37.ホムンクロス(※ユーリ視点)
「ホムンクロスというのは所謂『人造人間』だ。母体を介さず、人の手で様々な因子を組み合わせることにより人体を錬成させる」
「えっと……」
(やべ……。何言ってんのか全然分かんねえ……)
堪らず魔法の師であるレイに助けを求めた。レイは呆れ顔だ。
不甲斐ないことこの上ないが、四の五の言っている場合ではない。ほんの僅かも理解出来ていないのだから。
「ようは人の複製と創造を目的とした魔法だ」
「複製は俺をもう一人作るってことだよな? 創造は……」
「例えるならそう……『賢者』であるレイと、『剣聖』であるビルの因子を組み合わせて『勇者』を生み出すようなことだね」
「なっ、なるほど!」
「はぁ~……お前、分かってねえだろ」
「っ! わっ、分かってるよ! ただその……現実味がねえなぁ~とは思うけど」
「そこじゃねえ」
「は……?」
「人体錬成だぞ? 聖教の奴らが赦すと思うか?」
ユーリの背に嫌な汗が伝う。
ユーリは三大聖教一族カーライルの入婿だ。立場上、聖教の主義主張を否定するような言動は避けなければならない。
「ミシェル、お前もだ。ちったぁ自分の立場ってもんを考えろよ。お前は三大聖教一族の次期当主なんだぞ」
粗暴な物言いながら、ユーリとミシェルの立場を案じているようだ。
ユーリは一層思い悩み、ミシェルは微苦笑を浮かべる。
「気持ちはありがたいが、そう悠長に構えてもいられないのだよ。何せこの10年、君達を超えるないし君達に並ぶ逸材をただの一人も見つけられていないのだから」
「そう……なんですね」
ほんの少し視野を広げれば気付けた事だ。つくづく自分本位で動いてしまっていたのだなと猛省する。
「これは極論だが……大魔王なる存在が50年後に攻めてきたらどうする? その時、レイは89、ビルは80、ユーリは70歳だ。デンスターを、民を守り切れると果たして言い切れるかな?」
反論する者は誰一人としていなかった。
特に最年長であるレイには思うところがあるようだ。険しい表情を浮かべて、両手を強く握り締めている。
「話が早くて助かるよ」
「……バレたら本当にとんでもないことになるぞ」
「ああ、だからくれぐれも内密に頼むよ。念押ししておくと君らの仲間達にも、無論エラに対してもだ」
「エラにもですか?」
声に驚きと不満が入り混じる。
「すみません」
我に返ったユーリは謝罪の後、唇を固く引き結んだ。
「君には苦労をかけるが……あの子には極力憂うことなく、晴れやかな気持ちで逝ってもらいたいんだ」
無用な心配はかけたくないということなのだろう。ユーリも同じ思いだ。
けれどやはり、妻である彼女の知らないところで子をもうけるというのは抵抗がある。
「案ずることはないよ。これは不貞にはあたらない。君はあくまで因子の提供者。彼の親になるのはフォーサイスの人間だ」
「孤児で勇者のλってことにするのか?」
「ご名答」
「……フォーサイスに……」
当代のフォーサイスは未だ勇者を生み出せずにいる。他の三大勇者一族――リリェバリ、オースティンがそれぞれ一人ずつ勇者を輩出しているのにもかかわらず、だ。
『俺が勇者だったら、アイツに……ビルにあんな顔させずに済んだのかな』
ビルの親友でもありフォーサイスの長兄でもあった故人・アーサーは、クリストフ隊に向かうビルを見てこう零したのだという。
打ち明けてくれたのは彼の弟であり現パーティーメンバーでもある剣聖・ルイスだ。
この一幕からも察せられる通り、フォーサイスは勇者に囚われ、悩み……苦しめられている。
彼らの胸中を知っていて、かつ恩義のある自身の立場を思えば、首を――縦に振らざるを得なかった。
「分かりました。協力をさせていただきます」
「ありがとう」
「……出自は? 伏せるのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「誤魔化し切れるのか? ユーリの因子を使うんだ。それなりに似てくるだろ」
「そこはフランシスの腕の見せ所だね」
「転移装置の?」
「ああ、それと……この秘密基地のね。彼は見ての通りの天才だよ。彼ならばきっとホムンクロスを完成させることが出来るだろう」
「……そーかよ」
「……人格も矯正出来るのでしょうか?」
「先生……?」
人道に重きを置く彼らしからぬ発言だ。戸惑いかけるが――直ぐに腑に落ちる。
ビルは父親の血を遺したくないのだ。彼の血を心の底から忌避しているから。
ビルの父親は非常に欲深い男だった。所謂『成金』平民出身で、ビルの母・キャロルとは爵位目的で結婚。
結婚後も酒池肉林に溺れ、正妻であるキャロルや実子であるビルには見向きもしなかった。
――が、ビルが剣聖であると知るや否や一変。
キャロルを剣聖Ωの系譜を持つ女性であると誤認し、子作りに没頭するようになる。彼女と子を成せば剣聖が生まれると考えたのだ。
しかしながら、ビルはλ。突然変異で才を有したに過ぎない。
父が望むような逸材が生まれてくることはなく、遂にはキャロルは命を落とし、弟妹達は売り払われて行方不明になってしまう。
幼くして寄宿舎に入れられたビルにはその惨状を知る由もなく、すべてを知ったのは彼が20歳の時。父親から勘当を言い渡された後だった。
ビルは自責の念に駆られると共に、母や弟妹の尊厳を踏みにじった男と同じ血が流れているという事実に絶望した。
それ故にビルは遠ざけてきたのだ。女性を。家庭を持つことを。その血を後世に遺すまいとして。
「くどいぞ」
「レイ……」
「お前はお前だ」
レイは断言した。ユーリも深く頷いて同意を示す。
ビルの表情が綻びかけるが、また直ぐに曇ってしまう。
「不安かい? 誰かに託すのは」
「……はい。叶うならご一任をいただきたく」
「ほお?」
「ただ、やはり自信が……」
「では、どうだろう? 君とレイとで育ててみては?」
「はぁ!? 何で俺まで――」
「君はビルの修羅克服に大いに貢献しているからね」
「っ、あれは――」
「『渡さねえ。絶対に渡さねえ』……だったかな?」
「はい。あの一件の立役者は間違いなく師匠です」
「ユーリ!!」
レイが吠える。だが、いまいち迫力に欠ける。赤面しているからだろう。
それを認めたらしいビルが笑みを零した。
レイはそんなビルを目にするなり罰が悪そうに舌打ちをする。
「君らにはユーリを育て上げた実績もある。私としては異論はないよ」
「謀ったな?」
「はて? 何のことだろう」
(……謀ったな)
確信する。ミシェルには一体何手先まで見えているのだろう。
頼もしいことこの上ないが、同時に少々恐ろしくもある。
「レイ、ごめんね。でも……凄く心強いよ」
(おっ、ダメ押しだ)
ビルは遠慮がちではあるものの引く気はないようだ。
(俺との生活もちょっとは考慮に……役に立ったのかな?)
そうであるのならユーリとしても嬉しい限りだ。
(家族も友達も村さえも失った。そんなどん底だった俺に、師匠と先生はたくさんの愛情をかけてくれた。根気よく。本当に、本当にたくさん。俺は……二人がいたから寂しさも悔しさも受け止めることが出来たんだ。だから――)
「先生と師匠ならきっと大丈夫ですよ。どんな捻くれたガキがきたとしても、ちゃんと育てられるはずです」
「ユーリ……」
「二人に育てられた俺が言うんですよ。疑いようもないでしょ?」
挑発的にそれでいて悪戯っぽく笑う。エレノアが魅かれたあの笑顔だ。
ユーリは知らない。その事実を。
彼女に限らず、彼を取り巻くすべての人々がその笑顔に魅せられているということを。
「……ったく……」
レイは観念したようだ。重々しく溜息をついてミシェルに目を向ける。
「いいか? くれぐれも似せるなよ? 俺にもビルにもユーリにもだ」
「ふふっ、そんなに嫌なら君からも念押ししておくといい」
「ああ。そうさせてもらう」
(一件落着か? あ~あっ……何か妙なことになっちゃったな)
とはいえ、王国やフォーサイスの現状を思えば致し方のないことだ。
(エラ……ごめんな。俺が死んだら……その次に会う時にはきちんと話すから)
ユーリは一人空を見上げた。白いカーテンがおりていく。
真っ暗な空の上には丸い月が。控えめながら温かな輝きを放っていた。まるでそう――微笑みを湛えるかのように。




