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犠牲となった存在

 呪文と言うよりはむしろ歌のようだ。問いかけるように。張りのある声が空間に木霊する。

 黒龍は二・三歩下がり、腕を組む。随分と久しぶりに見る親友の姿を眺める。


「白こそ、時欠け弐の溜まりの力に恥じぬよう、きちんと戻ってこいよ。心葉の一族はアゥマと共鳴し、時間さえ越えてソノ場を視る能力をもつ。故に『時欠け』の称号を持つのだからな」


 心葉堂は能力として『時欠け』を掲げる一族だ。


 時を()()()、自分のなにかを()()()

 

 それはつまり、過去を知ることによって己の刻を失うほどの精神影響を受ける戒めもある。


(共鳴力の高い蒼はアゥマの記憶を体験し、視る事に長けた紅はきっと鮮明にアゥマを目として知る。どちらも、この平穏な世の中にはきっと不要な力だ)


 それはアゥマへの共鳴力の高さ故に、アゥマの記憶をたどることができる能力だ。

 蒼はこの力を強く継いでいる。だからこそ、原始のアゥマに触れた際に能力の開花の片鱗を見たのだ。


(それ故に。あの方――始祖は、始まりの一族の血を引き強すぎる力を回収しようと、紺樹を遣わせたのだろうか)


 黒龍は、目の前で詠唱を続け深い意識の世界に沈んでいく親友を見やる。


(白は自身を企み深い狡猾な人間だと評するが、俺はそうは思わない)


 実際、蒼が紺樹を拾ったすぐ後、黒龍は苦言を呈した時が最たるものだ。



――仔細は言えぬが、あやつをただの記憶喪失の小僧だと思うな。我が主、始祖の意を持つモノだ――

――ほぅほぅ。まぁ、いいではないか。蒼は紺樹に懐き、紺樹は蒼を愛しいと想っておる。紅も紺樹を慕っておる。これだけで、わしがアノ子らを引き離さぬ理由としては十分じゃて――



 在りし日。黒龍が心葉堂を訪れた時、無邪気に紺樹の手をひき笑う蒼と、戸惑い気味に着いていきながら、やはり嬉しそうに頬を緩ませる紺樹がいた。そこに紅が駆け寄る姿を見て、交わした会話だ。

 黒龍は表面上では頭を抱えたが、内心では同じ思いだった。愛しい姪がしっかりと握って力強く引く手。戸惑いながらも同じく握り返している手の持ち主を信じようと思ったのだ。


(俺としては紺樹が遣わされたのは、力の使い方を誤らぬよう『守り役』としてだと願うが……今の紺樹の様子を聞く限り、あの子はクコ皇国に遣わされる以前の記憶を取り戻したのだろうな。だからこそ、あの兄妹、主に蒼との距離を測りかねているわけだろう)


 黒龍にとって、弟子であり姪である蒼からくる手紙は、数少ない楽しみのひとつだ。

 黒龍は淡々とした様子にしては真摯に耳を傾けるからだろう。蒼は幼いころも修行時代も、そして今も色んな話をする。店を継いだ頃、手紙に短く綴られていた内容に黒龍は違和感を覚えたものだ。その時すでに紺樹の素性を把握していた黒龍は、なんと反応していいかわからなかった。


(今は考えるのをやめよう。それより、集まってきたな)


 白龍や黒龍の足下にはすでにはっきりと光の魔道陣が描かれている。陣の中心にある水は術を拒否しているようで、激しく空間が振動している。


(術者と術は本当に似る。まるで怯えるなと問いかけるように、柔らかく明るい光が水の近くで踊っている。電撃を避けるのさえ、楽しんでいるようだ)


 苦笑を浮かべたところで、黒龍は両手を合わせて何事か口の中で唱えた。瞼を閉じて。

 数秒後に閉じていた瞼をあけると、漆黒の瞳は薄氷色(アイスブルー)に変わっていた。この状態になるとアゥマに対して以外の視力はほとんど失われる。その代わりに聴覚が研ぎ澄まされるのだ。


(紅が持つアゥマ可視の能力は、始まりの一族の中でも血が濃い者を攫い、某国が人体実験を繰り返して得たもの。だが……)



――ねぇねぇ。ほしいでしょ?――


 早速耳に届いた声に、黒龍は応えず共鳴の意識だけを深めていく。


――ねぇねぇ。教えてよ。君がさ、君たちがほしい人の命の名前を。ぼくは欠片だけど、教えてくれたらがんばれるよ?――



 本来は始まりの一族のみが継承する能力だ。強いアゥマを視ると同時に会話が可能となる。

 

(皮肉な巡りあわせだとは思う)


 人の手によっていじられた異国の王族に継承される能力を持つ紅、そして今はまだ未熟だが祖母の系統を色濃く継ぎアゥマと会話しているがごとき共鳴をする蒼。

 どちらも始まりの一族に由来した能力を持って兄妹として生まれ落ちた。



――どうしても、教えて欲しいんだよ。だって、ぼくもあの子になった子の一部になるはずだったんだもの――

――なりたいの、そうなりたいの。人の強い想いの欠片に、なれるんだもの――



 両腕を駆け抜ける寒気! 立つ鳥肌!

 弾かれるように、黒龍はしっかりと足を広げ立つ。砂埃が立つが、すぐに風にさらわれていく。名と同じ黒い服の裾が煩くはためいている。脱いでいた外套が上空で旋回しているのが横目に映った。


「黙れ、邪術の残り香よ!」


 怒りで目の色を変えた黒龍が牙をむく。掲げた両手にこの場に足りないアゥマが集まる。

 びくりと怯えたアゥマの塊が散り散りに舞う。


――どうして怒るの?――

「お前たちは生者を惑わし、たぶらかす存在だ。宿主を得て、偽りを演じて現世にある器を欲する、始祖から生まれたアゥマにあるまじき者どもめ!」


 黒龍が声を荒げている間も、白龍の術は確実に展開されていく。うっすらと開いている白龍の瞳の色がどんどん薄くなっているのと、周囲に薄く張られていく膜がその証拠だ。この刻から切り離されていく。

 無防備になっている白龍を庇うように、黒龍はざっと足下に砂埃を舞わせ両足を踏ん張る。いつでも術を発動できるよう。


――なんで? なんで嬉しいのに泣いて、泣いているのに喜ぶの? あの人たちもそうだった。あの子になった体を抱きしめて、すぐどっかにいっちゃった。ぼくたちを捨てて――

――望んでたからあげたのに。ほめてほしかったのに。だからがんばったのに。なんで――


 力んだ腕を下ろすには十分な音だった。真っ直ぐな音は心臓をえぐるように鳴る。涙が降る音が空間を揺らす。地下であるにも関わらず、岩を打つ雨音が聞こえてくる。


――ぼくたちを可愛がってくれていた人は欲しがっていたの。だからあげたの。愛しい人の形を魂と体をまねた子を――

「それは、始祖が最も――」

――うん。愛しい人の偽りは虚しいと知っているよ。ぼくたちは、あの始祖から生まれた存在だから、ちゃんと知ってるよ――

――この世界を救うために大好きな人を見送って、自らが柱となって、一生懸命にお腹のなかで育てた赤ちゃんにも、触れられなかったのも――


 黒龍は始まりの一族の末裔だ。

 アゥマを生み出した聖樹ヴェレ・ウェレル・ラウルスが生命の樹となった経緯も、生み出した浄化物質の意味も知る。


――でもね、あの人はぼくたちを集めて、あつめて、いつも泣いていた。始祖と同じように。ただ、大好きな人に会いたいって。大好きな人と一緒にいられないのは悲しいよ――

――さみしいよ。だからわたしたちは大好きな人間を守りたいっておもってるの――


 そもそも始祖が生命の樹となったのは、汚染された世界からたったひとつの命を救いたいと願ったからゆえと知っている。もっと言えば、伝説の存在さえ想ったのは唯一無二の存在を生かしたいがゆえだった。

 伝説の存在などと言われようとも、元を辿れば勇者も英雄もただ小さな願いから始まっている。愛する人を守りたい、ともに生きたいからだ。


――あの子はがんばったの。えらい子なの。ぼくだってできるよ。だから……もう、おいていかないで―

――わたしたちだって、可愛いあの子たちについていきたかったの。おかあさんのために頑張ったあの子が可愛かったの――


 柄にもなく黒龍は思った。アゥマがまるで泣き出しそうな声を出していると。


「あの子たち、という意味を教えてくれるか?」

――あの子たちは、あの子たちだよ。ぼくたちのあの子と、あの子のあの子。あの子のあの子は、ぼくたちのあの子があの子になったら溶けちゃったけれど――


 黒龍はしばらく考えて、らしくもなく蹲った。音でわかってしまった。


()()()()()()()、か。疑似魂を生成するのに必要と言われれば、納得する存在だ」


 膝を抱えた黒龍の周りを、アゥマたちが心配そうに飛び回る。まるで親を心配する子どものような雰囲気だと、黒龍は瞳を陰らせた。


✿✿✿


「かはぁ!」

「戻ったか、白よ」


 背を支える黒龍に構わず、白龍は壁に手を這わせ始めた。耳を壁にあて、ゆっくりと移動する。一見すると異様な光景だが、黒龍はおとなしく白龍の後をついていく。

 とある一角で、白龍はぴたりと動きをとめた。そして、思いっきり腕を振り上げた。


「せいっ!」


 白龍の掛け声と同時に打ち付けられた拳。瞬時に真っ赤になるが……それよりも衝撃だったのは、一斉に空間が揺れ始めたからだ。地鳴りに立っていられず、堪らずに二人は膝をついた。ごごごと音を立てて動く空間。

 やがて、岩肌に現れたのは無数の穴だった。


「これは龍脈か。いや、純粋な脈にしては数がおかしい。ここまで細い道が無数にあるのは初めて見た。これはいささか人工的だな」

「あぁ。アゥマが枯渇したはずのこの国で、微量ながらにもアゥマを感じるのう」


 何を見てきたのか。白龍は壁にあく数多の道を睨みあげている。

 黒龍は地面に腰をついた白龍の肩に片手を添え、周囲を見渡した。


「この国、アゥマが少ないということはなかったのだ」

「しかし、ホーラの話によると、アゥマの使用制限のために身分によって居住区が分けられていたという話であったし、実際にその名残はあった。白よ、何をみてきた」

「遡った刻で視たことは、おいおい説明するが……前者の問いはこの脈たちが全ての答えだ」


 黒龍が支える白龍の体から一気に力が抜けていく。


「しばしの間、頼んだぞ」


 黒龍が慌ててずり落ちる体を支えると、寝息が聞こえてきた。

 黒龍は親友の心の臓、手首、額に掌を当てたあと、ようやく安堵の息を吐いた。特に異常は見受けられない。ぐーすかと寝る親友に外套をかけてやる。単なる術の消費なら、いくぶんか寝ていれば回復する。


「アゥマが少ないのではなく、微調整されながら最終的には国の中央に集まるように仕組まれていたということか」


 地域探知のために発動していた術が羅針盤に映し出す映像をみて、黒龍は頷く。


「それを目的に計画的に作られた都市なのであろう。他の国はもっと上手く作られていたが、稚拙な部分が多い。ということは、ここが始まりの土地で確定なのだろうな」


 先ほど白龍を守護するための術を発動した際に感知したが、外界の処置が施されている割に、術式中心部の工作が拙い。

 異形の者を引き越せて街を荒廃させることは容易だ。その反面、術式中央の処理が拙いのはそれだけ急いでこの場を捨てる必要があったか、その時点では精一杯の対応をしていたかだ。

 そして、先ほどの残留思念。


「ぐごっ!どれほど寝ておったかのう」


 大きな音を鳴らして目を覚ました白龍。


「鼻歌程度の時間だ」


 黒龍も今は『だらしない』などと辛らつになったりはしない。


「俺の中でここが始まりの土地であるのが確定した。そして、お前はその事実を見てきたのだろう?」


 黒龍は洞窟とも言える空間を見渡す。


「あぁ。ここで起きた惨劇に立ち会ってきた」


 白龍が寝ぼけ眼で口を開いた。


「黒が言うように、此処での出来事はかなり前の時系列らしい。そう考えると、萌黄はクコ皇国に来る前から狂っていたのじゃろう。むしろ、よう理性を保っておると思うよ」

「変に時期が噛み合ってしまってせいで、中途半端に覚醒したか」

「おぅ。そのせいで意識が混濁して、本来の想い人と紅を重ねて、理性が保たれてしまったと。それと同じくして崩壊が顕著になったと」


 白龍の言葉はひどく簡潔だった。

 黒龍の鼓動が激しくなる。頬が紅潮したからだろう。白龍も鏡合わせになった。


「何度も魂の塗り替えを繰り返してきたのだから。それを儀式によって取り繕い続けている。一度狂い初めた存在は戻らぬし、改善されてもその精神が消えることはない」


 黒龍は両手で顔を覆った。


(ひどい茶番だ。一度始まってしまえば、その行く末は無限の苦しみに落ちるだけ)


 ひどすぎる。愛しい血縁が憎むべき対象さえ、終着点を求めてさまよっているなど。

 だから、黒龍は空間にめがけてめいいっぱいの声量で叫ぶ。


「華憐堂の主は、かつて民の上に立つ者であったものか!」


 こんな国ごとの仕掛けができるのは相当の権力者だ。となれば自然と術者の正体に辿り着く。


「ならば、どのような心で民をみていたのだろうな。すべてが贄になるのを知りながらも、たった一人を選んだ人の子よ」


 黒龍の声はただ虚しく響く。

 岩肌に腰をつけた黒龍は、小さく頭を振った。


「いや、違うな」

「黒よ……」


 白龍は名を呼びながらも、続ける言葉を持たない。次に出てくる言葉が容易に想像できるからだ。

 それは、白龍が桃香だけに執着しなかった理由であり、続くはずだった未来を描いたを嘆くことができる環境。


「たった一人しか見えなかった――愛する唯一をぼろぼろにしてまでも()()()()()()()()お主は、どんな生を歩んできたのか」


 問いかけておきながら、黒龍は答えなんて聞きたくなかった。それに、聞いたところで黒龍には理解できない。

 自分の子どもを持たないと決めている黒龍には、理解しえぬ。


 血の繋がりを持って、それを失う人の感情など、恐ろしくて倦厭する世界だから。


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