表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/154

調査①―真赭と丹茶―

「あれ? 真赭(まそほ)だ」


 アゥマの乱れを調査しようと店を出た蒼と白龍。二人が店のある地区から街へと続く橋を渡り終えたところで、蒼の幼馴染である真赭に出くわした。

 真赭は耳下の長さの癖毛が風になびいている。名前と同じ、赤色より落ち着いた色合いだ。胸元で絞られた異国風の服に身を包んでいる彼女は、違和感なくそれを着こなしている。身長は蒼と同じくらいだが、かなり華奢な体つきをしている。


「白様、お久しぶりです」


 真赭は、白龍とも赤ん坊の頃からの付き合いだ。けれど、律儀な彼女は顔を合わせる度、クコ皇国の『フーシオ』として白龍に最礼をするのだ。


「蒼も、こんな時間に街を歩いているなんて珍しい」

「ちょっと、ね。お店は紅と水婆に任せてあるから」


 ぎくりとした蒼に、真赭は踏み込んでこない。往来では話しづらい事情を察したのだろう。


「オゥ、真赭。ばぁさんのこと大変だったのう。どうじゃ? 落ち着いてはきたかのう」

「はい、蒼にも手伝ってもらっているので助かります」


 恭しくお辞儀をした真赭の肩を軽く叩き、白は淡い微笑みを浮かべた。


「祖母は白様と同じで遊び心が強くて。遺品を整理するにも時間がかかってしまって」


 真赭は猫目を細めて、小さく笑った。

 並んで歩き始めた蒼と真赭の後ろを、白龍がついていく形で進み始める。ふと、蒼は、真赭の腕に抱えられた紙袋に目が止まった。


「真赭はどこかへ出かけた帰り?」

「えぇ。所用で」


 珍しく歯切れの悪い真赭が気になり、どこの店のものかと凝視してしまう。すっと反対の手に持ち替えられた袋には、見覚えのある店印が押されていた。

 わずかに、蒼の表情が曇った。そんな蒼の眉間を、真赭が人差し指で押してきた。蒼は「わわっ!」と後ろへ、たたらを踏んでしまう。


「真赭!」

「蒼の眉間の皺が面白くて」

「おぉ、本当じゃ」

「おじいまで!」


 真赭は愉快そうに笑った。その拍子に小さく咳き込むが、すぐに「蒼が笑わせるから」と静かに微笑んでみせてくる。むせるほど笑っていたかと、突っ込みはしない。

 真赭は身体が弱い。幼い頃よりは体力もつき、常人と同様の運動くらいはできるようになったのだが、天候が悪くなると、それに引っ張られるように体調を崩してしまう。


「私が、丹茶(たんちゃ)を作れないでいるのもあるよね。ごめん」


 蒼の眉が情けなく垂れた。

 自分で言うのもなんだが、蒼が浄練する丹茶は真赭とすこぶる相性が良いようで、それを飲んでいる時は体調が良いのだ。医術師のお墨付きでもある。

 しかし、今の蒼は丹茶をつくることができない。もちろん、薬師の薬も効果はある。けれど、薬効が強い丹自体よりも、本人にあわせて幾度かの浄錬を行う丹茶は体への負担も少ないのだ。

 そんな蒼の考えなどお見通しなのだろう。真赭が蒼の肩に手を添えた。


「なにを言っているのよ、蒼。白様の丹茶も、とっても効いているの。これはそれにあわせて飲むといいって聞いて、覗いてきたの」


 心葉堂の先々代である白龍は、経営自体からは手を引いている。

 しかし、現在街で丹茶を浄練できる者が少なくなっているということもあり、国の依頼で丹茶だけは手がけている状況だ。


「おじいの丹茶はクコ皇国一だって、誇りには思ってるよ」


 それでも、蒼は伏し目の視線を逸らしてしまう。茶師としての責任というよりはむしろ、親友を思う気持ちからの拗ね、焼きもちという部類の感情が垣間見える。そのような軽い問題ではないと蒼も理解しているので、口に出すのは控えるが……どうしても態度には出てしまう。

 今度は、真赭にぽんと強めに背を叩かれた。


「蒼。仕方がないわ。だから、できるようになったら、またどんどん作って」


 背中にしみてくる温度が、とてもあったかかった。あたたかさのあまり、蒼は「まそほー」と目をめいいっぱい潤ませ彼女を見つめた。

 今にも抱きつきたい衝動に駆られたが、その気配を察したのか、真赭は呆れた顔で足を速めてしまった。照れくさそうに、少しばかり歩幅を大きくして。


「ほら、蒼も急ぐ。用事があるんでしょ」

「そうなんだよね。実はいまさ、ちょっと調べてることがあって」


 真赭に言われて、蒼は思い出したように掌を打った。周囲を見渡した白龍が、立ち止まる。


「蒼、このあたりでいいじゃろ。ほれ、羅針盤じゃ」


 白龍に言われたのと、真赭の呆れたような視線が少々痛かったのとで、蒼は慌てて手元の羅針盤へと視線を落とした。

 先ほどまではまばらにいた人々も、少なくなっている。数日前までは人で溢れかえっていたのが嘘のように静かだ。やはり、天候とアゥマの流れが不安定だからだろうか。活気のない街並みは、とても淋しい。

 その原因を調べるために、ここにいるのだ。

 蒼は気合を入れ直して、羅針盤を握り締めた。厚みはあるものの、蒼の掌に収まるほどの大きさの羅針盤。その形は一見、懐中時計そのもの。

 閉じていた蓋を開けると、小さいながらも、その身に複雑な文字をいくつも刻んだ盤が顔を出した。陰陽の調律を表す二針が対極を示している時は、アゥマも均等に保たれている。今は陰の気を示す針が、不安定に揺れていた。ここ最近は、ずっとこの調子だ。


「それ紅のよね? 蒼に扱えるの?」

「うん。紅から直接借りて、おじいが調整しなおしているから大丈夫だとは思う」

「持ち主が拒否しているからのう、ここへ赴くことを」

「あぁ、そういうことですか」


 悪戯な瞳で笑う白龍と、話を聞いていることもあり、すんなりと納得してみせた真赭。


「よしっ! お願いだから、ちょっとだけでも力を貸してね」


 蒼は緊張した面持ちで留め金を外した。すると、盤の下がさらに開き、アゥマを凝縮し閉じ込めた水晶がわずかな太陽の光を受けて煌いた。

 ただ、煌いたのは一瞬のことで、すぐに灰色へと変化してしまう。そして、矢のような形をした灰色の塊は、国の中心部を刺し続ける。


「だいぶアゥマの流れが乱れているわね」


 真赭が眉をひそめた。


「うん。さっき橋で会った、羅針盤屋の(ひわ)さんも、菓子屋の(とび)さんも、アゥマの乱れを気にしてた。けど……」


 蒼は額に指をあてる。

 街の中でも、アゥマの流れを読み解いたり浄練に秀でたりしている職人たちが気にかける、アゥマ流動の乱れ。

 実感できる変化が天候くらいなので、大概の住人はアゥマと直接結びつけることはないだろう。しかし、少人数でも確かに気がついている人間はいる。いるが……。

 白龍は顎に手を当て、宮殿の方向へと視線を向ける。


「国が公に動かなければ、こちらもおおっぴらに原因を突き止めることもできんじゃろう。どんなに怪しいと思う対象があってものう」


 白龍の言う通りだ。フーシオである白龍には、ある程度は独断でアゥマ等の調査を行う権限が与えられている。しかし、そのある程度の範囲が厄介なのだ。


 各店や場所に存在する溜まりが、国中で川の流れと同じように脈で繋がっているとはいえ、それぞれの守霊と守護人が結界を張っており、干渉をするのは困難を極める。それに、領域を侵さないのが溜まり管理者たちの暗黙の了解だ。

 そもそも、結界を通り抜けて干渉するほど高度な技術を持つ者自体少なく、最悪命だけではなく己の溜まりを消滅させる危険がある。

 表では国が全体の溜まりを管轄しいていることにはなっているが、クコ皇国のように民主制が強い国では、皇王でさえ各溜まりへの干渉条件は同じだ。だからこそ、国のアゥマと使い手を統制する魔道府が、大きな役割を担っているのだが。


 蒼は視線を地面へと落とす。


「そうだね。魔道府が――紺君たちが疑念を抱いていたら、絶対に調査しているはずだもんね」

「蒼……」

「やっぱり帰ろうか、おじい。私には、もっとやらなきゃいけないことがあるはずだもん」

「蒼がそう言うのであれば、そうしよう。ただし、蒼の中にある疑問からただ逃げたいだけなら、おじいは反対じゃぞ?」


 白龍は穏やかな表情のままだ。決して押しつけがましい言い方はしないのが、この祖父だ。

 心配そうに見つめてくる真赭の視線を避けるように、空を見上げた蒼。見上げた先には灰色の鉛のように重そうな雲が漂っている。


「私は……だって、私は茶師、だし。ただの、茶師、だし」


 蒼は突然、いま己がしなければならないのはアゥマの乱れを探るなどという大それたことよりも、茶師として店のことを考えることだと思われた。

 それに。いましていることは紺樹を裏切る行為ではないのかとも考えられた。いや、この程度のことで紺樹がどうのこうの後ろ向きな解釈をするはずはない。……と思う。いつもの蒼なら、きっぱりと言い切れる。なのに、今はどう思われるかの方が表に出てしまう。


「私は――」


 ぐるぐると。思考の渦にはまりかけている蒼の心のうちを知ってか否か。白龍の表情が真面目な色に変わった。


「蒼よ。己の心のうちにあることを無理に押し込めると、それはいつか大きな亀裂を生むことになる。心の合図に耳を傾けたうえでの判断ならば、おじいも反対はせぬ。けれど、今の蒼はきちんと己の心と判断に向き合えておるのかのう」


 白龍の言葉に、蒼はさらに追い込まれた。


(そんの、一番、蒼がわからないよ。自分と向き合うより、私が大事にすることは、現状だ)


 正論を受け止めながらも、蒼は心がぐちゃぐちゃになってしまう。


「無理なんて、してないよ」


 きっぱりとした口調で放たれた言葉はとても固く、意地になっている響きを持っていた。

 そう、自分は無理などしていない。蒼は真剣な面持ちで白龍を見上げる。丸く月のような蒼の大きな瞳が、きつく細められる。


「だって、紺君は紺君の仕事がある。なら、公に動かずにいるのには事情があるんだって考えるのは当然のことだよね? それにいち民間人が気軽に起こして良い行動じゃないよ。これは国の規則だから、お母さんたちみたいに――同じアゥマ使いの私が、それを守るのは当然のことで仕方がないもん!」


 あまりに強い言葉の勢いに、白龍はわずかにだが目を見開いた。


「ちょっと待て、蒼。まさか、あの事故を知っておるのか?」


 白龍の口からこぼれ落ちた言葉の硬さ。白龍が滅多に鳴らす音ではない。

 それが、蒼の強い語調に対しての単純な驚き以外からくる感情が含まれていると、蒼に知らせてくる。


(なにが『まさか』なんだろう。私にはおじいが動揺する理由が全然わかんないよ)


 訝しげに首を傾げた蒼を見て、白龍がはっとした表情を浮かべ手で口元を覆った。

 皺が刻まれた指の隙間から、「いや、考えすぎか」と漏れてきた気がするが、声が篭ってしまっており、不確かだった。


「蒼、白様! こっち」


 ふいに、蒼の腕に冷たい温度が触れた。真赭だ。突然、真赭に腕をひかれたのだ。


「ちょっと! 真赭⁉」

「今日の真赭は大胆じゃな」


 隣で白龍が軽い調子でなにやら言っているが、そこは流すことにする。いつもの白龍だ。


「しっ」


 大通りから一歩入り、狭い路地に身を隠す形になる。ふいをつかれた蒼は躓きそうになりながらも、あげた抗議の声とは反対に、その力に素直に従った。

 道の奥側へ引っ張られる形になった蒼と白龍。そんな二人を置いて、既に、真赭は壁から顔だけを少し覗かせ、道向かいにある華憐堂の様子を伺っていた。

 蒼は真赭の行動を不思議に思いながらも、腰を屈め道側へと顔を出した。


「蒼、髪が出てる」


 真赭に静かに注意されたかと思うと、額を押し込められてしまった。慌てて長く垂れている髪を首巻のように絡ませる。

 その姿が真赭のため息を誘ったが、彼女の視線は再び前へと戻されたので、よしとした。


「真赭、どうしたの?」

「だから、しっ!」


 じっと大通りの様子を伺うばかりで、何も告げない真赭。蒼は黙って周囲に視線を巡らせる。


(華憐堂さんがすぐそこだけど、人の出入りは普通だよなぁ)


 若干いつもより華憐堂の客引き店員が少ないくらいだ。通りを行き交う人々も、天候のせいか普段よりは落ち着いているが、不審な動きをしている者も見受けられない。

 だが、店の入り口――相変わらず豪華絢爛な飾りの華憐堂の扉に目をとめると、扉から僅かに男物の裾が見えている。そして、裾が動いたかと思うと、店から姿を現したのは――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ