卒ご容赦を……っ!!」


 夫婦は頭を下げるなり走り出した。一刻も早くこの場から立ち去りたい。そんな思いがひしひしと伝わってくる。


「っ、エレノア! 昼の2時に村を出るんだよな? 後で見送りに行くからな――てぇッ!?」


 父親がユーリの額を叩いた。余程痛かったのだろう。額を押さえて悶絶している。気付けば三者は卵大に。会話も聞こえなくなった。


(ご両親の真意は掴めなかった。ユーリを愛しているからこその否定なのか。あるいは村の農家としての責務からの否定であるのか)


「聖女様」


 不意に呼びかけられた。ペンバートン家の家令だ。優しく包み込むような笑顔でこちらを見ていた。


「そろそろ邸に戻られては? こちらで村の案内は大方済みましたので」


 言わずもがな気遣ってくれたのだろう。エレノアは彼の厚意に甘えることにした。家令に続いて邸を目指す。領主邸は小高い丘の上にある。ここから歩いて5分ほどだ。


「可愛いお花ですね」


 ミラは言いながら手元を覗き込んだ。すんすんと鼻を鳴らして甘酸っぱい表情を浮かべる。


「アタシの村にも植わってましたよ。名前はえーっと……何だったっけ?」


「『貧乏草』だ」


 レイが透かさず答えた。彼は相変わらずの全身黒ずくめ。革製の黒のジャケット、パンツ、ブーツスタイルを貫き通している。


「そんな言い方あんまりだわ」


「手入れも施していない庭にも生えることからその名がついたそうです。花言葉は『追想の愛』……っは、身の程知らずなマセガキにはふさわしい花と言えるのかもしれませんね」


「へぇ~、随分とお詳しいのですね?」


「……あ?」


 指摘したのはビルだった。鬼の首でも取ったかのような得意気な顔をしている。


「レイ殿にも贈られたご経験があるのでは?」


「そっか! だから詳しいんですね♪」


 ミラが勢いよく便乗した。それを受けて騎士達がどっと沸く。数にして10人ほど。皆揃いの銀色の鎧を着て、各々自慢の武器を装備している。年齢は平均30歳前後。全員男性だ。


 いずれも王国騎士団の所属で、彼らが纏う白いマントには騎士団の証である剣と杖を掴む不死鳥の紋章が刺繍されている。


「んな訳あるか。俺はたまたま本で読んで――」


「ねえねえ! 相手は誰なんですか???」


「……くっだらねぇ……」


「ちょっ! 逃げないでくださいよ! もっと詳しく聞きたいです!」


 ミラの猛攻が続く。面白がっているのもあるが、単純に親しくなりたいとの思いもあるのだろう。


 レイは基本自分語りをしない。他人も遠ざけがちであるために、親しくなるきっかけを得にくいのだ。


(かく言うわたくしもその機を逃し続けている者の一人。もう10年近い付き合いになるというのに)


 エレノアは自嘲気味に笑いつつ、内心で小さく溜息をついた。


「あら? あれは……ペンバートン卿」


 いつの間にやら領主邸の近くまで来ていた。屋敷の門の前には小柄でふくよかな男性の姿がある。

 

 彼こそが噂の善政領主オスカー・ペンバートンだ。そんな彼の横には赤毛の可愛らしいメイドの姿も。いずれも和やかな表情を浮かべていた。


「申し訳ございません! お待たせをしてしまって」


 エレノアは一人駆け出した。護衛達も続いて駆け出――さない。遅いからだ。それこそ駆け足でも追いつけるほどに。


「えっ? あ……っ、えっ……?」


 戸惑っているのは新米護衛のミラだけだ。


「はぁ……はぁ……くっ……!」


 白いヴェールが滑り落ちてミルキーブロンドの髪が露わになる。終いには膝をついた。真っ白なカソックが土に塗れていく。


「エレノア様!!!」


 ミラは落ちたヴェールを拾い、大急ぎでエレノアに駆け寄る。




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