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白龍と麒淵②―関係性と初代―

 麒淵はひとつ深呼吸をして、本題に入ることにした。

 白龍はこれから特別任務でクコ皇国を離れる。その前準備として、心に溜まっているモノを吐き出させる必要があるのだ。それは単なる気持ち的な問題とは異なり、実際のアゥマからの干渉的影響を考慮してだ。


(ホーラに加えて、同行者となるあやつからの貴重な頼みじゃしな)


 不愛想な依頼主を思い出し、麒淵は難儀の一言が浮かんだ。


「あの子らは、おぬしがフーシオである意味と責を、十分に理解しておるよ」

「あぁ、知っているよ。あの子たちは、本当に家族思いで優しすぎる」

「特に……紅は、自分の血統価値を自覚しておるからのう。それを使って、おぬしの力になろうとする。しかし、それを否定しないで上げて欲しい。それはきっと紅の成長にも繋がる」


 麒淵の言葉に、白龍は杯を煽った。そこにあるのは、おそらく酒だろう。最初からその気であるなら、自分にもつげ。そう顔に書いて、麒淵は自分用の小さな物を、ずいっと差し出した。

 とくとくと注がれる酒は、甘い香りだ。しかしながら、度数は高いのだと想像がつく部類だ。自然と喉がなる。

 たっぷりの間をとって、麒淵は口を開いた。


「アゥマを感じ繋がる能力に特化している蒼も相当じゃが、紅はアゥマ自体が可視できる」

「それはさっき聞いたぞ」


 白龍は続く言葉を見据えているように、強く返してきた。

 それでもまっすぐ視線が交わるので、麒淵はため息をついた。白龍も相当難儀だと。


「あぁ。世界中にアゥマ使いはごまんとおれど、人の身でアゥマを可視できるものなど指折りじゃろう」

「異能と呼ばれるほどには希少な能力だな」


 視線を逸らさない白龍を前に、麒淵の方が言い淀んでしまう。

 そして思った。やはり、白龍と蒼はとても似ている。時欠けの弐の溜まりの後継者として。


「その異能を持つのは『始まりの一族』の子孫に対して何百年と人体実験を重ね、そして交配してきた、あの国の人間だけじゃ。そして、制御可能なのは一部の濃い血を継承するものだけ」

「つまりは紅――紅暁(こうきょう)があの国の正当な後継者の一人である証。奪われる可能性がある存在」


 情けなく笑った麒淵の口からは、ただひたすらに冷たい空気が流れ込んでくる。

 普段、蒼が溜まりにいる際にアゥマが放つ甘い香りなどない。ただ、氷を鼻先につきつけられているような匂いだけがある。


(あの子が溜まりに染みこませる香りに、酒が勝てるはずもない)


 それでもと、麒淵と白龍は杯を煽る。喉を優しく落ちていく酒は思考を焼く。


「麒淵……オレは保証が欲しかったのだ」


 白龍は大きな手で顔を覆った。丸まった背がわずかに震えている。

 麒淵は体をぐらつかせながら、白龍の杯に酒を落とす。落とせば、白龍は慌てて杯を支えてくれた。麒淵は白龍のいい加減そうで、反する几帳面さがまた好きだ。


「大国であるクコ皇国のフーシオ。他国の者が軽々と手を出せないという立場が、どうしても欲しかったのだ。守れない後悔は、二度とごめんだった」


 ただの『後悔』からではないのを知っている麒淵は、ぺしっと白龍の手を叩くことしかできなかった。

 それは己の感情からの後悔であり、口にするにはあまりにも多くの人を傷つける感情。言えないけれど、ずっと胸の奥に引っかかる懺悔だ。

 白龍は酒を煽り、また注ぐ。


「娘の藍を連れ隣国に滞在した期間。いや、その前に藍が目を輝かせ隣国を語った際に、オレが諭すべきだった。なのに、オレは桃香(つま)を亡くしたばかりで、藍を一人になどできなかったのだ。それが、アノ子の危うさをだれよりも案じていた妻の想いを裏切ることになった」


 絞るように出された声。しゃがれた声に、周囲のアゥマが光を灯す。


 泣くな、啼くなと。笑えとは言わない。ただ、涙をたたえるなと。


 本人には聞こえず見えないだろうに、アゥマは白龍を慰めるように、肩に乗っている。ぽんぽんと跳ね、まるで背中を撫でているようだ。ぼんやりとは感じているのだろう。白龍が己の肩を掴んだ。

 届かない相手に良く尽くすものだと、麒淵は苦笑を浮かべた。まるで、己のようだと。


「あの子は本当に美しかった。容姿だけではない、心がとても純粋だった。だれにも寄り添い、眩しい笑顔がどんな凍った心でも溶かした。分け隔てなく、人の心を受け入れる子だった」


 白龍にとってはひたすら眩しい存在だった。ひねくれた己とは根本的に違う存在だと思えた。

 娘の資質を懸念したのは、母親である桃香だった。今にして思えば、桃香は見抜いていたのだろう。

 心葉堂の人間が継承する、何かしらの『欠落』――初代と麒淵から生まれた呪いを。


「でも、だれが想像するか? 恋に落ちた相手の双子の兄さえも、あの子に執着すると。しかも、王族が――あんな卑怯な手を使ってまで。あまつさえ、腹の子さえも奪おうとして」


 血を吐くように嘆く白龍を慰める術を、麒淵は知らない。

 いくら長生きをしていても、わからない。表面的な言葉ならいくらでも浮かんでくるのに。からかう口調に返せても、誤魔化しを見抜けても。やはり、麒淵には人に苦しみを完全に理解することはできない。

 けれど、理解できないことはわかる。わかって、ただ息をのむことしか叶わない。


「藍の件で、国内でのみ通じる血筋ではなく、他国にも名を轟かす『地位』が必要なのだと、オレは初めて知った。オレは井の中の蛙であったのを、痛感することは何度もあった。それが心地よかった。オレに関することだけならば」


 麒淵はただ杯に口をつける。


「一番許せないのは、藍自身が納得し、それがあるから今の紅と蒼がいてくれるのに、やはり、どこか、あの当時のオレを許せない自分がいることだ。オレも大概感情が欠落しているのに、娘を理解できない自分がいるのだ。それが、苦しいのだ。人にそう思われるのを嫌がるくせに」


 結局のところは、そこなのだろう。過程でもなければ、ましては結果ではない。

 娘の過去を否定することは、蒼と紅の存在自体を否定することになる。現に『理解できない』と口にした直後、白龍が机に拳を打ち付けた音が響き渡った。


「わしは、そういう白が大事だよ」


 麒淵は小さな手を白龍に添える。

 見た目は張りがあるのに、やはり、感触はつい最近までとは異なる。皺が刻まれた頬が愛おしくて、つい何度も撫でてしまう。


「それと同時に、人に理解して欲しいと思っておらなんだお前が心配でならん。おぬしが愚痴を零すのはいつだって、時間の枠外で生きる存在にだ」


 麒淵は探りながら声を出す。


「縁とは、時に恵みであり、時として棘となる。どちらとして受け止めても、どちらかと考えてしまう時点で、苦しみは生まれるものじゃ。守霊じゃが、わしも……幾度か、そう思うた。相棒を見送る度に」


 麒淵が初めてにして大きな喪失感を抱いたのは、初代とのわかれだけだ。相棒とのわかれは悲しみよりも『生命樹の元へ旅立つ見送り』という意味が勝る。

 だからこそ今になって麒淵はひたすらに悲しいと思う。共感できないことが。


(これは罰なのだろう。最初に犯した罪のせいで、わしは人に寄り添うことを禁じられた)


 白龍が抱える大きな悲しみ。それは人の世でいうところの特殊さを持っているのはわかる。それでも、麒淵は白龍の心に寄り添ってやることはできない自覚はある。

 そして、人外である麒淵はもとより、白龍は今はもうだれとも分かち合えないだろう。それを知る者であり最も気心が知れた人物は魔道府長官と黒龍だけだ。

 だが、互いの今の立場を考慮すれば、昔のようには腹の中を昔のようにぶちまけることは叶わないだろう。

 麒淵は己の孤独より、白龍が孤独になっていくのが悲しかった。


「それでも。人の理と感情の外にいるわしでも、おぬしらと『家族』になれるのは嬉しいと思うよ。そして、おぬしらを愛する存在も感ずる。紅暁が己を忌み、白龍が過去を悔やんだとしても、おぬしらが愛されておる」


 だから、大丈夫。ここは守ってみせるからと、麒淵は笑ってみせる。

 アゥマの粒子が白龍の周りに集まり、ちかちかと光っている。白龍ほどの力の持ち主でも、アゥマの感情はきっと感じ取っていない。麒淵は、それが寂しくて、でも嬉しい。


「白と喧嘩して夢ばかり語った日々も、破天荒なおぬしを愛してくれた桃香と会ったことも。藍が生まれた日も、よう覚えておる。慌てふためいていた白が面白かったからのう。他国に捕らわれておると思った白と藍が、新しい家族を連れて帰った時ばかりは、溜まりを沸騰させるかと思ったほど驚いたものだが。そして、蒼が宿って生まれた日。無謀にもあの年にして蔵に潜り込んで、アゥマを視てくれた日の事も。全部、覚えておるわい」


 麒淵は、ふぅっとわざとらしく肩をすぼめてみせた。


✿✿✿


 白龍が顔をあげたのは、たっぷり十分以上たってからだった。麒淵を射貫くように見る白龍はすっかり、心葉堂の先々代でありフーシオな白龍に戻っていた。

 やっぱり、麒淵は嬉しくて寂しかった。


「オレの唯一の相棒よ、頼みがある。聞いてくれるか?」

「わしの相棒である白は、伺いなど立てず押しつけてくるような奴だったがのう」


 麒淵は浮きながら、出直してこいと手を振る。

 ついでに寝たふりでもしてやろうと思った麒淵だが、白龍があまりに楽しそうに笑うものだから――腕を組んで、三度頷いていた。


「国のアゥマ使いの最高峰といえば聞こえは良いが、結局のところは体の良い国家の犬だ。しかも、家族を巻き込むような。それでも、オレは心葉堂の茶師となり、フーシオを受けた。愛する人と出会ったから。愛しい子どもや孫ができたから」

「わしにとっても、家族じゃよ。溜まりの守霊だからではない、と思う」


 戸惑い気味に返事をすれば、白龍は顔をしわくちゃにして笑った。

 涙などでないけれど、喉がぎゅっとしまって、呼吸がうまくできなかった。



――麒淵てば、生まれたてのくせになんでも知っているのに、なんにもわからないんだね――

――うっせぇな。ほうっておけよ。自分は壱のなりそこないだ。無知でいらない存在だ――

――へぇ。私が相棒なのになりそこないなんて、言わせないんだから。覚悟してね!――




 不敵に笑った初代は、今の状況を泣き出す直前だと無邪気に教えてくれたっけか。麒淵は、じわじわと熱くなる体にもどかしくなった。

 麒淵はあの子のことを思い出すと、どうしようもなく蒼に触れたくなる。蒼は初代に残酷なほど似ている。麒淵に感情を教えたあの子に瓜二つなのだ。


(たった一つ違うのは、蒼は自分の唯一を掴めるし、蒼は掴みにかかるだろうな)


 初代は本当に欲しい人を諦めてしまったから。諦めて、麒淵を掴んだから。

 愛しい面影には別の道を選んで欲しいなど、随分と自虐だという自覚はある。それでも、麒淵は望まずにはいられない。 


「麒淵」


 麗しく溜まりに響いた自分の名前。初代がくれた、麒淵の存在意義。

 麒淵の目の前には姿勢を正した白龍がいた。


「オレが不在にする間、紅と蒼を頼む。オレはこれから魔道府の極秘の命を受け、華憐堂があった滅びの国の跡地を調査しなければならない。黒龍の手助けを得て転移魔道を使うとはいえ、やはり時間はかかるだろう。相手も滅びたちとは言え、簡単にしっぽを出すような跡は残していまい」


 あまりに神妙な白龍の様子に、麒淵は吹き出してしまう。だって、そうだろう。


「おぬしに頼まれずとも。自分ばかりがあの子らを愛しいと守っていると思うなよ」


 麒淵がふんと鼻先を鳴らす。

 腕を組んでぷかぷとと偉そうに浮かぶ子人に、白龍は「違いない」と目を細めて超えたく笑った。が、すぐさま白龍は真剣な面持ちになる。


「本来なら――麒淵が遠視した先に起こる事態。それに、蒼や紅がそれぞれ知ってしまった秘密を鑑みるならば、そばにいるのが正解であろう。だが、オレは祖父として守ってやれぬ」


 白龍の言いたいことはわかる。いや、遠視を切るまでは白龍と麒淵の視覚は繋がっていたから、当然だ。

 萌黄が禁書の状態に近づいている今、近くにいる蒼や紅が何かに気づく可能性は高い。ましてや、華憐堂の店主はその兄妹を陥れようとしかけてくるだろう。


「……そばにいることばかりが守るという定義ではあるまい」


 気休めと知りながら、麒淵は呟いた。

 白龍は無言で魔道具を展開させている。薄い紙の上には滅んだ国の立体地図が映し出されている。その一角に、麒淵はすいっと降り立った。流れてくるのは、それこそ多くの感情。肉体から絞り出された、行き場を失った魂のアゥマ。


「なぁに、案じずとも紺樹が、絶対に守る。兄妹に……どう思われようともな」

「あの子には辛い思いをさせる。紺樹にとって、蒼も紅も存在意義だから、あの子たちが自分のことで悲しんでも、本当の残酷さを知らないで済むならと犠牲になるだろう」


 人の気持ちなど理解できないけれどと、麒淵はわずかな苛立ちを覚えた。どうして人は、こんなにも他人のことばかりを考え犠牲になろうとするのか。犠牲になり、それが大事な人を結果的に傷つけることになると知りながら進むのかと。

 残った家族を今度こそ命に代えても守りたい白龍と、己の存在意義を感じられたきっかけをくれた蒼と心葉堂を守りたい紺樹。


「たわけ。なに悲壮感たっぷり語るか。おんしも同類じゃ、同類。ばか白龍が」


 落ちた沈黙。それは数秒続いた。

 先に立ち上がったのは麒淵だった。机の上に立ち、心配だ心配だと慌て浮かぶアゥマに微笑みかける。


「さぁ、勝負の始まりじゃ。国の危機をかっこよく守ってこい、弐の溜まりの白龍よ!」


 べしっと。勢いよく額を叩かれた白龍は、「おぅ!」と見惚れるような笑みを浮かべた


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