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白磁副長③―欠片はあと二つ―

「つまり弐の溜まりである心葉堂の不始末は、ひいては魔道府の問題となります」


 紅が咳払いをともに続けると、白磁は深く頷いた。長い白髪が、はらりと肩を滑った。


「だからこそ、その忠誠心を示し、嫌疑を晴らすために白龍(そふ)を異常気象の調査にだした、ということでしょうか。立場的にも能力的にも、祖父以上の適任は元々いないでしょうし」


 紅は言い終えて、一気に息を吐き出した。

 自分が知っている情報を伏せながら相手にするには、白磁はいささかどころか、かなり骨の折れる相手だ。

 白磁はこけた頬をあまり動かさずに、ゆっくりと口を開いた。


「及第点ではあるが、一点だけ修正を」

「未熟者で申し訳ありません」


 紅が背をただして頭を垂れる。平素なら白磁に及第点をもらえたこと事態が奇跡だと喜ぶところだ。しかしながら、状況が状況だけに今の紅は俯いてしまう。


「旭宇」


 白磁の口から白い息が吐かれた。


「旭宇、お前はその馬鹿でかい耳をふさいでおけ」


 がたんと、紅は思わず椅子から落ちそうになる。

 真剣な面持ちで何を言うかと思えばと拍子抜けしたのは、麒淵も同じだったようだ。円卓の上であぐらを掻いたまま、瞬きを繰り返している。


「御意っす」


 当の旭宇はにっかりと笑ったかと思うと、己に術をかけた。旭宇の周りを透明な繭のような膜が包み込んだ。通常は魔道封じのために、相手にかけるものだ。


「適任なのは白龍様だけではない」


 淡々として声が溜まりに響いた。


「魔道府以外にも、華憐堂と皇太子から国を守ろうとする者は心葉堂を適任とみている」


 今、白磁はなんと言ったか。紅の頭に血が上る。上って、椅子を鳴らしていた。紅は自分が立ち上がっていることすら理解していないだろう。

 驚愕のまなざしで自分を見下ろす紅を、白磁は目を細めて見返してきた。


「つまり、それって――」


 紅が言い切る前に、白磁はすくりと立ち上がった。純白の外套を翻し、靴を鳴らす。


「私は国に命をかけるという意味を幾度となく考えてきた。それこそ、魔道府に身を捧げた十五の時から。四十をわずかに越えた身ながら、命をかけるということにどんな思想や信念があろうと、己の意思で決めたことならば他人が口を出す権利などないと思っている」

「白磁……それは」


 麒淵の小さな口から落とされた音を、紅は始めて聞いた。

 もの悲しさと、強さと、やるせなさと。様々な音が混じり合っている。

 何よりも紅が驚いたのは、麒淵が心葉堂以外の人間にそんな感情を見せたことだった。


「だから。いや、だからこそ。どのような理由があれ、己の願望ゆえに同調の意思をもたぬ人間を巻き添えにして不幸にするようであれば、()()()()()()()()その愚かさを裁くべきだと考えている」


 紅の心臓が激しく鼓動している。胸を突き破らんと動いている。


(つまりは、この黒幕が皇太子であり、彼が萌黄さんの父と同じような願望を抱いているということを、白磁副長は言った訳で。でも、皇太子が望む死人って――)


 ふいに紅の足から力が抜けた。咄嗟につかまった椅子ごと、地面に尻餅をついてしまう。

 そんな紅を笑う者はいない。


「紅暁と蒼月には申し訳ないが、この時期(タイミング)で騒動が起きて良かったと思う。でなければ、このような話できなかった。溜まりに足を運べたからこそ、伝えられたことだ」

「もぅ、白磁副長。また誤解を招くような言い方、ほんとやめてくださいよぉ。だから氷刃の副長なんて呼ばれるんっすよ」

「しらん」


 白磁が立ち上がったのと同時に術を解いていた旭宇は、場の空気を読んだのだろう。階段に腰を下ろし、心底疲れたように肩を落とした。

 そんな中、紅一人が取り残されている。


「麒淵殿、長官と紺樹副長から言伝を預かって参りました」

「うむ。して、なんと」


 麒淵はたいして驚いた風もなく返した。むしろ、白磁の言葉の続きを承知しているかのようにさえ見える。


「時は満ちつつある。欠片はあと二つ」


 欠片とは一体なんだろうか。紅が唇を動かすより先に、麒淵がふわりと体を浮かせた。


「あい、わかった。この時欠け弐の溜まりが守霊の麒淵。全身全霊をかけて応える準備が整っている」

「承知いたしました」

「かしこまったっす!」


 丁寧なのかお茶らけているのか。腰だけ恭しく曲げた旭宇の頭に、軽く拳がぶつけられた。

 少しだけ頬を緩めた麒淵だが、すぐに守霊の眼差しに変わる。


「ただし、我の全ての判断は、我が宝のもの。我はあくまでも弐の溜まりを守護する存在であることを忘れるな。それだけは、しかと、今の国の最大の守護者に伝えておけ」


 腹の底に響く麒淵の声が、溜まり中に響き渡った。


「……心得ております」


 白磁は地面に膝をついて、頭を垂れた。

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