59.エピローグ
―― それから20年後。
聖女・エレノアの肖像画の前には、一人の青年が立っていた。
ミルキーブロンドの前下がりボブ。栗色の瞳。睫毛はずしりと重たく、目尻はくたりと垂れ下がっている。
「母さん! 見て見て!」
青年は横にくるりと一回転してみせた。真新しい白の軍服を見せびらかすように。
彼の名はルーベン・カーライル。エレノアとユーリの一人息子だ。
母親似のおっとりとした青年――かと思えば、父親譲りの気の強さも感じさせる。
そのためか、何処かミステリアスで掴めない印象を抱かせた。
「俺、勇者になったんだよ」
「無理くりだけどな」
扉を開けて男性が入ってくる。ユーリだ。エルと揃いの白い軍服に身を包んでいる。
彼も今年で41になった。年齢の割に若く見られるが、その白い頬には薄っすらとほうれい線が。額の右端には5センチ程の傷が刻まれている。あの日――エレノアが治療を見送った傷だ。
「無理くり~? っは、それが何? 別にいーでしょ。時限付きでも勇者は勇者なんだから」
エルの適職は聖者だった。だが、彼は聖者になることを固辞。勇者になる方法を模索し続けた。
その末に大賢者・レイモンドが過去にまとめた『魔力濃度の制御方法』に目を付け、その術式を改良。
課題であった精度の低さを時限付きではあるものの見事克服。勇者のライセンスを獲得するに至ったというわけだ。
「……本当に聖者じゃダメなのか?」
「何を今更」
「聖者にだって色々あるんだぞ。セオドア様のように結界で王都を守護したり、母さんみたいに癒し手になる道だって――」
「それでも、俺は勇者がいいわけ」
「何で?」
「モテるから」
「……あのな」
「ははっ、冗談だって」
「真面目に答えろよ」
「嫌だよ。恥ずかしい」
エルははぐらかすばかりでまともに答えようとはしない。建前上の回答の用意はあるが、本心については一切明かしていないのだ。ごく一部の親しい友人を除いて。
『ただ認めさせたいのよね。世間に。自分は勇者・ユーリの子であると』
10年前、エルは偶然耳にしてしまったのだ。舞踏会の陰でこっそりと交わされていたとある貴婦人達の会話を。
『ルーベン様はまさに聖女・エレノア様の生き写しね』
『ええ。だけど、ユーリ様には……』
『そうね。あまり似ていないわね』
『まったく、と言っても良いんじゃないかしら』
『疑うわけではないけれど……ねえ?』
『まさか……本当のお父様はセオドア様!?』
『流石にそれは……。セオドア様とエレノア様は実の兄妹なわけですし』
『でもほら、聖者の Ω 欲しさに……なんてこともあるかもしれないじゃない』
『まぁ? ふふっ、確かに一理あるかもね』
彼女達は少々酔っていた。故に羽目を外してしまっただけ。軽い冗談のつもりだった。そう捉えることも出来ただろうと思う。
けれど――エルの心には残ってしまった。深い深い……一生涯癒えることのない傷として。
(ユーリの息子であることがエルの何よりの自慢だった。ユーリのことを心から慕っていたのよね。だからこそ、ショックで……受け流すことが出来なかった)
それからというもの、エルは父と同じであることを強く求めるように。勇者を志したのはその最たるものだった。
(でも、明かす気はないのよね。特にユーリ本人には)
ねちっこい。女々しい。そんなふうにして自身を否定しているからだ。
(頑固で不器用。ほんと何処かの誰かさんにそっくりね)
「さ~てと。じゃ、ちょっと出てくるよ」
「何処に行くんだ?」
「決まってるでしょ。キャルと双子のところ」
「またアイツ等か」
「ははっ、妬かないでよ」
「仲がいいのは結構だが、そろそろその……お前も身を固めて――」
「はいはいはいはい」
「エル」
「バイにゃ~♪」
エルはどこ吹く風で部屋を出て行ってしまった。残されたユーリは大きく肩を落とす。
『苦労が絶えないわね』
エレノアはくすくすと笑いながら、そっとユーリに寄り添う。彼女の服装も変わらずだ。カソック姿。背中に翼が生えた状態で宙に浮いている。
因みに、先程の話にあがったキャル――ケイレブ・フォーサイスというのは、ミラとルイスの長男。エレノアを看取った際に身籠っていた子のことだ。
双子というのは、大賢者レイモンド(=レイ)、大剣聖ウィリアム(=ビル)の因子をそれぞれ継いだホムンクロスの青年達のこと。レイの因子を持つ方をヒューゴ、ビルの因子を持つ方をオリバーという。
その才は余すことなく継承され、弱冠17歳にしてヒューゴは賢者、オリバーは剣聖のライセンスを取得するに至っている。
そんなエル、キャル、ヒューゴ、オリバーの四人は非常に仲が良く……いや、仲が良過ぎるがあまり他の干渉を許さない。
エルもキャルも20歳、19歳と妙齢の貴族令息でありながら未だ婚約を拒み続けている。
ヒューゴとオリバーは継承不能な λ であること、ホムンクロスという特異な存在であるためその限りではないが、エルとキャルは継承可能な Ω であるため一刻も早い結婚、出産を各方面から強く求められている。
「無理強いはしたくないんだけどな」
『そうね』
「好きな子でもいるのかな?」
『平和になったら世界を旅して回りたいそうよ。例の仲良し四人組でね』
この事実を知った時、ユーリはどうするのだろうか。エルの味方になるのか、それとも反対するのか。
「はぁ~……エラ、ごめんな。まだまだ時間がかかりそうだ」
『大丈夫よ。傍にいてあげて』
ユーリは肖像画に、エレノアは目の前にいるユーリに目を向けている。
こんなふうにして一方通行なやり取りを重ねてきた。彼此20年。寂しくないと言えば嘘になるが、不思議と心は満たされていた。
ユーリからもエルからも思われている。死して20年経ってもなお彼らの心に在り続けている。その事実を日々実感することが出来ているからだろう。
『見守り続けるわ。これから先も。神がお許しくださる限り』
罰ではなく天命。この20年の間にエレノアはそう考えるようになっていた。
(この役目を果たした時、きっと貴方は振り向いてくれる。この手を取ってくれると信じているから)
「さて、行くか」
『ええ、参りましょう』
こうして賑やかな、時にほろ苦い日々を重ねていく。再び交わり合うその日を――約束の日を夢見て。
Fin




