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34.始まりと哀惜

 父の名はガブリエル・カーライル。


 ミルキーブロンドの髪は横結びにして左肩に。瞳は瑠璃(るり)色で、睫毛はずしりと重たく目尻はくったりと垂れ下がっている。


 言わずもがなエレノアは父親似だ。誇らしく思う反面息苦しくもある。


「エラとの結婚に際して、ユーリは我がカーライルの婿養子に。ユーリ・カーライルと名を改めることになった」


 周囲がざわつく。エレノアは続かなかった。事前に聞かされていたからだ。


「お話しいただいた通りです」


 ユーリも父に続いて立ち上がった。緊張はしていない。ただ、浮かべている笑顔は少々苦いように思う。


「陛下からいただいた叙爵の件は正式に辞退することにしました。既知の通り俺はλ(ラムダ)ですし、学も教養もありませんので」


「そんなことないよ」


 透かさず誰かが否定した。ビルかと思えばそうでもない。ルイスだ。あの気弱な重騎士が否定の声を上げている。


「ユーリは立派だよ。そんなふうに自分を卑下しないで」


 否定を示すその声は真っ直ぐで揺るぎない。思いの強さがひしひしと伝わってくるようだった。


(ユーリからも勇気を得ていたのかもしれないわね。彼が励むその姿を見て)


 おそらくは、その恩義から口を出さずにはいられなかったのだろう。


「やるじゃん」


 ミラがルイスの背を叩いた。彼女の濃緑色の瞳が爛々(らんらん)と輝いている。感激しているのだろう。彼の成長が嬉しくて堪らない。そんなところか。


「ルイ。ありがとな」


「ユーリ……」


 ユーリのその顔はほんのり赤らんでいた。嬉しいのだろう。けれど、それでも主張を撤回しようとはしなかった。


(それだけの根拠があるのね。本当に、本当にたくさんの経験をしてきた。たくさんの成功と、たくさんの失敗の上に今の貴方がある)


 出来ることなら励ましてあげたかった。痛みや悔しさを分かち合いたかった。叶いもしない夢を一人胸の中で転がす。


「エラ」


 不意に名を呼ばれた。父だ。胸の中で一呼吸置いて向き直る。


「ユーリに()()()()()()()()()()()、その時は次期当主であるミシェルが後見人を務めてくれる。だから、安心なさい。安心して元気な子を産むんだよ」


 父は慈愛に満ちた微笑みでそう告げた。


 罪悪感もなければ迷いもない。


 母を始めとした他の家族、仲間達が一様に表情を曇らせても父のその笑顔が崩れることはなかった。


 悲しくないと言えば嘘になる。


 だが、父を責める気にはなれなかった。


 彼女なりに理解しているからだ。国防、聖教の権威維持には聖女/聖者の存在が必要不可欠であるということを。


「ありがとうございます」


 エレノアは椅子から立ち上がると、濃緑のスカートの裾を摘まんで深く頭を下げた。


 顔を上げて間もなくユーリと目が合う。何か言いたげだが、ぐっと堪えてくれているようだ。


(ごめんなさいね、ユーリ。苦労をかけます)


 エレノアは微笑みを(たた)えたままユーリに会釈をした。


「では、私は先に失礼するよ。皆はゆっくりと愉しむといい」


 父は言うなり自室へと戻っていった。その表情はとても晴れやかで、否応なしに毒気を抜かれてしまう。


 父の退出を機に皆がまた各々会話をし始めた。幸いにも父を否定する声は聞こえてこない。優しさでもあり、諦めでもあるのだろう。


「すまないね」


「いえ」


 長兄ミシェルがユーリの肩を抱いた。たったそれだけのことであるのにもかかわらず、妙に背徳感を刺激してくる。


 原因は分かっている。ミシェルが紅い蔓薔薇(つるばら)を彷彿とさせるような艶やかな男性であるからだ。


 ミシェル・カーライル。37歳。目元は母と瓜二つ。切れ長の目で、瞳の色は濃紺。鎖骨まで伸びるゴールデンブロンドの髪は、束ねることはせず無造作に流している。


 そんな彼が袖を通しているのが王国騎士団の制服。あれはまさに努力の勲章であるのだ。


 ミシェルは他の兄弟達とは違い魔法の才に恵まれなかった。それでも腐ることなく勉学に励み明晰な頭脳を獲得。王国騎士団・聖教支部――通称『聖騎士団』の参謀長を務めるまでに至った。


 『聖騎士団』とは、戒律により戦うことが禁じられている信徒や聖職者達を護ることを主目的とした組織だ。


 10年前エレノアの護衛を務めてくれたのも、この聖騎士団に属する騎士達だった。


(みんな……)


 団長やゼフを始めとした団員達の顔が鮮明に蘇る。


 あの日、生き残ったのはユーリ、ミラ、レイ、ビル、エレノアの五人だけ。他の団員達は漏れなく命を落とした。


 彼らはそれぞれの故郷で眠っている。叶うことならすべての団員のもとを訪れたいところではあるが、今のエレノアでは難しい。


 そのため、折を見てユーリの故郷ポップバーグを訪れてみようと思っている。()の地に建てられているという慰霊碑を目指して。


「エレノアさん。あの……すみません」


「まぁ? ふふっ、何かしら?」


 ジュリオが遠慮がちに声をかけてきた。先を促すと深く頭を下げてくる。


「俺はこのあたりで」


 彼は何処かそわそわとしているようだった。合点がいったエレノアは微笑まし気に笑みを零す。


「ええ。お話が出来て光栄でしたわ」


「俺もです! それじゃまた」


 ジュリオは挨拶を終えるなりバルコニーへと戻っていった。目的は十中八九『魔法の座談会』。


 賢者であるレイ、三兄アルバートと共にメジャーからマイナージャンルに至るまで語り尽くさんとする腹積もりなのだろう。


(趣味……そうよね。わたくしも何か作るべきよね)


 エレノアは唇を引き結んで思案する。だが、何も思い浮かばなかった。


 未練に端を発してのことだろう。こうなる前までは、エレノアも彼らと同じく仕事=趣味であったから。


(羨ましさが過ぎて頭が回らないのだわ。まったく困ったものね)


 やれやれと首を左右に振りつつユーリに目を向ける。


「ちょっ! せっ、セオドア様……っ!」


「ははははっ! おやおや~? もうギブアップかァ? 勇者ともあろう者が情けない」


(ヘッドロック……?)


 白いカソック姿の次兄セオドアがユーリにヘッドロックをお見舞いしていた。技をかけているセオドアも、受けているユーリも共に(くすぐ)ったそうに笑っている。


 戯れだ。理解した途端、エレノアの頬が緩む。


(あの二人には通じるものがあるものね)


 セオドアもまた幼少の頃はユーリに負けず劣らずの活発――を通り越してかなりのヤンチャだった。


 屋敷を抜け出しては王都外れの平民の子供達と遊ぶ日々。『変装セット』をメイドに発見されては、母から大目玉を食らっていた。


 当時のエレノアは6歳とかなり幼くはあったが、その時のことは未だにハッキリと覚えている。


 率直に言って妬んでいたからだ。エレノアには気持ちはあっても実行出来るだけの能力、具体的には身体能力がなかったから。


(仲が良かったご友人達とユーリとを重ねていらっしゃるのかもしれないわね)


 セオドアは現在32歳。ミルキーブロンドの髪はハーフアップに。瑠璃色の瞳の睫毛はずしりと重たく、目尻はくったりと垂れ下がっている。


 長姉と次姉がそうであるように、エレノアとセオドアもとてもよく似ている。双子の兄妹と捉えられることも多々あったが、()()()()()()()()()だ。


(10も年が離れてしまってはね……)


 エレノアの実年齢は30歳ではあるものの、外見は20歳の頃のままだ。同い年で通すのには少々無理がある。


(肩の荷が下りたと素直に喜べばいいものを)


 遣り切れない思いを胸に自嘲気味に笑う。


「まぁ?」


 ふと息をついたところでセオドアと目が合った。見過ぎてしまったのだろう。


 セオドアの表情が見る見る内に歪んでいく。対するエレノアは満面の笑みで応えた。そう。()()()()()()


(ふふっ、来た来た)


 ()()()、セオドアが歩き出した。こちらに向かって。聖者らしからぬ荒っぽい足取りで。




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