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クコ皇国の茶葉堂①―蒼と紅―

 心葉堂は、クコ皇国でも老舗中の老舗である茶葉堂だ。この首都に生まれた者なら、最初に、そして生涯の幕を閉じる際に飲む茶は心葉堂のものと言われるほどである。

 まず、心葉堂と刻まれている味のある木扉の前に立つ。扉取手(ドアノブ)を回すと、キキッと心地よい音と共に鈴の音が鳴る。この時、すでに甘いようでいて酸味の効いた香りが鼻腔をくすぐる。そのまま一歩足を踏み出すと、別世界に迷い込んだような感覚に陥る空間が広がる。


「はぁ、どうしたものか。この暇さ加減」


 平素なら神秘的とも言える空間に響いたのは、切実な愚痴だった。

 店内にいる蒼と紅の兄妹は、少々暗い表情を浮かべている。いや、愚痴を零したのは兄の紅だけだ。妹の蒼は鼻歌を流している。


「紅のため息と同じ数だけお客さんが来たら、大繁盛だね」


 店の中央付近にある円卓に腰かけている蒼は、手元の茶器を磨きながら笑った。

 麒淵との出会いから十年ほどが過ぎ、蒼は年のころ十六になった。

 櫃台(カウンター)の内側にいる紅に向けられた暢気な声。台帳をめくっていた紅の手がぴたりと止まる。


「蒼は危機感が足りなさ過ぎる」


 不機嫌さが三割り増しになった紅に叱られ、蒼は手入れをしていた茶器をそっと箱にしまった。素直に思ったことを口にしただけなのにと、肩をすくめ。


「紅のピリピリがお茶たちに伝染しちゃったら嫌だから、私が緩和剤になってるの」

「そんな影響力があってたまるか。それに、オレに対しては過剰分泌な胃酸並みの攻撃力だ」


 内容的には軽口を交わしているようだが、紅本人は至極真剣な目をしている。

 蒼は櫃台に向かって歩く。そして、がばりと上半身を乗りあげた。


「大体さぁ。店主見習いである紅が、閑散ぶりの理由に対抗する同等の手段をとることを良しとしない。かつ、代替案も提示してくれないん、どうしようもないよ」

「うっ。それは、そうだけども」


 妹の反論に、兄は実に気まずそうに喉を詰まらせた。紅が本気で言い返さないのは、蒼も本音からの言葉ではないのを承知しているからだ。


「そもそも。勝負に出るような売り方を控えてるの、私を思ってなんてお見通しなんだから」


 紅は口元をへの字にして帳簿に視線を落とした。

 幼い頃から両親や祖父の傍で経営を見て、時には参加してきた紅だ。代替案なんていくらでも出せるだろう。けれど、それは新米の蒼に負担をかける方法だから避けているのだろう。

 性格は正反対でも、なんだかんだと通じ合っているのが心葉堂兄妹なのだ。


「じゃあ、私は店頭にある茶瓶の状態確認でもしますかね」


 兄の微動だにしない口の端を見て、蒼は満足げに笑ってしまう。実際に笑い声を零せば、思い切り紅に睨まれてしまったが。


「オレは、今月の茶葉と浄連数の調整でもするかな……」


 紅は店内を見渡して、再びため息を落とした。

 心葉堂の中は、ほんのりと淡い光が店を優しい色に染めている。光を灯しているのは、桜の蕾をかたどった灯篭だ。店の至る所に備え付けられた灯籠の中には、果物の実ほどの玉と水のような物が入れられている。灯りを発しているのは、その玉。時折色を変える灯が、棚に並べられた茶瓶の艶やかな表面を流れていく。


「オレが倒れるとしたら、蒼が原因で間違いないな。兄ちゃんの心労の根源は実の妹だ」


 蒼を横目で見た紅は、再度大きく息を吐いた。実にわざとらしい。さほど広くない店に広がる音。息を吐き出した拍子に痛んだのか、紅は腹部を軽くさすった。

 真紅の固めの髪が目にかかるのも気にせず顔を下げている辺り、今日一番の痛みだったのかもしれない。もはや彼の胃痛は持病と言っていいだろう。


「そもそも蒼が――いてっ」


 二度目の痛みに襲われたのだろう。紅は、大き目の襟に顔を埋め、腰帯あたりに手を当てた。羽織っている長い上着に皺がよるほど、身を屈めている。

 まだ二十一だというのに。ひどく疲れた表情をする兄に、蒼はさすがに苦笑を浮かべた。


「私が原因っていうのは反論の余地ありだけど。ほら、暗いことばかり考えているから、持病の胃痛がひどくなるんだよ? ちょうど暇だし、胃痛緩和のお茶でも浄練して淹れますか」

「だれのせいの持病だ。つーか、ちょうど暇とか言うな。淹れますじゃない」

「それなら、淹れさせていただきます、かな?」


 蒼がぶりっ子気味にこてんと首を傾げると、心底呆れた顔に書いた紅が口を横へ引いた。


「言い方を変えれば良いってもんじゃない。それに、らしくない仕草はやめてくれ」

「はーい、ごめんなさーい。自分でも気味が悪かった自覚はありまーす」

「気味が悪いとは言ってないだろ。あくまでも『らしく』ないって思っただけだ」


 否定的な表現を律義に訂正する兄に、蒼はぷはっと噴き出してしまう。五歳ほど離れた兄が甘いのは今更なのに、妙におかしくて嬉しく感じたのだ。つい半年ほど前までは、蒼が修行のために約一年半は離れて生活をしていたせいだろう。

 蒼は、茶葉が入れられた壷をとりに行くため膝を伸ばした。その拍子に水晶部分の床と踵ぶつかり、かたんと小さい音が響いた。水晶の下を流れる水のようなものが散らす光で、細工された夜光貝(やこうがい)が美しく煌いた。


「そもそも、危機感ていえばなぁ。蒼も経営について少しは勉強しろよ」


 兄の小言はいつものことなので、蒼も用意したような言葉を返す。


「私ってば、修行途中で戻ってきた新米茶師だもん。今はお茶のことで頭がいっぱい。経営は店長代理のお兄ちゃんにお任せだよ」


 それだけ言うと、蒼は櫃台の奥に移動し、茶壷を選ぶ手をせっせと動かした。住居との間に設けられた簡単な在庫棚が並んでいる。

用語は漢字が中心ですが、できるだけカタカナのふりがなを入れて行きます。

もしこの単語がわかりにくいとかあれば教えてください。

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