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十歳年上の幼馴染

「はい、紺君。これで拭ったら、渋い香りが緩和されると思うよ?」


 蒼は隣を歩く紺樹に手ぬぐいを差し出した。柔らかな桃色に染められた布は、あたたかい陽を受け愛らしい色味を増している。


「悪いな」


 手ぬぐいを受け取った紺樹が素で返してきたので、思わず蒼の心臓は跳ねた。普段との差ってすごい、と思った。

 懐かしさからの動揺なのか、はたまた未知の感情からなのか。蒼はむず痒くて、歩幅を広げてしまう。


「今日は桃の香りですね」


  紺樹は香りが焚き染められた手ぬぐいを顔にあて、大げさに香りを吸い込んだ。その拍子にむせた紺樹の背を、蒼の掌が何度か滑る。


「うん、一押しの香りだよ」

「こほっ。あまりに良い香りだから、吸い込み過ぎました」


 紺樹は咳き込みながらも律儀に「ありがとう、もう大丈夫」と礼を口にした。その姿はまるで幼馴染だった時の彼を彷彿とさせる。


(これでクコ皇国直属の魔道府副長の一人なんだもん、ずるいなぁ。年が離れているのはわかってるけどさ。修行途中帰りの私とは大違い)


 承知はしていても、蒼は落ち込んでしまう。それと同時、やはり、温かい気持ちにもなるから不思議だ。


「蒼一押しの香りだけあって、とても優しくて癒されます」


 蒼はそんな彼の様子を小さく笑う。先程、紅に投げつけられた茶巾の匂いが、よほどきつく鼻に残っているのかと。


「紺君、茶巾が渋かったのはわかるけど、あんまりすーはーしていると変態さんみたいだよ」

「あいにくと、私は辛いことは多少誤魔化せても、幸せはあふれ出てしまう人間なので」

「私は幼馴染として、紺君の心情じゃなくって、客観的事実をお知らせしているんだけども」


 下手をするとただの変態に見えてしまうと、蒼は割と本気で心配している。

 けれど、先ほどから、すれ違う女性たちの頬が染まっていくあたり余計な危惧だったようだ。


「大丈夫ですよ。私にとって蒼以外の視線なんて無意味ですから」

「よく言うよ……まぁ、もてすぎて年下幼馴染の正直な意見が嬉しいのはわかるけど」


 いつものように、紺樹に注がれる女性たちの視線は熱を帯びている。中には急ぎ足を止めてまで、うっとりとした表情で彼を見つめる女性もいるくらいだ。

 童顔とはいえ、整った顔をしている紺樹。身長も高く、まくられた袖から覗いている筋肉もしなやかだ。おまけに魔道府の上席用制服を身に付けているのだから、当然と言えば当然だ。


「そんなことをおいても、この花の道の香りを楽しめないなんて、紺君かわいそう!」

「まったくですよ。心葉堂から街に向かう、この長い距離を蒼と歩ける好機(チャンス)に」


 紅の八つ当たりを逃れようと、蒼と紺樹が店を出たのが一刻ほど前だ。紺樹は半分追い出されたようなものだが、蒼も魔除け用の焚染札(たきしめふだ)を買いに行くと、言い訳をして出てきた。

 焚染札には、茶葉と同じく浄錬を施した花の香りを焚き染めた札で、魔物をよける効果がある。ほとんどの店先に貼ってある縁起物だ。


「ほら。またそこに戻る。私を、女性たちからの隠れ(みの)にしないで欲しいなぁ」

「蒼、拗ねないでください。こんな風に二人でゆっくり橋を渡るのも久しぶりなのですから」


 二人は、朱色の手すりを構えた長い橋を渡り続けている。

 国の四方を鎮守する場所のひとつに、心葉堂はある。他の店や住居もあり、優れた職人が集まっている。中心部から他地区へ出るには、またその反対であっても、呪がかけられている橋を通る必要がある。どちらかというと、出るためというよりは、溜まりの鎮守を担う地区へ入るためのモノ、と表現した方が正解だろう。


「私だって、紺君と花明かり橋を渡るのは久しぶりだし、ゆっくり話せて嬉しいんだよ?」


 橋の両側、桜の樹が等間隔で行儀よく立った並木道。街へ近づくと、今度は藤の樹が青々とした蔓を絡めあっている。


「例の事故のことでずっと忙しそうだったから、今日ひさしぶりに紅とのやり取りが見れて、なんかほっともした」


 蒼が小さく笑うのと同時、柔らかい風が淡い色の花びらを舞わせた。時折、悪戯に藤の花と交じり合い、人々の瞳に不思議な色をうつす。


「蒼。あの事故――両親を亡くした事故のことは」


 紺樹の指が頬に滑り込んできて、蒼の背が伸びた。かさついた指先と曖昧な温度を押し返すように、反射的に笑みが浮かぶ。


(この指は危険だ。ある意味、掌をあてられるよりも。……縋りつきたくなるやつだ)


 蒼は半歩後ろに踵を滑らせ、距離をはかるようにびしっと人差し指を伸ばす。


「やだな、紺君! 全然、大丈夫だよ! お父さんとお母さんを送るのにも間に合わなかったのは、確かにすごく残念だよ? それでも、私の目標はクコ皇国最高の茶師だから! お父さんやお母さんにも、そう宣言して修行に出たんだもん。それを貫くのが一番の親孝行!」


 蒼はふわふわとした裙子を伸ばした手を反対のではたく。


「こんな陽気の中でしんみり空気は似合わないよ?」


 地上へと降り立った花びらは、川に格子状にはられた水晶板の合間を縫って、水に落ち着く。太陽の光をうけて、また、直接浴びた時と水晶下に潜り込んだ時とで表情を変えるそれらは、飽きなどという言葉とは無縁だ。所々に設けられた東屋で、思い思いに風情を楽しんでいる人々。

 紺樹もその空気に飲まれた振りをして、


「そうですね。蒼はずっと同じですから」


とだけ笑った。

 蒼はなぜか、それが嬉しくて悲しかった。


「それにしても、紅もよりによって薬葉の茶巾を投げるなんてね」


 そんな我儘な感情を払拭するように、蒼は話題を戻した。


「たぶん、無意識の選択なのでしょうけれど、私を追い出すには最良な選択でしたね」

「それって、ある意味すごい才能。紺君に対するいやがらせの」


 蒼は悪戯な笑顔を浮かべた。少し伏し目に空笑いをする紺樹。

 わずかに見える、名と同じ紺桔梗の瞳。あまり見ない彼の表情に、蒼は居心地が悪くなり、空を見上げた。頭上では相変わらず、彩が弾み遊んでいる。空を漂う花びらたちに心が安らぐ。

 蒼の心に気づくはずもなく、紺樹の顔には暢気な微笑が浮かぶ。


「蒼の言う通り、幼馴染兼元後輩に邪険にされた衝撃も和らげてくれるほど、良い天気です」


 そして、袖をまくりなおして猫のように背伸びをした。

 深呼吸をすると花の香りとは違う、焼きたて饅頭の甘い匂いが流れ込んできた。

 どうやら、いつの間にか街との境にたどり着いていたようだ。橋の先までくると、店先で商品を売る人々の声も聞こえてきて、その活気に心が踊る。


「ほら、紺君。もう街に入っちゃうよ? 仮にも魔道府の副長なんだから、しっかりしゃっきりとするべし!」

「今更ですよ、蒼。私がしゃっきりしたら、きっと部下たちは大騒ぎの大荒れです」

「まぁねー。紺君が魔道府で着用義務がある外套を身につけず、袖まくりなんてしちゃったり、往来で欠伸やら伸びやらしちゃったりするのは、今更だけど」

「ははっ。なんだか説明口調な上に棘がある気がします。ふくれた顔も可愛いですけど」


 己のゆるさに胸を張る紺樹に嫌味のひとつでも言ってやるが、紺樹は全く堪えていない。むしろ、笑みを深くされてしまった。

 年上の幼馴染を悔しく思っても、その年の差が埋まることはないし、『可愛い』の部類だって、微笑ましいという意味だろう。蒼は血色のよい頬を、さらに膨らませた。

 そんな自分を見ても、「困りましたね」と、やはり軽い調子で頭を掻いている紺樹が変に恨めしくて、歩幅が広がった。口ばかりで、そんな素振りは欠片も見せないくせに、と。


「はいはい! どーせ、私は紺君にとってずっと可愛い蒼ちゃんですよー」


 緩やかな石階段を一段抜かしながら歩くと、自然な流れで紺樹が距離をつめてきた。転んでもすぐに助けられるようにだろう。

 こうなると意地でも足を滑らせて堪るかと、石段を踏む足に変な力が入った。


(っていうか、こーいうところだ。駄目だなぁ、私。本物の子どもみたい)


 そう反省はしながらも、やはり悔しくて。蒼はわざらしく唇を尖らせた。


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