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亡国⑤―機能させていないだけ―

今回、長文台詞が多めです。

「つまり黒曜堂は買収される店などではなかったということだ。ましてや国外の者の手になど」

「俺が外で聞いた話によると、腕は確かだったが石自体にまがい物が多かったと」

「それがでまかせであることはわしが保証しよう」

「ならば、もうひとつの噂の方か? ほら――」


 黒龍が口ごもった。どんな時もはっきりと物を言う彼にしては珍しい。いや、真面目で世間に疎い彼だからこそかと白龍は笑う。


「痴情のもつれによる店内での殺傷沙汰、という話か」


 代わりにと、白龍の淡々とした声が響いた。

 黒龍の背に冷たいものがどっと溢れた。

 いつぶりに見るか聞くかわからない白龍の声だ。感情は一切含まれていないのに、激しい感情を垣間見る矛盾。大切なものを踏みにじられた時に見せるソレだ。


「それから間もなくしてだよ。不吉な跡地をだれも引き取らんといって、正体不明の金持ちとやらが土地を購入したのは。なんでも、クコ皇国の中央通りに空き店舗など似合わぬと。みな、伍の溜まりもアゥマ使いのあの子のことも好いておったから、変な噂は立てまいと深入りはせなんだ」

「それを逆手にとられたか」


 然り、と白龍は笑う。酒瓶を持った手を黒龍に向けて持ち上げる。


「しかし、これがおかしいのだ」


 白龍の声の高さが少し下がった。まるで怪談を語るような口ぶりだ。


「空き店舗が似合わぬと言う割に、いつまでたっても建物が取り壊される様子も、改装される様子もない。むしろ、人よけの結界がはられておった。であるにも関わらず、夜も更けると人影が目撃される」

「なんだ、やはりお前は気がついておったのか」


 からっと問う黒龍に、白龍は高笑いを返した。その振動で手巾が膝から落ちる。


「当たり前だ。だがな、これが結構面白い結界の張り方だったのだよ。あの国の中、事情を知らぬ者で何人が気がついているかのう。なんせ、結界の範囲はな――」


 白龍は背を伸ばしあぐらを掻いたまま、長い人差し指を岩肌に突き立てた。落ちた手巾を破る勢いで地面を押す指の腹。

 心なしか、白龍の頬も紅潮している。が、黒龍にはわかる。この紅潮が酒からではないことを。ぞっと、冷たいものが駆け抜けた。


「地下深く間に及んでいたのだよ。わかるか、黒龍よ! かつて最上の浄化石に満たされ続けていた場所だ! 溜まりに匹敵するアゥマが満ちあふれ、浄化がなされていたのだ!」


 白龍の興奮もしょうがないことだ。


「そもそも、なぜ国の中心を走る道に溜まりがないのか。大きな脈を公共と考え、民にしらしめることも重要だ。だが、違うのだよ。クコ皇国の成り立ちは」


 白龍がくいっと小瓶を煽る。わずかな琥珀色の液体が喉に流れている。「きくのう!」と仰け反った白龍にならい、黒龍も口をつけた。白龍とは違いおとなしく、だが。


「中央通りに溜まりがない、というのは間違いだ。そこを『溜まりとしない』という建国からの誓いがあったからこそだ」


 昔話で、大穴向かって秘密を叫ぶなどというものがある。今の白龍は、それと同じ心境だ。

 目の前にいるのが黒龍だからこそ、口に出せる真実。


「クコ皇国首都の中央通りの溜まりは、()()()()()()()()()()なのだ」

「……本流の水位の中ほどに敷かれた水晶の板たちは、源流の強さをほどよく緩和し民を守るものではなく、むしろ浄化作用を制限し国や他の溜まりの存在を誇示するための技だからな」


 黒龍は自分で口にしたことに幾ばくかの嫌悪を抱き、瓶を煽った。甘くて、けれど喉を強く滑っていく酒。

 黒龍の故郷である桃源郷は、言うなればアゥマが生まれた土地でもある。アゥマに対してはかなり潔癖な面がある。


「ほんに、黒は話が早くて助かるわい」


 白龍はそんな黒龍を『難儀だ』と思えど、『愚か』と嘲笑したことはない。むしろ、そうある黒龍に羨望さえ抱く。

 それを一度、酔った勢いで妻である桃香に話したことがあった。その時、彼女に『昔話に出てくる国では、隣の芝は青く見える、と言うらしいわよ』と笑われたものだ。


「おい、白よ」


 黒龍の呼びかけで、白龍は緩み欠けた口元を押さえ顔をあげた。目の前には、目をこれ以上ないくらいに据わらせて頬杖をついている黒龍だった。

 普段ない部類の視線に、さすがの白龍も居住まいを正す。


「俺がこの地を去ったあとになら、いくらでも桃香との思い出にだらしなく笑ってもよい。だがっ! 話の合間の小話的に挟んでくるのはやめろ! 話の腰を折るな! 義兄の前でだらしなく浸るな!」

「うっ、うむ。気をつけ――絶対に、もうせぬよ」


 言い直した白龍の額には汗がにじみ出ている。冷えていく体温を上げるため、白龍は酒を二滴舌に乗せ、片手を火にかざした。

 すぅっと息を吸うと、頭のどこかでカチリと音が鳴る。


「だから、桃香の――始まりの一族の血を濃く継ぐ蒼は、幼い頃に引っ張られた」

「クコ皇国は始まりの一族が建国した。相性でいえばかなり良いだろうな。今、それを話題に出すということは……」

「そうじゃ。本流を船で渡っている際、アゥマの集合体や意識と呼べるようなモノに存在をひっぱられ川に落ちた。あの時は、ほんに大変だった。濃い部分に触れた蒼は一時とは言え紅のようにアゥマを視るし、おぬしを呼び寄せて蒼の開花しかけた血の能力を封じたりと」

「それを今回、解いてきたと」


 黒龍のため息交じりの言葉に、白龍は小さく頭を振った。


「いや、自然に綻びてきていたようだぞ。蒼はわしには言わなんだが、蛍雪堂にある禁書に触れた様子はあった。あの中にある原初のアゥマに触れた香りが残っておった」

「それも全て、お前とホーラの予定通りというわけか。禁書自体の意味より、鍵の封印を解くこと、最初の行動にこそ意図が含まれていたのだろう? 幼い蒼の力を封じた際、あの子に纏わり付いていた黒いアゥマを封じた鍵を、蛍雪堂の主に預けていたのを良いことに」


 いささか棘のある黒龍の口調に、白龍は肩を竦めた。

 真赭の祖母を想う気持ちと、その友人を大切にする蒼や浅葱。少女たちを利用する形で今回の事件の解決となり得る方法に触れるよう誘導した。そんな大人たちを咎めたのだろう。


「それは申し開きもない事実じゃ。だが、最終的にソレを使うかの判断を下すのは、あくまでも我が溜まりの守霊である麒淵だ」


 白龍が深いため息を落とす。白くしろく色づけられた息は上空へと登りかけて、消えた。ぶるりと身震いが起きる。一気に気温が下がってきたあたり、外もそれなりの時刻になっているのかもしれない。


「白よ」


 小瓶を握ったり離したりを繰り返している白龍の名を、黒龍が呼んだ。

 しばらくあってあげられた顔は、いつもの微笑みを浮かべていた。


「話を本筋へと戻そうかのう。そう、視る者が視ればわかったのだ。黒曜堂の跡地には異常な結界を張られ、お化け屋敷のような土地だと。おまけに、溜まりほどにアゥマが満ちているなど多少腕に覚えがあるどころでは操りきれぬ。溜まりとして機能している場所と異なり、制御する守霊がおらぬからな。けれど、所有者は動じず、あまつさえ『溜まり』が見つかったなどとのたまった。そして、それを咎められない。なぜだ?」


 白龍は、この謎をあっさりと解くであろう親友の答えを待つ。


「盲目的な意思がある者か、もしくは、民の噂になる程度や魔道府の目さえ届かぬ地位があるかだろうな。あるいは――」


 黒龍は煮水器に燃料を追加しながら答えた。そして、角灯の燃料軸を取り替え小さく口を動かす。とたん、まるで真昼のような明るさが空間を満たした。岩壁に張り付いている水晶のおかげでかなり明るかったのだが、それ以上だ。

 一方、白龍は黒龍の鋭すぎる答えに、思わず話し甲斐のないことだと言いかけて口を結んだ。


「おぬしが察する通り、両方じゃな」

「だろうな」


 肯定された意見に驚くこともなく、黒龍はただ首元をさすった。


「しかし、わしが話した情報から、よう察したな。わしは道中にちらりと、魔道府や貿易府の信頼のおける人物総力を持ってして調査を行った結果、外部からの輸入物や移住者等に異常がないと確かに判断し、かつ、クコ皇国内の溜まりにも異常がないとだけ言うたのに。まぁ、華憐堂の溜まりの月次報告は魔道府では見られぬとは言うたが」

「逆だ。いくら道中とはいえ、おぬしが言葉遊びをしている様子もなく、それらの情報だけをざっと伝えてきたからだ」


 黒龍は淡々とした口調で返した。


「糸口にされるのを恐れたのか、他に罪をなすりつけることができぬ潔癖であったかはわからんが……ここまでの規模で異常をきたしているのだから、主犯がそこいらの人間一人の可能性は非常に低い。であるにも関わらず、ほころびがないのは怪しすぎる」

「そこなのだよ!」


 白龍は嬉しそうに膝を打った。だだっ広い空間にかなり木霊した。

 残りの酒を一気に煽り、白龍と黒龍は同時に立ち上がった。程よくあったまった体を、うんと伸ばす。


「情報を押さえ、かつ国中を巻き込むことができる人物は限られる。事態の大きさの割に、情報操作をし過ぎたのだよ」


 白龍と黒龍は遥か遠くの天井を見上げた。夜の帳が下がる最中の星空を思わせるような光が散らばっている。

 黒龍は苦々しく口を開く。先ほどの感情の薄い表情とは異なり、明確な嫌悪が乗っている。


「華憐堂と不死の甘言に惑わされた権力者どもよ。そして――」


 そんな黒龍の傍らで、白龍はわずかに瞳を曇らせた。

 それでも黒龍は白龍に言わせるために肩を叩く。


「それに――竜胆(りんどう)皇太子。かつての我が教え子よ」


 からんと、空洞の殻が転がるような音。

 それが、滅多に負の色を含んだ声を吐くことが少ない白龍から漏れた。

 白龍には竜胆が縋ってしまった真っ黒な希望の魅力(わら)を理解できてしまう。跡継ぎでありながらずっと空虚の中にいて、やっと見つけた寄り添える存在を失った。自分と似た存在。


(それでもわしは唯一の彼女以外も守りたい。日々新鮮な気持ちをくれる孫たち。どんな己でも決して愚かだと笑わぬ腐れ縁たち。昔はあれだけ煩わしかった一方的に向けられる感情さえも、何かしらの形で受け入れられるようになっておる。昔の己が知ったら確実に吐きそうだ)


 一瞬だけ丸まった白龍の背中を見逃さなかった黒龍。

 黒龍は思いっきり息を吸った後、


「少々、踏ん張れよ」


白龍が返事をする前に腕を振りかぶった。

 反射的に防御の姿勢を取った白龍に降ってきたのは、高らかな笑い声だった。思わず呆けて口を開いた状態で固まった白龍。


「今の焦った顔を蒼と紅に見せてやりたいな。あの二人のことだ、相当悔しがるうえに、ホーラや紺樹に見たことがあるかと迫るやもしれんな」


 不器用な友人の綺麗な笑み。白龍は数秒瞬きを繰り返して、腹を抱えて笑った。

 日常――己が何を大事にしているか思い出させるには、いささかというより、察することが不可能な(レベル)の叱咤だ。

 それでも、白龍が前を向くには十分な鼓舞だった。


「よりによって罪をきせるというか、目くらましの矢面に立たせるのに心葉堂を選んだのが、そもそもの失態というわけじゃな」

「ことによっては桃源郷さえも巻き込んでいると承知のうえやもしれんな」

「確かに魂胆は色々ありそうじゃが。なんにせよ弐の溜まりの全てを手に入れようとした代償、しかと受け取ってもらおうかのう」


 白龍が白い長包(チャンパオ)の裾を勢いよく払った。


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